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孤高の伯爵、その正体

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目の前のステイプ伯爵を睨めつけながら、先程までの態度は演技だったのだと知った。自信なさげな様子は微塵もなく、ただ感情の籠らない瞳でこちらを見つめている。

「この女性に酷いことはしないと約束してください」
「もちろん、そのようなことは致しません。貴女が妙な真似さえしなければ」
「演技までさせて私を誘き出したその目的は、一体何ですか」
「私はただ、話がしたかっただけです」

私と距離を詰める彼を警戒し、ぐっと構える。しかしステイプ伯爵は横を通り過ぎただけで、奥にある椅子に音も立てずに腰掛けた。

「さすが聖女様。慈愛に満ち溢れたそのお心は、とても美しい」
「…そのようなお話であれば、私は失礼いたします」
「なぜ」

伯爵の瞳には、何の感情も浮かんでいない。窓から差し込む月明かりを背にした彼の姿がぼうっと浮き上がり、不気味な雰囲気を醸し出していた。

「なぜ聖女様は、あの男と共におられるのでしょうか」
「あの、男…?」
「非道の魔術師、アザゼルですよ」

その瞬間、身体がかっと熱くなった。アザゼル様のことをそんな風に言うなと、怒鳴りつけたい感情が沸き起こる。

「アザゼル様のことをご存知なのですね」
「この国では、魔術師は崇められる存在です。だけどあの男だけは違う。人を殺すことに何も感じず、己の力を過信したただの化け物だ」
「…それ以上あの方を悪く言うなら、容赦はしません」

身体中の血液を手に集中させるようなイメージで、ぐっと力を込める。

(挑発に乗ってはだめ)

あくまで、冷静に。この場にいるのは、私一人ではないのだから。

「スティラトールがただの愚窟に支配された頭の悪い国だったというだけで、貴女だって本来ならば崇められるべき崇高な存在だ。たった一言その唇で願いを紡げば、おおよその全ては叶えられることでしょう」

この場では随分と饒舌なステイプ伯爵を睨めつけながら、脳はアレイスター様から教わったことを反芻している。

いざとなれば私は、この人に攻撃することも厭わない。

「私の望みはもう、叶えられています」
「あの男と共にいることがそうだと?」
「貴方には分からないでしょう。きっと、一人孤独に生きている貴方には」

神経を集中させ、心を広げる。深い呼吸を繰り返し、微かな空気の震えさえ取りこぼすまいと瞳を見開いた。

「さぁ、いい加減に正体を現してください。貴方は一体、誰なのですか」
「それはどういう意味でしょう」
「伯爵様のお芝居は、もう要らないということです」

ステイプ伯爵が、ゆっくりと立ち上がる。ひょろりとしたその身体がぐらりと揺れたかと思うと、次の瞬間目の前に現れたのは全くの別人だった。

「なるほど。ただの馬鹿というわけでもないらしい」

先程よりもずっと背が高く、身体つきも全く違う。すらりとした肢体に黒いマントを羽織り、堂々とした立ち姿でこちらを見下ろしている。

(アザゼル様と、同じだわ…)

濡羽色の髪に、片方だけ覗いている金色の瞳。端正な顔立ちが、その狂気をより引き立てているように見えた。

「改めまして、聖女様。僕はグロウリア・ハネス。ハネス公爵家の当主であり、西ヒスタリア帝国魔術師団団長でもあります。以後、お見知りおきを」

浮かべられた笑みには、明らかに侮蔑の色が讃えられていた。
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