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全てを託して
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言動から感じられる、アザゼル様への嫌悪と侮蔑。自尊心の高そうなこの男は、自分よりも彼が優位に立つことが気に食わないのだろう。
「貴方は可哀想な人です」
「黙れ」
「こんなことをしても、何一つ満たされはしない」
「黙れと言っている!今すぐその女を殺すぞ!」
美しく愛嬌のある容姿、最高の地位、それら全てを手に入れているこの男は、何故こんなにも醜い表情をしているのだろう。
一体何が、彼をここまで歪ませたのか。それはきっと永遠に、私には理解できない。
「貴方が今ここでこの女性を殺せないことは分かっています」
「…へぇ。やっぱりただの馬鹿ではないか」
すうっと細められた瞳に、一瞬身体が強張る。
「まぁどうでもいいや。あの男はいずれ僕が殺し、聖女である君の力を手に入れる」
「そんなことは絶対にさせない」
「せいぜい頑張ってよ。そう遠くないうちにまた会えるだろうから」
蔑むように浮かべられた笑みが、とても不気味だった。
「…限界か」
ハネスのその呟きと同時に凄まじい破壊音が轟き、扉と壁の一部が粉々に吹き飛んだ。
「イザベラ!」
「アザゼル様!」
土煙に塗れ視界が遮られる。私の名を呼ぶ声と共に、背後から伸びてきた腕に抱き止められた。
「無事か、イザベラ」
金色の瞳が、ゆらりと揺らめく。彼の顔を見た瞬間身体から全ての力が抜けそうになるのを、歯を食いしばって堪えた。
「ハネスです、アザゼル様!グロウリア・ハネスがそこに…っ」
私が指差した先には、何者も存在していなかった。
結局、グロウリア・ハネスの姿を見たのは私だけ。あのメイドは途中気絶しており、目を覚ましても口も開けない程に怯えていた。錯乱し、ろくに話を聞ける状態ではない。
「許せない…」
人を殺めることに、なんの感情も湧かない。まるでそれが日常のことであるように、顔色一つ変えることはない。
「本物のステイプ伯爵は地下で死んでいた」
「本当に、どうしてこんな酷いこと…」
噛み締めた唇の端から、じわりと血が滲む。アザゼル様がその指で、私の唇を拭った。
「自分を傷つけるな、イザベラ」
「…ごめんなさい」
私がもっと冷静に行動に移せていれば、みすみすハネスを逃してしまうようなことにならずに済んだかもしれない。そう思うと、情けなくて堪らなくなった。
「アザゼル様」
「アザゼル様大変ですっ」
イアンとロココさんが、私達の元に駆け寄る。
すぐに複数の靴音がこちらに近づいてきたかと思うと、昼間見た軍服の衛兵達に囲まれた。
「動かないでください。皇帝陛下の命により、貴方方を拘束します」
「我が国の侯爵殺害の罪は重いですので、ご覚悟を」
(嵌められたんだわ)
こんな形であの男の思い通りにことが進むなど、あってはならない。可愛らしい顔に浮かべられた悪魔のような笑みを思い出し、腑が煮え繰り返るような感情が湧き上がった。
「イザベラ」
アザゼル様が、ゆらりと立ち上がる。そしてぽんと、私の頭を優しく撫でた。
「行け。俺が何とかしてやる」
「そんな…っ、そんなこと」
「言い方を変える。他のヤツらを、お前が守れ」
「…っ」
この人はいつだって、私に意味を与えてくれる。
「さっさと行けっ!」
アザゼル様が声を荒げたと同時に、辺りが黒煙に包まれる。
「絶対に逃すな!」
ただの衛兵達ではなく、魔力を有する魔術師団の一員らしい。激しい爆音の連続が鼓膜を刺激する。
「イアン、ロココさん、レイリオ!行きましょう!」
「こちらですイザベラ様」
「さっき道を作っておいたから!」
この騒動に紛れ、私達はステイプ伯爵の屋敷から逃亡する。
アザゼル様を残して。
「貴方は可哀想な人です」
「黙れ」
「こんなことをしても、何一つ満たされはしない」
「黙れと言っている!今すぐその女を殺すぞ!」
美しく愛嬌のある容姿、最高の地位、それら全てを手に入れているこの男は、何故こんなにも醜い表情をしているのだろう。
一体何が、彼をここまで歪ませたのか。それはきっと永遠に、私には理解できない。
「貴方が今ここでこの女性を殺せないことは分かっています」
「…へぇ。やっぱりただの馬鹿ではないか」
すうっと細められた瞳に、一瞬身体が強張る。
「まぁどうでもいいや。あの男はいずれ僕が殺し、聖女である君の力を手に入れる」
「そんなことは絶対にさせない」
「せいぜい頑張ってよ。そう遠くないうちにまた会えるだろうから」
蔑むように浮かべられた笑みが、とても不気味だった。
「…限界か」
ハネスのその呟きと同時に凄まじい破壊音が轟き、扉と壁の一部が粉々に吹き飛んだ。
「イザベラ!」
「アザゼル様!」
土煙に塗れ視界が遮られる。私の名を呼ぶ声と共に、背後から伸びてきた腕に抱き止められた。
「無事か、イザベラ」
金色の瞳が、ゆらりと揺らめく。彼の顔を見た瞬間身体から全ての力が抜けそうになるのを、歯を食いしばって堪えた。
「ハネスです、アザゼル様!グロウリア・ハネスがそこに…っ」
私が指差した先には、何者も存在していなかった。
結局、グロウリア・ハネスの姿を見たのは私だけ。あのメイドは途中気絶しており、目を覚ましても口も開けない程に怯えていた。錯乱し、ろくに話を聞ける状態ではない。
「許せない…」
人を殺めることに、なんの感情も湧かない。まるでそれが日常のことであるように、顔色一つ変えることはない。
「本物のステイプ伯爵は地下で死んでいた」
「本当に、どうしてこんな酷いこと…」
噛み締めた唇の端から、じわりと血が滲む。アザゼル様がその指で、私の唇を拭った。
「自分を傷つけるな、イザベラ」
「…ごめんなさい」
私がもっと冷静に行動に移せていれば、みすみすハネスを逃してしまうようなことにならずに済んだかもしれない。そう思うと、情けなくて堪らなくなった。
「アザゼル様」
「アザゼル様大変ですっ」
イアンとロココさんが、私達の元に駆け寄る。
すぐに複数の靴音がこちらに近づいてきたかと思うと、昼間見た軍服の衛兵達に囲まれた。
「動かないでください。皇帝陛下の命により、貴方方を拘束します」
「我が国の侯爵殺害の罪は重いですので、ご覚悟を」
(嵌められたんだわ)
こんな形であの男の思い通りにことが進むなど、あってはならない。可愛らしい顔に浮かべられた悪魔のような笑みを思い出し、腑が煮え繰り返るような感情が湧き上がった。
「イザベラ」
アザゼル様が、ゆらりと立ち上がる。そしてぽんと、私の頭を優しく撫でた。
「行け。俺が何とかしてやる」
「そんな…っ、そんなこと」
「言い方を変える。他のヤツらを、お前が守れ」
「…っ」
この人はいつだって、私に意味を与えてくれる。
「さっさと行けっ!」
アザゼル様が声を荒げたと同時に、辺りが黒煙に包まれる。
「絶対に逃すな!」
ただの衛兵達ではなく、魔力を有する魔術師団の一員らしい。激しい爆音の連続が鼓膜を刺激する。
「イアン、ロココさん、レイリオ!行きましょう!」
「こちらですイザベラ様」
「さっき道を作っておいたから!」
この騒動に紛れ、私達はステイプ伯爵の屋敷から逃亡する。
アザゼル様を残して。
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