42 / 165
今日も、彼と
しおりを挟む
すっかり朝食を食べ終え、片付けくらいは…と手伝いを申し出たけれど断られてしまった。
「キッチンには立ち入らないでいただきたい。僕の聖域ですので」
彼はさらりと口にするけれど、魔物が聖域なんて少し不思議だ。
「気にすんなイザベラ。イアンはこだわりがすげぇから」
お腹が満たされて気が済んだのか、アザゼル様は満足そうだ。
「イザベラ。今日も散歩するか?」
「よろしいのですか?」
「あ?いいに決まってんだろ」
昨日は迷惑をかけてしまったから、今日こそは気をつけなければと自身に言い聞かせる。けれど散歩と聞いて、わくわくと跳ねる心はどうすることも出来なかった。
「今日は気に登らなくていーのか?」
「はい、今日は大丈夫です」
本当は、いつまでだってあの場所にいられそうだけれど。流石にそこまでの迷惑はかけられない。
「俺に遠慮してんの?だったら」
「いえ、そうではないのです」
金の瞳を見上げながら、どう表現すれば上手く伝わるかと私は考えあぐねた。
「もちろん、また機会があるならば木の上にも登ってみたいです。けれど私は、それだけではなくて…上手く言えないのですが、その…」
まっすぐに私を見つめている彼の視線を、恥ずかしいと思ってしまう。
「一人ではないことが、その…とても楽しいと思ってしまって。何をしていても、私は…ええと…」
顔が熱い。こんな風に心の内を素直に伝えることは初めてで、どういう顔をすればいいのかさえ分からない。
「…ごめんなさい、私」
「謝んな」
アザゼル様はふわりと目を細め、私の頭に掌を乗せる。大きくて温かなそれは、彼の心そのもののような気がする。
私は聖女であり、アザゼル様は魔王だ。本来ならば、こんな風に触れ合うことはもちろん、名前だって呼び合うべきではない。
そんな簡単なことすら守れない自分を、情けないと思う。時折、罪悪感に潰されそうにも。
けれどここにいると、私は聖女である自分がどこかへ飛んでいってしまうのだ。目の前のこの人や赤髪の彼が、優しすぎるから。
イザベラと、この名を呼んでもらえることが。
堪らなく、嬉しいのだ。
「俺もお前と同じだ」
「私、と?」
「ああ」
アザゼル様は薄く笑いながら、もう一度私の頭を撫でる。
「思ってること、何だって言えよ。俺はお前を、絶対に否定しない」
「…」
ありがとうと、伝えたいのに。
溢れそうになる涙をこらえるだけで、精いっぱいだった。
(聖女として力を使うようになってから、一度だって泣いたことはなかったのに)
ここへ来てから私は、身体中から溢れそうになる程様々な感情に心を揺さぶられている。
それはきっと、悪いことであるのに。
「キッチンには立ち入らないでいただきたい。僕の聖域ですので」
彼はさらりと口にするけれど、魔物が聖域なんて少し不思議だ。
「気にすんなイザベラ。イアンはこだわりがすげぇから」
お腹が満たされて気が済んだのか、アザゼル様は満足そうだ。
「イザベラ。今日も散歩するか?」
「よろしいのですか?」
「あ?いいに決まってんだろ」
昨日は迷惑をかけてしまったから、今日こそは気をつけなければと自身に言い聞かせる。けれど散歩と聞いて、わくわくと跳ねる心はどうすることも出来なかった。
「今日は気に登らなくていーのか?」
「はい、今日は大丈夫です」
本当は、いつまでだってあの場所にいられそうだけれど。流石にそこまでの迷惑はかけられない。
「俺に遠慮してんの?だったら」
「いえ、そうではないのです」
金の瞳を見上げながら、どう表現すれば上手く伝わるかと私は考えあぐねた。
「もちろん、また機会があるならば木の上にも登ってみたいです。けれど私は、それだけではなくて…上手く言えないのですが、その…」
まっすぐに私を見つめている彼の視線を、恥ずかしいと思ってしまう。
「一人ではないことが、その…とても楽しいと思ってしまって。何をしていても、私は…ええと…」
顔が熱い。こんな風に心の内を素直に伝えることは初めてで、どういう顔をすればいいのかさえ分からない。
「…ごめんなさい、私」
「謝んな」
アザゼル様はふわりと目を細め、私の頭に掌を乗せる。大きくて温かなそれは、彼の心そのもののような気がする。
私は聖女であり、アザゼル様は魔王だ。本来ならば、こんな風に触れ合うことはもちろん、名前だって呼び合うべきではない。
そんな簡単なことすら守れない自分を、情けないと思う。時折、罪悪感に潰されそうにも。
けれどここにいると、私は聖女である自分がどこかへ飛んでいってしまうのだ。目の前のこの人や赤髪の彼が、優しすぎるから。
イザベラと、この名を呼んでもらえることが。
堪らなく、嬉しいのだ。
「俺もお前と同じだ」
「私、と?」
「ああ」
アザゼル様は薄く笑いながら、もう一度私の頭を撫でる。
「思ってること、何だって言えよ。俺はお前を、絶対に否定しない」
「…」
ありがとうと、伝えたいのに。
溢れそうになる涙をこらえるだけで、精いっぱいだった。
(聖女として力を使うようになってから、一度だって泣いたことはなかったのに)
ここへ来てから私は、身体中から溢れそうになる程様々な感情に心を揺さぶられている。
それはきっと、悪いことであるのに。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
65
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる