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魔物の鎮静、その後

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ーー

「ん……っ」
「目が覚めた?大丈夫?」
「…っ!」

驚かせないようにしたつもりだったけれど、灰色の髪の彼は私と目を合わせた瞬間毛布を剥ぎ取り、テントの端まで後退りをする。

彼は髪と同じ灰色の瞳を忙しなく動かし、必死に何かを探しているように見えた。

「もしかしてこの子達を探しているの?」

私の背後からひょこり、ひょこりと顔を出したのは二匹の子狼に似た魔物。すっかり警戒心も解け、私に擦り寄ってくれるようになったからとても可愛い。

この子達も灰色の瞳と髪で、もしかすると兄弟なのかもしれない。何故彼だけが人の姿になれるのかは、分からないけれど。

「この子達なら大丈夫よ。さっきたくさんご飯も食べられたし、目が覚めない貴方のことを心配していたわ」
「カーノ…リーノ…」

(人の言葉が話せるんだ)

カーノ、リーノと呼ばれた子狼達はぴゅんと駆け出すと、彼の腕に飛び込む。それをしっかりと受け止めながら、安堵したように瞳を閉じた。

「お腹の傷はもう痛まない?」
「……」

彼はこくりと頷いただけで、声は出さない。二匹の子狼達が彼に向かって何やら騒いでいる。

「…こいつらが」
「えっ?」
「あんたのことは信用できる…って」

私よりずっと低いけれど、瑞々しさを感じる声色。髪で顔が半分隠れ表情があまり読めない。先程よりも少しだけ警戒心を解いてくれたようだ。

二匹の言葉を理解しているようで、先程よりも少しだけ警戒心を解いてくれたのが雰囲気から伝わる。

「私はイザベラ。貴方の名前を教えてくれる?」
「…レイリオ」
「とてもいい名前だわ」

髪色も瞳の色も、私とよく似ている。再び私の足元に戻ってきたカーノとリーノを撫でながら、私はにこりと微笑んだ。

「お腹、空いているでしょう?一緒にご飯を食べない?まだ身体が辛いようなら、持ってくるわ」
「ここは…」
「貴方達がいた森の傍よ。意識がないまま移動させる訳にもいかなかったから、テントに泊まったの」

私の言葉に、改めてきょろきょろと辺りを見回している姿が、なんだか可愛い。私と同じか、少し年下のように見える。

白い肌に整った綺麗な顔。少し人間離れして見えるのは、彼が狼の姿に変わることができるからなのか。

「外に水があるから、持ってくるわ」
「あ…っ」
「なあに?」
「……いや」

まだ警戒しているのか、それとも元々口数が少ないのか。カーノとリーノの懐き具合、それに自身よりも二匹の治療を優先させていたことを鑑みても、きっと悪い人ではない。

目覚めたばかりだし、話はまた後でゆっくりと聞こう。

私がテントを出ると、カーノとリーノもてとてとと後をついてくる。かと思えば怯えるように私の足元に隠れてしまった。

「アザゼル様…お顔が怖いです」

テントのすぐ側に立っていたのは、鬼の形相をしたアザゼル様だった。一緒に中へ入ると言って聞かなかったのを、なんとか説得し待っていてもらったのだ。

「仕方ねぇだろうが。大体、あのやろうに鎖も着けねぇことに俺は納得してない」
「そんなものを勝手に着けたら、信用してもらえなくなります」
「上等だ。刃向かったら殺してやるよ」

昨日からずっとこの調子だ。不服そうに腕を組み、長い脚を苛々と揺らしている。

(やっぱり外で待っていてもらって正解だったわ)

レイリオと名乗った青年。私を攫った狼の魔物と同一人物だと知ったアザゼル様は、どうしても彼を受け入れられないようだった。

「この子達も怯えてしまいますし、どうか落ち着いてください」
「…ちっ」
「私の心配をしてくださってありがとうございます、アザゼル様」

私は、金の瞳を見つめながら微笑む。彼は眉間に皺を寄せたまま、その大きな掌を私の頭にぽんと乗せた。
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