上 下
104 / 165

灰色の瞳の魔物

しおりを挟む
(どうしよう、どうすれば…)

痛い。肩がずきずきと刺すように、そして燃えるように痛む。先程はそこを引きずられていたけれど、今は身体を咥えられていた。自身の発光でちらりと見えた風体は、まるで狼のようだった。それも普通のものよりもずっと大きく、そして素早い。

あっという間だった。私達が他の魔物に気を取られているうちに、気が付けば噛まれ拐われていた。

(何も、出来なかった…っ)

けれど今は自身の不甲斐なさを嘆いている場合ではない。この状況を早く何とかしなければ、アザゼル様に迷惑をかけてしまう。

以前大神官様を倒した時のように、掌に神経を集中させる。肩の痛みのせいで、気を抜けば意識を失ってしまいそうになるのを、ぐっと奥歯を噛んで耐えた。

段々と掌が熱くなってくる。本当にやれるかどうかは一か八か。けれどこのまま何もせずに殺されてしまうのは嫌だ。

「……っ」

ほんの一瞬、灰色の瞳と視線が絡む。狼のような魔物がちらりとこちらを見やり、すぐに逸らした。

(…そうだ。大神官様の時とは違うんだ)

どこへ向かっているのかも分からない。凄い速さで森を駆け抜けていることから、もしかすると行き先があるのかもしれないと思った。

殺すことがならばとっくにそうしているのではないか、と。

魔物を倒す為に力を集中させていた掌を、自身の肩に当てる。このまま意識を失うわけにはいかないと、私は血の滴り落ちるそこに聖女の力を注いでいった。

魔物は変わらず足を緩めることなく、生い茂る木など無視して前へ前へと進んでいる。

「ねぇ…あなたはどこへ向かっているの?」

咥えられているにも関わらず、その部分には牙が食い込んでいない。この魔物は噛み殺さないよう、加減をしているのだ。

ピチャッと、頬に何かが掛かる。触れるとぬるりとしているそれは、どす黒い血だった。

(私の傷は治したのに…)

「もしかして怪我をしているの?もしそうなら、治させて!逃げたりしないから一度止まって!ねぇってば!」

なるべく耳元へ唇が近づくよう上半身を起こせるだけ起こして、私は叫ぶ。鼻の先をぺちぺちと叩いて見ても、止まる様子は微塵もなかった。

「こんなに急いで、あなたは私をどこへ連れて行きたいの?」

やはり、答えない。もうこちらを見ることもなく、魔物の瞳はひたすらに前を見つめていた。

魔物がようやく足を止めた頃には、私はふらふらだった。傷を治したとはいえ咥えられた状態であれだけの速さ、あちこち葉や枝にぶつかり小傷だらけだ。

魔物が口を開けると、私はどさりと地に落ちる。すぐに体を起こし、その魔物に近付き体に触れた。やはり、見た目は狼のようだ。

(…酷い怪我してる)

腹部におびただしい量の血がついている。どうやら剣で斬られたような傷ではないようだが、私自身の淡い光だけでは正しく判別できない。

「待ってて、今すぐに…」

口早にそう告げる私を拒むように、その魔物はぶるりと体を震わせた。そして鼻先をくいと上げる。

差した先に手をかざすと、淡く光ったその先に小さな魔物らしき影が二匹、身を寄せ合って震えているのが見えて私は目を見開いた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【祝福の御子】黄金の瞳の王子が望むのは

BL / 完結 24h.ポイント:901pt お気に入り:976

沈むカタルシス

BL / 連載中 24h.ポイント:305pt お気に入り:31

俺が、恋人だから

BL / 完結 24h.ポイント:1,100pt お気に入り:26

【完結】いせてつ 〜TS転生令嬢レティシアの異世界鉄道開拓記〜

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:165

最低なふたり

BL / 完結 24h.ポイント:773pt お気に入り:26

氷の公爵はお人形がお気に入り~少女は公爵の溺愛に気づかない~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:603pt お気に入り:1,595

悪役にされた令嬢は、阿呆共に報復する

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:2,832

処理中です...