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二章 -勝沼・流川・会津編ー
愛おしき者のために
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それから土方は仙台に行くことを告げた。事実、会津を捨てたことになる。しかし、それに対して誰からも非難の声は上がらなかった。土方隊についた全員が仙台行きに同意したのだ。土方はこれから先も強要はしない、しかし着いてくるものは拒まない。共に最期まで戦おうと言った。
「指揮を任せられたならこれまでどうり厳しく揮う。しかし意見は言ってもらって構わない。我々は同士である。上も下も、ない」
土方はある隊士に一通の文を渡した。会津に残る新選組に宛てたものだ。恐らく、援軍が叶わなかった旨と会津には戻らないことが記してあると思われた。
「仙台に品川を出港した榎本軍の艦隊が近々つくだろう。彼らと合流する。行きたい者だけついて参れ」
「此処に残る者たちは土方隊の新選組として、全員ついていきます」
「そうか……分かった」
家族のもとへ帰る者もいたが、離隊は最小限に抑えられた。私達は仙台に向けて出発した。
*
慶応四年の秋、元号が明治へと変わった。新政府軍は日本の殆どを手に入れ、明治政府と名を改めた。京に置いていた朝廷が江戸に移り、江戸も東の都と称し東京と変わった。未だ会津だけは明治政府に抵抗を続けているという。山口もその中で自身の正義と誠を貫いているに違いない。そんな中、榎本の艦隊が仙台に入港したと知らせが入った。
「榎本武揚に会ってくる」
「お一人でですか」
「ああ。悪いがテツはここで待っていてくれ」
「はい」
土方は榎本武揚との会合に出掛けていった。
「お前は土方さん、土方さんだな」
「なんですか」
一人で過ごす私に沢中輔が嫌味たらしく声をかけてきた。どうもこの男とは馬が合わない。
「魚の糞のようだ。お小姓さんは。夜も主人と一緒なんだろ。まさかあっちの世話もしているのかい」
「小姓とはっ、そういうものです! それと、あっちの世話とはなんですかっ」
「え、知らないんだ。噂だけどね、土方さんは衆道なんだろうって。それも随分と幼い者を好むって話さ。それ、お前のことだろう」
「なんてことを! 土方さんはっ、衆道なんかではありません!」
「証拠はあるのかい、お小姓さん」
カッとなり叫んだところにそんなことを聞かれた。証拠は、なくはないが言えるわけがない。
「証拠はっ……」
言葉に詰まる私を嘲笑いながら沢は去っていった。その去り際に、
「戦場では大人しくしていろよな。お前は役に立たない。よくそんな腕でここまで来たもんだ。腰の刀が泣いているぞ」
私に返す言葉はなかった。沢の言う事に間違いはなかったからだ。
暫くして、土方が帰ってきた。しかし、榎本との会合がどうだったのかを気にするよりも、沢から言われた言葉がずっと頭に残っていた。私のせいで土方が衆道だと思われていることと、沖田から貰った刀が泣いているという言葉が頭から離れなかった。もっと男らしく果敢に戦場で成果を上げていたら、そんな事は思われなかったのかもしれない。土方の背に隠れ、護られながらここまでやって来たのは間違いない。沖田のこの刀もお飾りだと言われればその通りだ。
「皆を集めてくれ」
土方に捨てられたくないという個人的なわがままは、土方の荷を重くしただけなのだろう。
「テツ、聞こえなかったか」
「はいっ。あ、すみません……えっと」
「皆を集めてくれと、言ったんだが」
「すぐに!」
だめだ。こんな事では本当に土方の役に立てない。私は一体何をしているのだろう。急いで部屋を飛び出して、皆を集めた。昔のような大人数ではないけれど、それでも直ぐに全員を揃えるのには時間がかかった。稽古をしている者や、町の様子を伺いに行く者などそれぞれの時間を過ごしていたからだ。
「市村くん!」
「あ、島田さん」
「もう全員そろいましたよ。君も早く」
「はい」
私は会合の末席に腰を下ろした。なんとなく土方のそばに座るのは気が引けたのだ。土方から離れると、周りは当然知らぬ者たちばかりで顔は見たことあれど、言葉は交わしたことがない者ばかりだった。私は空気のように気配を抑えて座っていたけれど、なぜか彼らの注目を浴びていた。無言ではあるけれど、私をじろじろ見ている。いつも土方の隣にいるこの男は何者だと、こいつが土方の小姓かと見定めているのだろう。居心地の悪さを感じながら、土方の話に耳を傾けた。土方に近い場所に相馬や島田、そして沢中輔がいた。ここから見ると、なんと頼もしい面子だろうか。あそこに自分も並んでいたのかと思うと、申し訳無さで胸が詰まった。
「知らせによると、東北も降伏をするそうだ。この列島ではもはや会津だけとなってしまった。それも恐らく……。今後、これより北に進軍を考えている。最後の決断だ。よく考えてほしい。海を越えても構わない者だけ残ってくれ」
その言葉に広間はざわざわと忙しくなった。海を越えると言う事が何を指しているのか、まだよく分からなかったのだ。すると一人の男が言った。
「仙台よりも、津軽よりも北と言うことでしょうか」
「そうなるな」
「蝦夷に行くのですね!」
蝦夷と言う言葉を、私は初めて聞いた。まるで異国のような響きに驚きを隠せなかった。そこが最後の地になるのだろうと、なぜか確信する自分がいた。
「二度と、こっちの土は踏めないかもしれない。それを踏まえて決めてくれ。以上だ」
土方がそう締めくくって会合は終わった。皆が続々と広間から出る中、私は動くことができなかった。言葉にできない様々な感情が体を動かしてはくれなかったのだ。ただ、広間の床をじいっと見ているだけだった。
「テツ」
しんと静まり返った広間に土方の私を呼ぶ声がした。いつもなら「はい」と威勢よく答えただろう。しかしできなかった。かろうじて声に反応して顔を上げた程度だ。張り付いた唇が開かず、声を出す機をなくしていた。土方は一歩、一歩と私に歩み寄り、ゆっくりと腰を下ろした。そして、私の眼をじいっと覗き込んだ。
「何を考えている。どうせ、ろくなことじゃねえだろ」
「ろくなことじゃないだなんて」
「お前が難しい顔をしているときは、ろくなことがない。一人で考えるな。言ってみろ」
土方は私と視線を合わせるために背を丸めている。急かす様子はなく、ただ眼で私に抱えてないで口に出せと訴えていた。
「その……」
今の自分の気持ちを吐き出すのは躊躇われた。だったら離隊しろと言われるのがとても怖かったからだ。今の私がそれを言われたら、死ねと言われるのと変わらないから。気づいたら土方の行く道が私の道になっていた。それはいつからなのか思い出せない。ただ思い出せるのは、あの頃の幹部の顔だ。いつも怖い顔をした副長の土方に、臆することなく言葉を交わす彼らだった。鬼の副長だと言われる土方が、彼らの声だけは耳を傾けた。そこに見えない絆があった。私はその絆という糸を束ねた土方にいつからか惹かれていたのだ。
「私も」
誰よりも恐ろしく、誰よりも優しい鬼を演じた土方と。
「蝦夷に一緒に行きたいです」
「ああ」
最期の刻まで離れない。例えお前は役に立たないと言われても、離れはしない。こんな私でも、盾くらいにはなれるだろう。
「これからもお側においてください。土方さんの小姓として、最後まで仕えます」
「なんだあらたまって。お前には何編でも言うしかねえな。俺はお前を手放しはしない。しっかりついてこい」
「はい」
また、泣いてしまった。あれほど鉄之助でいなければならないと言い聞かせたのに。
「お前はどんだけ涙を溜めてやがる。困ったもんだ」
「すみませっ」
土方は私の頭を抱え込んだ。そのせいで体が前に倒れてしまった。倒れた体は土方が受け止めて、私の全部を包み込んだ。少しばかり速い土方の鼓動は私の鼓動までも急がせる。
(土方も、不安なのだろうか)
「冬はたいそう雪が積もるらしい」
「雪が」
「京とは比べものにならないほど、積もるんだと。人が簡単に埋もれるくらいにな」
「そんなにっ」
「寒いぞ」
「見たいです! 埋もれる程の、雪」
「あ? くくっ。まだまだガキだな」
久しぶりに土方が笑った。それだけで私の心は救われた。まだ、役に立てると思ったから。
「ガキではありません。南で育ったから、雪が珍しいだけです」
「京でも見ただろう」
「何度見ても飽きませんよ。あんな白くて冷たいもの、なかなかありません。でも、寒いのは少し困ります」
蝦夷はどれくらい寒いのだろう。
「湖が全部凍るんだとよ」
「えっ」
「心配するな。寒けりゃ暖をとればいい。こうやってな」
「ひじ……っ」
土方は私を抱く腕に力を入れた。そして、軍服の裾から手を差し込んできた。土方の厚い手のひらが私の肌を直接撫でる。
「待ってください。こ、こんな所で」
「生意気に場所を選ぶのか。いいだろう、換えてやる」
「え、わっ」
私の体を抱いたまま土方は立ち上がり、奥の部屋に進んだ。寝るだけの簡素な仮の部屋。唯一、土方が一人になれる場所だ。ここも近いうちに引き上げて、蝦夷という土地に行く。
土方は私を広げたままの薄い敷布団の上に置いた。上から見下ろす土方の両の眼は言葉にできないほど妖艶だ。じいっと一点を見つめ、そこには逃げないように針を刺すような鋭さと、僅かに潤んだ黒目が優しさを覗かせた。
「土方、さん」
「もうテツの顔じゃないのか」
「あっ」
目だけ緩く微笑んでみせた土方が私の前髪をそっと払った。たったそれだけで胸の鼓動が高鳴る。土方は片手で自分の軍服の詰襟の釦をひとつ、ふたつと外した。あんなに面倒だと言っていた釦も、あっさり片手で外すようになっていた。土方の長い指が襟元を緩めると、男らしい喉元があらわになった。
「そんなふうに見るな」
「そんなふう、とは」
「物欲しそうな眼をしている」
「そんなことっ」
口角を上げた土方がゆっくりと被さってきた。そして、体にじんわりとした重みを感じると唇が重なった。触れるだけの口づけが、食むような動作に変わると私の体は待っていたかのように熱くなった。閉じていた口が勝手に開いて、土方の舌を招き入れる。
「ふっ……ん」
その間も土方の手は休まず、今度は私の服の釦を外していった。ふっと緩まる胸元に土方の武骨な指が触れる。慣れた手つきで巻いたさらしを取った。
「ひじっ、かたさ……んっ」
「あんまり声は出さないほうが、いいな」
「ん、ふ」
私は慌てて片手で口を押さえ、もう片方の手で土方の手を押えた。あまり勝手に這い回られては、声を我慢する事ができなくなるから困る。
「おい。俺の手も押さえてどうする。善くしてやれねえだろ」
「そんな、善くだなんてっ……していただかなくとも」
「嘘はいけねえなぁ」
悪い笑みを浮かべた土方は、するりと手を下肢へ伸ばし私の腰帯を緩めて洋袴を引き下げた。着物と違って洋装は一筋縄でいかないはずなのに、土方は簡単に剥ぎ取ってしまう。
「いやっ……あ、んっ」
「嫌じゃねえって、言ってるんだかな……」
土方が言いたいのは、口では嫌と言うくせに体はそうじゃないだろうと言うことなのだ。分かっている……だから抵抗してしまう。
「そんなところ、だめです」
「ああ、分かっている。イイんだよな、此処がよ」
「違うっ、あ、あっ……やっ」
どんなに固く足を閉じても、膝を合わせても土方は止めてくれない。どんどん私の奥へその指が入ってくる。
(だめ、なのに……)
土方のその手は、そんなことに使ってはいけないのに。刀を握る大切な手だ。私なんかで汚してはいけない。
「力を抜け。そろそろ慣れてもいい頃だろうが」
そう言いながら土方は私の胸元を大きく開き、膨らみを増した乳房を弄った。そして、唇まで押し付けて、赤子がするように吸った。
「ああっ……土方さん、やっ」
「本当に嫌なら止めてやる。けどよ、これじゃあ嫌な証拠にはならねえぞ」
くちくちと嫌な音が自分の下肢から聞こえてくる。下も上も、土方に触れられて私の体は私のものではないように震えた。
「それでも……つああっ、だめ。土方さんが、汚れるからっ」
「意味がわからねえな」
「だからっ!」
本当は嫌ではない。
「神聖な刀を持つ手で、そんなことっ」
私がそこまで言うと、土方は激しくぶつかるように唇を私の口に押し当ててきた。歯を立てかと思ったら、舌を口内に捩じ込んでくる。抵抗を許さないと怒っているのかもしれない。私は体の力を抜いた。逆らう資格なんて無いと、今更ながら気づいたから。
「なあ」
土方が顔を上げて私の顎を掴んだ。
「お前は、自分を何だと思っている。汚れた人間だとでも言うのか。近頃、態度がおかしいだろう。何を考えている。お前は、俺の何だ。俺はお前の何だと思っている」
責め立てるようにそう言った。
「わたしは……土方さんの」
「俺の、なんだ」
自信を持って言えるものが、無かった。あなたの小姓だと、この身を持ってあなたを護ると、言えなかった。大した力のない私がどうして言えるだろうか。
「土方さんの……荷物です」
本当のことだ。これが、答えなんだと捨てられるのを覚悟して、絶望しながら答えた。相馬のような真っ直ぐな志はなく、島田のように絶大な信頼があるわけでもない。沢のように漲る自信も、私にはないのだ。ただ、土方の隣にいたい……それしかない。
「面白えことを言いやがる。だったら、荷物らしく大人しく抱えられていろ」
「……えっ」
「ぐちゃぐちゃ考えている暇はない。ほら、いい具合に開いて来ただろう」
「んああっ」
土方の指がうねり、私の奥を貫いた。初めはあったはずの痛みは、何度かそうされて今では悦を隠せなくなっていた。今は分かる。本当はその指の代わりに、違うものが入ってくるのだと言うことを。
「おい、声を抑えろよ」
「んっんんん」
でも、土方はそれをしようとしない。私はまだ、それを受け入れるまでの心積もりがないからそれでいい。今はまだ……。
「そうだ、そのまま抗うな」
「あうっ……ふあっ」
全身が硬直してすぐに脱力した。怠くて力が入らない上に、瞼まで重くなった。霞む景色にか浮かぶ土方の顔が、微笑んでいるように見える。
「たまにはゆっくり寝ろ。余計なことは考えるな。お前は役立たずじゃ、ない。それは俺が知っている」
「ひじ、かた……さ……」
大きな温かい手が私の頬をなでて包み込んだ。この手が私を慰め、勇気づけてくれる。目が覚めたら、また土方のために尽くそう。
蝦夷の地は、さらなる厳しきものになるに違いない。だから、迷ってはいけない。
(愛おしき者の為に、この私の全てを……捧ぐ)
「指揮を任せられたならこれまでどうり厳しく揮う。しかし意見は言ってもらって構わない。我々は同士である。上も下も、ない」
土方はある隊士に一通の文を渡した。会津に残る新選組に宛てたものだ。恐らく、援軍が叶わなかった旨と会津には戻らないことが記してあると思われた。
「仙台に品川を出港した榎本軍の艦隊が近々つくだろう。彼らと合流する。行きたい者だけついて参れ」
「此処に残る者たちは土方隊の新選組として、全員ついていきます」
「そうか……分かった」
家族のもとへ帰る者もいたが、離隊は最小限に抑えられた。私達は仙台に向けて出発した。
*
慶応四年の秋、元号が明治へと変わった。新政府軍は日本の殆どを手に入れ、明治政府と名を改めた。京に置いていた朝廷が江戸に移り、江戸も東の都と称し東京と変わった。未だ会津だけは明治政府に抵抗を続けているという。山口もその中で自身の正義と誠を貫いているに違いない。そんな中、榎本の艦隊が仙台に入港したと知らせが入った。
「榎本武揚に会ってくる」
「お一人でですか」
「ああ。悪いがテツはここで待っていてくれ」
「はい」
土方は榎本武揚との会合に出掛けていった。
「お前は土方さん、土方さんだな」
「なんですか」
一人で過ごす私に沢中輔が嫌味たらしく声をかけてきた。どうもこの男とは馬が合わない。
「魚の糞のようだ。お小姓さんは。夜も主人と一緒なんだろ。まさかあっちの世話もしているのかい」
「小姓とはっ、そういうものです! それと、あっちの世話とはなんですかっ」
「え、知らないんだ。噂だけどね、土方さんは衆道なんだろうって。それも随分と幼い者を好むって話さ。それ、お前のことだろう」
「なんてことを! 土方さんはっ、衆道なんかではありません!」
「証拠はあるのかい、お小姓さん」
カッとなり叫んだところにそんなことを聞かれた。証拠は、なくはないが言えるわけがない。
「証拠はっ……」
言葉に詰まる私を嘲笑いながら沢は去っていった。その去り際に、
「戦場では大人しくしていろよな。お前は役に立たない。よくそんな腕でここまで来たもんだ。腰の刀が泣いているぞ」
私に返す言葉はなかった。沢の言う事に間違いはなかったからだ。
暫くして、土方が帰ってきた。しかし、榎本との会合がどうだったのかを気にするよりも、沢から言われた言葉がずっと頭に残っていた。私のせいで土方が衆道だと思われていることと、沖田から貰った刀が泣いているという言葉が頭から離れなかった。もっと男らしく果敢に戦場で成果を上げていたら、そんな事は思われなかったのかもしれない。土方の背に隠れ、護られながらここまでやって来たのは間違いない。沖田のこの刀もお飾りだと言われればその通りだ。
「皆を集めてくれ」
土方に捨てられたくないという個人的なわがままは、土方の荷を重くしただけなのだろう。
「テツ、聞こえなかったか」
「はいっ。あ、すみません……えっと」
「皆を集めてくれと、言ったんだが」
「すぐに!」
だめだ。こんな事では本当に土方の役に立てない。私は一体何をしているのだろう。急いで部屋を飛び出して、皆を集めた。昔のような大人数ではないけれど、それでも直ぐに全員を揃えるのには時間がかかった。稽古をしている者や、町の様子を伺いに行く者などそれぞれの時間を過ごしていたからだ。
「市村くん!」
「あ、島田さん」
「もう全員そろいましたよ。君も早く」
「はい」
私は会合の末席に腰を下ろした。なんとなく土方のそばに座るのは気が引けたのだ。土方から離れると、周りは当然知らぬ者たちばかりで顔は見たことあれど、言葉は交わしたことがない者ばかりだった。私は空気のように気配を抑えて座っていたけれど、なぜか彼らの注目を浴びていた。無言ではあるけれど、私をじろじろ見ている。いつも土方の隣にいるこの男は何者だと、こいつが土方の小姓かと見定めているのだろう。居心地の悪さを感じながら、土方の話に耳を傾けた。土方に近い場所に相馬や島田、そして沢中輔がいた。ここから見ると、なんと頼もしい面子だろうか。あそこに自分も並んでいたのかと思うと、申し訳無さで胸が詰まった。
「知らせによると、東北も降伏をするそうだ。この列島ではもはや会津だけとなってしまった。それも恐らく……。今後、これより北に進軍を考えている。最後の決断だ。よく考えてほしい。海を越えても構わない者だけ残ってくれ」
その言葉に広間はざわざわと忙しくなった。海を越えると言う事が何を指しているのか、まだよく分からなかったのだ。すると一人の男が言った。
「仙台よりも、津軽よりも北と言うことでしょうか」
「そうなるな」
「蝦夷に行くのですね!」
蝦夷と言う言葉を、私は初めて聞いた。まるで異国のような響きに驚きを隠せなかった。そこが最後の地になるのだろうと、なぜか確信する自分がいた。
「二度と、こっちの土は踏めないかもしれない。それを踏まえて決めてくれ。以上だ」
土方がそう締めくくって会合は終わった。皆が続々と広間から出る中、私は動くことができなかった。言葉にできない様々な感情が体を動かしてはくれなかったのだ。ただ、広間の床をじいっと見ているだけだった。
「テツ」
しんと静まり返った広間に土方の私を呼ぶ声がした。いつもなら「はい」と威勢よく答えただろう。しかしできなかった。かろうじて声に反応して顔を上げた程度だ。張り付いた唇が開かず、声を出す機をなくしていた。土方は一歩、一歩と私に歩み寄り、ゆっくりと腰を下ろした。そして、私の眼をじいっと覗き込んだ。
「何を考えている。どうせ、ろくなことじゃねえだろ」
「ろくなことじゃないだなんて」
「お前が難しい顔をしているときは、ろくなことがない。一人で考えるな。言ってみろ」
土方は私と視線を合わせるために背を丸めている。急かす様子はなく、ただ眼で私に抱えてないで口に出せと訴えていた。
「その……」
今の自分の気持ちを吐き出すのは躊躇われた。だったら離隊しろと言われるのがとても怖かったからだ。今の私がそれを言われたら、死ねと言われるのと変わらないから。気づいたら土方の行く道が私の道になっていた。それはいつからなのか思い出せない。ただ思い出せるのは、あの頃の幹部の顔だ。いつも怖い顔をした副長の土方に、臆することなく言葉を交わす彼らだった。鬼の副長だと言われる土方が、彼らの声だけは耳を傾けた。そこに見えない絆があった。私はその絆という糸を束ねた土方にいつからか惹かれていたのだ。
「私も」
誰よりも恐ろしく、誰よりも優しい鬼を演じた土方と。
「蝦夷に一緒に行きたいです」
「ああ」
最期の刻まで離れない。例えお前は役に立たないと言われても、離れはしない。こんな私でも、盾くらいにはなれるだろう。
「これからもお側においてください。土方さんの小姓として、最後まで仕えます」
「なんだあらたまって。お前には何編でも言うしかねえな。俺はお前を手放しはしない。しっかりついてこい」
「はい」
また、泣いてしまった。あれほど鉄之助でいなければならないと言い聞かせたのに。
「お前はどんだけ涙を溜めてやがる。困ったもんだ」
「すみませっ」
土方は私の頭を抱え込んだ。そのせいで体が前に倒れてしまった。倒れた体は土方が受け止めて、私の全部を包み込んだ。少しばかり速い土方の鼓動は私の鼓動までも急がせる。
(土方も、不安なのだろうか)
「冬はたいそう雪が積もるらしい」
「雪が」
「京とは比べものにならないほど、積もるんだと。人が簡単に埋もれるくらいにな」
「そんなにっ」
「寒いぞ」
「見たいです! 埋もれる程の、雪」
「あ? くくっ。まだまだガキだな」
久しぶりに土方が笑った。それだけで私の心は救われた。まだ、役に立てると思ったから。
「ガキではありません。南で育ったから、雪が珍しいだけです」
「京でも見ただろう」
「何度見ても飽きませんよ。あんな白くて冷たいもの、なかなかありません。でも、寒いのは少し困ります」
蝦夷はどれくらい寒いのだろう。
「湖が全部凍るんだとよ」
「えっ」
「心配するな。寒けりゃ暖をとればいい。こうやってな」
「ひじ……っ」
土方は私を抱く腕に力を入れた。そして、軍服の裾から手を差し込んできた。土方の厚い手のひらが私の肌を直接撫でる。
「待ってください。こ、こんな所で」
「生意気に場所を選ぶのか。いいだろう、換えてやる」
「え、わっ」
私の体を抱いたまま土方は立ち上がり、奥の部屋に進んだ。寝るだけの簡素な仮の部屋。唯一、土方が一人になれる場所だ。ここも近いうちに引き上げて、蝦夷という土地に行く。
土方は私を広げたままの薄い敷布団の上に置いた。上から見下ろす土方の両の眼は言葉にできないほど妖艶だ。じいっと一点を見つめ、そこには逃げないように針を刺すような鋭さと、僅かに潤んだ黒目が優しさを覗かせた。
「土方、さん」
「もうテツの顔じゃないのか」
「あっ」
目だけ緩く微笑んでみせた土方が私の前髪をそっと払った。たったそれだけで胸の鼓動が高鳴る。土方は片手で自分の軍服の詰襟の釦をひとつ、ふたつと外した。あんなに面倒だと言っていた釦も、あっさり片手で外すようになっていた。土方の長い指が襟元を緩めると、男らしい喉元があらわになった。
「そんなふうに見るな」
「そんなふう、とは」
「物欲しそうな眼をしている」
「そんなことっ」
口角を上げた土方がゆっくりと被さってきた。そして、体にじんわりとした重みを感じると唇が重なった。触れるだけの口づけが、食むような動作に変わると私の体は待っていたかのように熱くなった。閉じていた口が勝手に開いて、土方の舌を招き入れる。
「ふっ……ん」
その間も土方の手は休まず、今度は私の服の釦を外していった。ふっと緩まる胸元に土方の武骨な指が触れる。慣れた手つきで巻いたさらしを取った。
「ひじっ、かたさ……んっ」
「あんまり声は出さないほうが、いいな」
「ん、ふ」
私は慌てて片手で口を押さえ、もう片方の手で土方の手を押えた。あまり勝手に這い回られては、声を我慢する事ができなくなるから困る。
「おい。俺の手も押さえてどうする。善くしてやれねえだろ」
「そんな、善くだなんてっ……していただかなくとも」
「嘘はいけねえなぁ」
悪い笑みを浮かべた土方は、するりと手を下肢へ伸ばし私の腰帯を緩めて洋袴を引き下げた。着物と違って洋装は一筋縄でいかないはずなのに、土方は簡単に剥ぎ取ってしまう。
「いやっ……あ、んっ」
「嫌じゃねえって、言ってるんだかな……」
土方が言いたいのは、口では嫌と言うくせに体はそうじゃないだろうと言うことなのだ。分かっている……だから抵抗してしまう。
「そんなところ、だめです」
「ああ、分かっている。イイんだよな、此処がよ」
「違うっ、あ、あっ……やっ」
どんなに固く足を閉じても、膝を合わせても土方は止めてくれない。どんどん私の奥へその指が入ってくる。
(だめ、なのに……)
土方のその手は、そんなことに使ってはいけないのに。刀を握る大切な手だ。私なんかで汚してはいけない。
「力を抜け。そろそろ慣れてもいい頃だろうが」
そう言いながら土方は私の胸元を大きく開き、膨らみを増した乳房を弄った。そして、唇まで押し付けて、赤子がするように吸った。
「ああっ……土方さん、やっ」
「本当に嫌なら止めてやる。けどよ、これじゃあ嫌な証拠にはならねえぞ」
くちくちと嫌な音が自分の下肢から聞こえてくる。下も上も、土方に触れられて私の体は私のものではないように震えた。
「それでも……つああっ、だめ。土方さんが、汚れるからっ」
「意味がわからねえな」
「だからっ!」
本当は嫌ではない。
「神聖な刀を持つ手で、そんなことっ」
私がそこまで言うと、土方は激しくぶつかるように唇を私の口に押し当ててきた。歯を立てかと思ったら、舌を口内に捩じ込んでくる。抵抗を許さないと怒っているのかもしれない。私は体の力を抜いた。逆らう資格なんて無いと、今更ながら気づいたから。
「なあ」
土方が顔を上げて私の顎を掴んだ。
「お前は、自分を何だと思っている。汚れた人間だとでも言うのか。近頃、態度がおかしいだろう。何を考えている。お前は、俺の何だ。俺はお前の何だと思っている」
責め立てるようにそう言った。
「わたしは……土方さんの」
「俺の、なんだ」
自信を持って言えるものが、無かった。あなたの小姓だと、この身を持ってあなたを護ると、言えなかった。大した力のない私がどうして言えるだろうか。
「土方さんの……荷物です」
本当のことだ。これが、答えなんだと捨てられるのを覚悟して、絶望しながら答えた。相馬のような真っ直ぐな志はなく、島田のように絶大な信頼があるわけでもない。沢のように漲る自信も、私にはないのだ。ただ、土方の隣にいたい……それしかない。
「面白えことを言いやがる。だったら、荷物らしく大人しく抱えられていろ」
「……えっ」
「ぐちゃぐちゃ考えている暇はない。ほら、いい具合に開いて来ただろう」
「んああっ」
土方の指がうねり、私の奥を貫いた。初めはあったはずの痛みは、何度かそうされて今では悦を隠せなくなっていた。今は分かる。本当はその指の代わりに、違うものが入ってくるのだと言うことを。
「おい、声を抑えろよ」
「んっんんん」
でも、土方はそれをしようとしない。私はまだ、それを受け入れるまでの心積もりがないからそれでいい。今はまだ……。
「そうだ、そのまま抗うな」
「あうっ……ふあっ」
全身が硬直してすぐに脱力した。怠くて力が入らない上に、瞼まで重くなった。霞む景色にか浮かぶ土方の顔が、微笑んでいるように見える。
「たまにはゆっくり寝ろ。余計なことは考えるな。お前は役立たずじゃ、ない。それは俺が知っている」
「ひじ、かた……さ……」
大きな温かい手が私の頬をなでて包み込んだ。この手が私を慰め、勇気づけてくれる。目が覚めたら、また土方のために尽くそう。
蝦夷の地は、さらなる厳しきものになるに違いない。だから、迷ってはいけない。
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颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
九州のイチモツ 立花宗茂
三井 寿
歴史・時代
豊臣秀吉が愛し、徳川家康が怖れた猛将“立花宗茂”。
義父“立花道雪”、父“高橋紹運”の凄まじい合戦と最期を目の当たりにし、男としての仁義を貫いた”立花宗茂“と“誾千代姫”との哀しい別れの物語です。
下剋上の戦国時代、九州では“大友・龍造寺・島津”三つ巴の戦いが続いている。
大友家を支えるのが、足が不自由にもかかわらず、輿に乗って戦い、37戦常勝無敗を誇った“九州一の勇将”立花道雪と高橋紹運である。立花道雪は1人娘の誾千代姫に家督を譲るが、勢力争いで凋落する大友宗麟を支える為に高橋紹運の跡継ぎ統虎(立花宗茂)を婿に迎えた。
女城主として育てられた誾千代姫と統虎は激しく反目しあうが、父立花道雪の死で2人は強く結ばれた。
だが、立花道雪の死を好機と捉えた島津家は、九州制覇を目指して出陣する。大友宗麟は豊臣秀吉に出陣を願ったが、島津軍は5万の大軍で筑前へ向かった。
その島津軍5万に挑んだのが、高橋紹運率いる岩屋城736名である。岩屋城に籠る高橋軍は14日間も島津軍を翻弄し、最期は全員が壮絶な討ち死にを遂げた。命を賭けた時間稼ぎにより、秀吉軍は筑前に到着し、立花宗茂と立花城を救った。
島津軍は撤退したが、立花宗茂は5万の島津軍を追撃し、筑前国領主としての意地を果たした。豊臣秀吉は立花宗茂の武勇を讃え、“九州之一物”と呼び、多くの大名の前で激賞した。その後、豊臣秀吉は九州征伐・天下統一へと突き進んでいく。
その後の朝鮮征伐、関ヶ原の合戦で“立花宗茂”は己の仁義と意地の為に戦うこととなる。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
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