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貴族の戯れ

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とっぷりと日が暮れるまで勤めを果たした私は、疲労を隠しながら馬車に乗り込む。王城からの使いとは思えないほどの簡素なものだったが、全く気にならない。

ただ、がたがたと揺れるその振動の一つさえ私の身体を容赦なく攻撃することだけが、苦痛だったけれど。

「随分と遅い到着ですね。聖女イザベラ」

王城に通された私は、開口一番国王陛下の側近であるザロック侯爵が私を迎えた。相変わらず恰幅の良い姿で私をじろりと睨めつける。

「大変申し訳ございません」
「まずは国王陛下へ謁見を」
「かしこまりました」

視線を下げ恭しく返事を返しても、ザロック侯爵はただ鼻で笑うだけだった。

こうして王城に呼ばれることは珍しくない。それにはある理由があり、それ以外で招かれるなどありえないし、王宮に足を踏み入れたことはただの一度もなかった。

「聖女イザベラ。待ちくたびれたぞ」
「大変申し訳ございません。国王陛下」
「さぁ。もう言わずともわかるな」

大広間には、国王陛下並びにそうそうたる顔触れの高位貴族達がソファに座している。こちらを見るその目には一様に、苛立ちが含まれていた。

私は先程街でもそうしたように、胸に手を当て自身を光で覆う。そして跪き、一人一人に治癒を施していった。

(いつもの通り、どの傷も大したことはないわ)

負傷に優劣をつけること自体が間違っていると、私にも分かっている。けれどどうしても、先日魔物達と闘い負傷した兵士達の姿を脳裏に浮かべてしまうのだった。

彼らと、今目の前にいる貴族達の傷は言ってしまえば同じだ。どちらも魔物からつけられた傷。

しかし後者は、決して討伐隊として参加した為に負ったものではない。

「しかし今日は惜しかったですな。後もう一歩の所で心臓を一突きでしたのに」
「すんでの所で逃げられたのには参りました。魔物の分際にしては珍しく綺麗な羽をしていましたからな」
「まぁまた捕まえてくればいい話ですよ。深林へ行けばうじゃうじゃ沸いているのですから」

黙々と治癒を施しながら、頭上で交わされている下衆な会話が少しでも聞こえないようにと願う。

私の生きる意味は、この国の人々の為に尽くすこと。その使命を担う私は一切の口出しをしない。

(一体、どちらが魔物なのかしら)

けれどこうして王城に呼ばれ治癒を繰り返す度に、そう感じてしまう心を止めることもできなかった。



治癒を終えた私は謝辞を述べられることもなく、そのまま部屋を出された。衛兵の後に続きながら幽々とした廊下を歩いていると、ふと草葉の影にきらりと光る何かを感じ足を止める。

「申し訳ございません。ほんの少しだけお待ちいただけますか?」
「お早めに願います。陛下も良い顔をなさいませんので」

衛兵の冷えた声を背に、私はたっとそちらへ駆ける。廊下すぐ側の中庭の生垣の奥に、やはり何かが光っていた。

しゃがみ込み目を凝らすと、それは月明かりに照らされて姿を現す。

「これは…」
「聖女イザベラ。どうかなさいましたか」

背後から声をかけられ、私は咄嗟にそれを拾い上げると修道服のたわみに隠し、振り返る。

「何かが見えたと思ったのですが、私の勘違いだったようです。お手間を取らせてしまいすみませんでした」

へらりと笑いながら謝罪をすると、衛兵は不満げな表情を隠しもせず再び歩きはじめた。
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