144 / 165
孤高の伯爵、その正体
しおりを挟む
目の前のステイプ伯爵を睨めつけながら、先程までの態度は演技だったのだと知った。自信なさげな様子は微塵もなく、ただ感情の籠らない瞳でこちらを見つめている。
「この女性に酷いことはしないと約束してください」
「もちろん、そのようなことは致しません。貴女が妙な真似さえしなければ」
「演技までさせて私を誘き出したその目的は、一体何ですか」
「私はただ、話がしたかっただけです」
私と距離を詰める彼を警戒し、ぐっと構える。しかしステイプ伯爵は横を通り過ぎただけで、奥にある椅子に音も立てずに腰掛けた。
「さすが聖女様。慈愛に満ち溢れたそのお心は、とても美しい」
「…そのようなお話であれば、私は失礼いたします」
「なぜ」
伯爵の瞳には、何の感情も浮かんでいない。窓から差し込む月明かりを背にした彼の姿がぼうっと浮き上がり、不気味な雰囲気を醸し出していた。
「なぜ聖女様は、あの男と共におられるのでしょうか」
「あの、男…?」
「非道の魔術師、アザゼルですよ」
その瞬間、身体がかっと熱くなった。アザゼル様のことをそんな風に言うなと、怒鳴りつけたい感情が沸き起こる。
「アザゼル様のことをご存知なのですね」
「この国では、魔術師は崇められる存在です。だけどあの男だけは違う。人を殺すことに何も感じず、己の力を過信したただの化け物だ」
「…それ以上あの方を悪く言うなら、容赦はしません」
身体中の血液を手に集中させるようなイメージで、ぐっと力を込める。
(挑発に乗ってはだめ)
あくまで、冷静に。この場にいるのは、私一人ではないのだから。
「スティラトールがただの愚窟に支配された頭の悪い国だったというだけで、貴女だって本来ならば崇められるべき崇高な存在だ。たった一言その唇で願いを紡げば、おおよその全ては叶えられることでしょう」
この場では随分と饒舌なステイプ伯爵を睨めつけながら、脳はアレイスター様から教わったことを反芻している。
いざとなれば私は、この人に攻撃することも厭わない。
「私の望みはもう、叶えられています」
「あの男と共にいることがそうだと?」
「貴方には分からないでしょう。きっと、一人孤独に生きている貴方には」
神経を集中させ、心を広げる。深い呼吸を繰り返し、微かな空気の震えさえ取りこぼすまいと瞳を見開いた。
「さぁ、いい加減に正体を現してください。貴方は一体、誰なのですか」
「それはどういう意味でしょう」
「伯爵様のお芝居は、もう要らないということです」
ステイプ伯爵が、ゆっくりと立ち上がる。ひょろりとしたその身体がぐらりと揺れたかと思うと、次の瞬間目の前に現れたのは全くの別人だった。
「なるほど。ただの馬鹿というわけでもないらしい」
先程よりもずっと背が高く、身体つきも全く違う。すらりとした肢体に黒いマントを羽織り、堂々とした立ち姿でこちらを見下ろしている。
(アザゼル様と、同じだわ…)
濡羽色の髪に、片方だけ覗いている金色の瞳。端正な顔立ちが、その狂気をより引き立てているように見えた。
「改めまして、聖女様。僕はグロウリア・ハネス。ハネス公爵家の当主であり、西ヒスタリア帝国魔術師団団長でもあります。以後、お見知りおきを」
浮かべられた笑みには、明らかに侮蔑の色が讃えられていた。
「この女性に酷いことはしないと約束してください」
「もちろん、そのようなことは致しません。貴女が妙な真似さえしなければ」
「演技までさせて私を誘き出したその目的は、一体何ですか」
「私はただ、話がしたかっただけです」
私と距離を詰める彼を警戒し、ぐっと構える。しかしステイプ伯爵は横を通り過ぎただけで、奥にある椅子に音も立てずに腰掛けた。
「さすが聖女様。慈愛に満ち溢れたそのお心は、とても美しい」
「…そのようなお話であれば、私は失礼いたします」
「なぜ」
伯爵の瞳には、何の感情も浮かんでいない。窓から差し込む月明かりを背にした彼の姿がぼうっと浮き上がり、不気味な雰囲気を醸し出していた。
「なぜ聖女様は、あの男と共におられるのでしょうか」
「あの、男…?」
「非道の魔術師、アザゼルですよ」
その瞬間、身体がかっと熱くなった。アザゼル様のことをそんな風に言うなと、怒鳴りつけたい感情が沸き起こる。
「アザゼル様のことをご存知なのですね」
「この国では、魔術師は崇められる存在です。だけどあの男だけは違う。人を殺すことに何も感じず、己の力を過信したただの化け物だ」
「…それ以上あの方を悪く言うなら、容赦はしません」
身体中の血液を手に集中させるようなイメージで、ぐっと力を込める。
(挑発に乗ってはだめ)
あくまで、冷静に。この場にいるのは、私一人ではないのだから。
「スティラトールがただの愚窟に支配された頭の悪い国だったというだけで、貴女だって本来ならば崇められるべき崇高な存在だ。たった一言その唇で願いを紡げば、おおよその全ては叶えられることでしょう」
この場では随分と饒舌なステイプ伯爵を睨めつけながら、脳はアレイスター様から教わったことを反芻している。
いざとなれば私は、この人に攻撃することも厭わない。
「私の望みはもう、叶えられています」
「あの男と共にいることがそうだと?」
「貴方には分からないでしょう。きっと、一人孤独に生きている貴方には」
神経を集中させ、心を広げる。深い呼吸を繰り返し、微かな空気の震えさえ取りこぼすまいと瞳を見開いた。
「さぁ、いい加減に正体を現してください。貴方は一体、誰なのですか」
「それはどういう意味でしょう」
「伯爵様のお芝居は、もう要らないということです」
ステイプ伯爵が、ゆっくりと立ち上がる。ひょろりとしたその身体がぐらりと揺れたかと思うと、次の瞬間目の前に現れたのは全くの別人だった。
「なるほど。ただの馬鹿というわけでもないらしい」
先程よりもずっと背が高く、身体つきも全く違う。すらりとした肢体に黒いマントを羽織り、堂々とした立ち姿でこちらを見下ろしている。
(アザゼル様と、同じだわ…)
濡羽色の髪に、片方だけ覗いている金色の瞳。端正な顔立ちが、その狂気をより引き立てているように見えた。
「改めまして、聖女様。僕はグロウリア・ハネス。ハネス公爵家の当主であり、西ヒスタリア帝国魔術師団団長でもあります。以後、お見知りおきを」
浮かべられた笑みには、明らかに侮蔑の色が讃えられていた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
65
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる