桜の花弁が散る頃に

ユーリ(佐伯瑠璃)

文字の大きさ
1 / 57
一章 ー京都・大阪編ー

序幕

しおりを挟む
 砂埃が舞い上げる京の道を草履で歩けば、あっという間に小汚い姿と化す。拭う手ぬぐいも、それを持つ手も埃まみれできりがない。私が育った国はここよりもいくらかましだったような気がする。

「あの二人の兄弟ね。弟の方だとおジジは言っていた。よし、女は度胸、だったかしら」
常葉ときわ、俺がついてやれるのもここまでだ。あとはお前の武運を祈る」
常世とこよ兄様、ありがとう。こう見えても変わり身の術は得意よ」
「ふん。あまり鼻にかけるな。ここは俺達の国とは違う」
「分かっています。兄様、お元気で」
「お前もな」

 ひゅっと突風が起こり砂が舞った。着物の裾で目を守れば、その僅かな合間で常世兄様は姿をくらました。

(お爺。私、楽しくて仕方がないよ。久しぶりに胸が踊っているわ)

 慶応三年、日本という国は大きく二つの派閥に割れていた。複雑にそれぞれの派生はあるけれど、大雑把に語ると薩長と幕府の戦いに発展しようとしている。そう、お爺から聞いた。良くわからないけれど私は幕府に近い集団に身を置こうと決めていた。お爺は良いとも悪いとも言わなかった。ただ、兄様は渋い顔をしたけれど。私は、私の直感を信じている。この国の行く末は私達にはどうにもできないもの。だから、途中で死んでも悔いはない。一度は死んだ身なんだから。

 入り組んだ路地を先回りするように駆けて、私はとある兄弟の前に飛び出した。

「お侍様っ、お助けください」
「な、何があったのです」

 着物の襟元と裾を大胆にはだかせて、二人の少年の前に倒れ込んだ。驚いて目のやり場に困りながらも、兄の方は冷静だった。

「ここでは人目に付きます。こちらへ。鉄之助、荷物を持って差し上げなさい」
「はい」

 市村辰之助、鉄之助との初めての接触は成功した。私は彼らに支えられ、路地裏へと入った。妙な輩に突然追われたと言えば親身になって話を聞いてくれた。

「兄上、この方を我々が行く新選組にお連れしてはいかがでしょうか。困った弱い女を一晩だけかくまってもらうのです」
「鉄之助、それは難しいな。なんせこの世はそれどころでは」
「しかしっ」

 新選組という言葉に私の心は弾んだ。死客集団とも呼ばれた悪名高い男たちの巣に、私の喉は大きく上下した。

「あの、近くまでご一緒いただくだけで結構ですから。その、そこまでご一緒に」
「兄上っ」
「分かった。近くまでですよ。あとは、あなたの運しだいだ。私達とは」
「はい。承知しております。お侍様と私は無関係にございます」

 とにかく、私は場所さえわかればよかった。そしてやはり兄より弟のほうがヤりやすい、そう思った。



 どれくらい歩いたか、市中に入ると人の多さに私は驚いた。ここが天皇と呼ばれる大将が暮らす都かと。みな忙しく私達を気に留めるものはいない。

「ここを真っ直ぐいくと、旗があるそうです。新選組の誠の旗です」
「ありがとうございました。この御恩は忘れません」
「お気をつけて」
「はい」

 にこりと笑ってみせたが兄の辰之助は最後まで表情は硬く、逆に弟の鉄之助は素直に笑って返してくれた。

(よしっ。目と鼻の先まで来てしまえばこちらのもの)


 西の空がそれらしく染まり始めると、兄の常世を思い出した。今ごろ兄様は西へ向かっているはず。常世兄様は長州または薩摩のどちらかに潜ると言っていた。どちらにせよ、上手く行きますように。

「兄様はお強いから大丈夫」

 生かすために死ぬのか、いつか死ぬために生きるのか、生かされたこの命は私の意思で死を選ぶ。私は目を閉じで念ずれば簡単に姿を変えることができる。この術を授けてくれたお爺に感謝して、私は日ノ本の国、少年剣士に変化した。

「さて、暫くは修行が必要。鉄之助さん。待っていてくださいね」

 暮六つ。日が落ち闇が迫るころ、私は静かに踵を返した。






 およそひと月。私はこの国の刀と言うものに振り回された。武士というものは腰に大小の寸違いの刀を指すのだそうだ。正直、重くて仕方がない。人を数名殺めれば使い物にならなくなるので、手入れの仕方も学ぶ。小柄な私の体にはとうてい似合わないけれど、武士らしくなったと思う。そろそろ動かなければ年が変わると大きないくさが始まってしまう。久しぶりに兄様から文が来た。あちらがどうも有利らしいと。

「成るようにしか成らないから気にしない」

 読み終わると直ぐに文は燃やして消した。足跡は残してはならないと、耳に蛸ができるほど言われていたから。

「よし、行きますか」

 常世兄様と別れてから、私は女であることを隠した。この国では女は戦に連れて行ってもらえないらしい。でも、知っている。新選組には女隊士と女軍医がいることを。でも、私は男の姿を選んだ。それは、あの男の側に居座りたいから。あの男の近くにいれば、この世の真実が見られる気がしたから。お爺の予言ではそうらしい。その予言もその戦までしかない。だから戦が始まる前までに入れ替わる必要がある。

「悪い話じゃないのだし、きっと呑んでくれると信じている」

 私はあの旗のもと目指して歩き始めた。大政奉還だと街中がざわつき始めた秋の頃だった。

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

九州のイチモツ 立花宗茂

三井 寿
歴史・時代
 豊臣秀吉が愛し、徳川家康が怖れた猛将“立花宗茂”。  義父“立花道雪”、父“高橋紹運”の凄まじい合戦と最期を目の当たりにし、男としての仁義を貫いた”立花宗茂“と“誾千代姫”との哀しい別れの物語です。  下剋上の戦国時代、九州では“大友・龍造寺・島津”三つ巴の戦いが続いている。  大友家を支えるのが、足が不自由にもかかわらず、輿に乗って戦い、37戦常勝無敗を誇った“九州一の勇将”立花道雪と高橋紹運である。立花道雪は1人娘の誾千代姫に家督を譲るが、勢力争いで凋落する大友宗麟を支える為に高橋紹運の跡継ぎ統虎(立花宗茂)を婿に迎えた。  女城主として育てられた誾千代姫と統虎は激しく反目しあうが、父立花道雪の死で2人は強く結ばれた。  だが、立花道雪の死を好機と捉えた島津家は、九州制覇を目指して出陣する。大友宗麟は豊臣秀吉に出陣を願ったが、島津軍は5万の大軍で筑前へ向かった。  その島津軍5万に挑んだのが、高橋紹運率いる岩屋城736名である。岩屋城に籠る高橋軍は14日間も島津軍を翻弄し、最期は全員が壮絶な討ち死にを遂げた。命を賭けた時間稼ぎにより、秀吉軍は筑前に到着し、立花宗茂と立花城を救った。  島津軍は撤退したが、立花宗茂は5万の島津軍を追撃し、筑前国領主としての意地を果たした。豊臣秀吉は立花宗茂の武勇を讃え、“九州之一物”と呼び、多くの大名の前で激賞した。その後、豊臣秀吉は九州征伐・天下統一へと突き進んでいく。  その後の朝鮮征伐、関ヶ原の合戦で“立花宗茂”は己の仁義と意地の為に戦うこととなる。    

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

処理中です...