桜の花弁が散る頃に

ユーリ(佐伯瑠璃)

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二章 -勝沼・流川・会津編ー

その体に宿るもの

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 翌日、沖田も髪を切ると言い出した。せっかくの洋装だから自分もそれらしくなりたいと。

「鉄之助くんだけズルいや」
「わかりましたから、座ってください」

 沖田の髪は京に入ってから月代さかやきをやめていたようで、整えるのも難しくなかった。言われるがままに短刀で削ぎ落としたけれど、大丈夫だろうか。私としてはとても男前になったのではないかと思う。私は恐る恐る柄鏡を沖田に渡した。

「どう、でしょう」
「……」

 沖田は無言で鏡を覗いていた。気に食わない箇所があるのだろうか。でも、もう切ってしまったのでどうにもならないと、心の中で開き直った。

「すみません。しかしながらもう、型を変えることは」
「これ、本当に僕なの」
「えっ、ええ。間違いなく沖田先生です」
「君、なかなか良い腕しているね。僕はとても気に入ったよ」
「本当ですかっ」
「うん。多摩で合流したら土方さんに自慢してやるんだ。どんな顔をするだろうね」
「自慢……」

 沖田は愛想のいい笑顔を見せながら話を続ける。

「鉄之助くんに切って貰ったんだ、羨ましいでしょう。鉄之助くんの短髪も僕が一番最初に見たんですよって、言うのさ。そしたら」
「そしたら……なんですか」
「真っ赤な顔をして怒ると思うよ。何で総司が最初なんだっ、鉄之助は俺の小姓だろうがって焼きもちをやくのさ。楽しみだなぁ」
「なんで副長が、焼きもちを」
「決まっているだろう。鉄之助は俺のもんだと思ってるのに、僕のほうが知っている事が多いからさ。土方さんは君のこと、もう女だって知っているよね。あの人、隠せないからさ、眼が口ほどに物を言っていたよ。土方さん、君のこと好きだよ。仲間としてのじゃなくて男女の方のね」

 調子よく話す沖田の話に危うくウンウンと頷きそうになって、とんでもない言葉に気づいた。土方が私を好いている、と。そんなことあって欲しいけれど残念ながらない。なぜなら土方は私が他の者に男とばれたら仕置をすると言っていたからだ。女の私は不要だということだと思う。

「それはないですよ。女と知れたら仕置をする、女を連れて戦争には行かないとおっしゃいましたし」

 それを言うと沖田は声を出して笑いだした。ひとしきり笑うと、目尻に溜まった涙を指で拭いふぅと息を整えた。

「十五だっけ。普通ならそろそろ嫁に行ってもおかしくない年頃だよ。それなのに君ときたら……まったく」
「もうすぐ十六ですよ」
「まあいいさ。そのままの君でいてよ」

 納得はいかなかったけれど、聞いても分かりそうになかったので私は口を閉じた。沖田はそんな私に気づいたのか、いいものをあげるから機嫌を直してと言い部屋の奥から刀を出してきた。

「はい、これ君に。僕のと重さも型も近いから使いやすいと思うよ」
「よろしいのですか」
「約束したからね」

 沖田が以前、愛刀の加州清光を返してもらったら、代わりの刀を探してやると言っていた。いま差している刀も沖田が見立ててくれたものだった。しかしいまいちしっくり来なかったのだ。私は沖田からもらった新しい刀を手に取った。ずしりと手にかかる重みは、確かに沖田の愛刀とほとんど変わりないように思えた。

「ありがとうございます! これ、大事にします」
「うん。あと、これも」

 沖田は懐からつつみを出して、私の刀の柄をじっと見た。そしてにこりと笑うと、包からふた通りの紐を取り出した。

「それは」
「飾緒だよ。君の刀には若紫を、僕の刀には浅葱の紐を結ぶんだ。僕達の刀は似ているだろ。だから目印さ」
「まさかこれ」
「分かるかい。僕が編んだんだ。あ、これもまた土方さんが知ったら角を出しそうだね」
「またそんなことを」

 沖田は刀の柄に紐を結びつけた。細くて長い沖田の指は器用にくるくると無駄なく動く。床に伏せていたとき、或いは外に出ることを禁じられていたときに編んでいたのか。

「はい、できた」
「可愛らしいですね」
「君は危うくて目が離せないから、これを目印にしてヘマをするのを見させてもらうよ」
「え、さすがに失礼ではありませんかっ」
「あははは」

 沖田のそういう気遣いが、今はとても苦しくて仕方がない。恐れも辛さも見せようとしない沖田が、堪らなく哀れに思える。神の無慈悲さが歯痒くてならなかった。沖田の刀には浅葱色の飾緒がある。なんとなく思うのは、脱ぎ捨てた新選組の羽織を意味しているのではないかと。背に負っていた誠の代わりとしているのではないか、と。なぜならば沖田が無意識にその紐を指で撫でていたからだ。

「明日、立つよ」
「はい」

 沖田が笑い顔から突然、精悍な顔つきになる。下がった目尻が一瞬にしてあがって、同時に私を見つめた。沖田の黒目に私が映っているのが分かる。

「女が髪を切るのは、仏門に入るときくらいだよ。世を捨てる、それくらいの気持ちにさせてしまったことが悔しい。こんな時代じゃなかったら、君は」
「沖田先生。私は市村鉄之助です。男です。お忘れなきよう」

 私は沖田の言葉を途中で遮った。何があろうと、なんと言われようと心変わりはないのだと伝えるために。

「分かっているよ」

 沖田がそれ以上、言うことはなかった。





 翌朝、私と沖田は神田の医学所を出発した。日が昇り始めた頃だ。沖田の逸る気持ちがとても伝わって来る。近藤の率いる隊よりも先に着いて、多摩か日野で彼らを迎えたいのだ。

「進軍しながら隊士を募集するらしいね。向こうはどれくらいなの」
「聞くところによると三千」
「三千か……」

 今回の新政府軍の隊を率いるのは板垣退助という土佐藩士だ。三千という数を旧幕府軍は甲府で抑えろという。数では及ばないけれど、甲府城を先に抑えられれば有利になる。

「数が全然足りないね。でもあまり悠長にしていられない。進軍を止めるわけにはいかない。城を落とされちゃ勝ち目はないからね」
「勝先生はなんて無茶なご命令を」
「臭うね……」
「え」
「いや。僕達はとにかく先を急ごう」

 沖田は勝海舟のやり方に何か思うところがあるようだった。しかし私にはその何かはわからなかった。それが分かったとしても、私たちは局長の近藤がやると言ったら従うまで。例えそれが負け戦だとしても。

 近藤率いる甲陽鎮撫隊こうようちんぶたいは三月一日に江戸を出た。私と沖田はそれより先に神田を出た。一緒に進軍しないのは、沖田の病を健康な隊士たちに伝染うつさぬためであった。しかしながら、沖田の病状は驚くほどに安定しており、本当は病なんて嘘だったのではないかと思うほどに元気だ。朝起きてから、医者から貰った謎の薬を飲んでいるのが理由だと思う。沖田は決してその薬を見せようとしないし、飲む姿さえ見られるのを嫌う。

「あ、そうだ。沖田先生」
「ん、なに」
「今回から局長は大久保大和守剛、副長は内藤隼人と改名されています」
「そう。新選組の悪名は高いからね。それくらいしないと、あとあと面倒になる」
「……」

 幕府の命令によって今回、隊名と長の改名を行ったと文に書いてあった。幕命となれば、近藤は喜び勇んだに違いない。私には近藤の幕府にとことん尽くす精神が理解できなかった。それに着いていく土方にも沖田にも、今の私にはまだ分からない。

「勝てるのでしょうか」
「どうだろうね。でも、僕は負けない」

 僕は負けない。私はそこに込められた意味を考えながら、ひたすら足を動かした。沖田の負けないは戦争に負けないのか、それとも抱えてしまった病になのか。沖田は賢いので、戦争に勝つか負けるかくらいは分かるはずだ。では、負けないと口にするそれは、きっと。

「もうすぐ、皆に会えるね」
「はい」

 前を行く沖田の背は、これまで見たことがないくらい、力がみなぎっていた。喜ばしいと思う反面、その姿に疑問を感じる。松本良順は気力も体力も衰えるばかりだと、言っていたのに。今の沖田はまったく逆だ。

 それはまるで、別人だった。
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