黒い君と白い私と。

マツモトリン

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5、ソラ

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じわじわと暑い空気を逃すために開け放した窓から、僅かにそよぐ風を素肌に感じる頃。深夜だというのに、祖母の家は少々騒がしかった。
その原因は、今から数十分前に遡る。

突如現れたダンボールの中には、黒い毛並みでつぶらな瞳の彼がいた。
彼は空腹だったのか、祖母が近くのスーパーまで急いで買ってきたドックフードを頬張っている。
その姿を、優はどこかで見たことのある様な気がした。
捨て犬と言うには似つかわしくないサラサラとして柔らかそうな毛の質感。
光に照らされて茶色に反射する瞳は、優の目を釘付けにさせた。

優「…君も捨てられたの?」

不意に口から溢れた。
ハッとして、聞かれていなかったか確認しようと祖母に顔を向ける優。
祖母はまるで聞こえていないとでも言うようにわざとらしく視線を逸らし犬を撫で始めた。

祖母「…そういえば、名前決めてなかったね。何がいいかしら。」

(聞こえちゃってた…。)

祖母に気を使わせてしまった事に申し訳なく思いながら、優は犬の名前を考える。

優「うーん…。おばあちゃんは何かいい名前思いついた?」

祖母「そうねぇ、見た所この子柴犬みたいだし、しばおなんてどうかしら。品があって良いんじゃない?」

優「し、しばお…」

沈黙が流れる。

(しばおはちょっと……。どうしよう…。)

祖母の新たな一面を見た優は、その典型的な名前だけは避けようと、戸惑いながらもなんとか真面に名前を考え出した。

優「…ソラはどう?」

祖母「ソラね、ソラ、ソラ…。その名前もいいわね。でも、なんでソラなの?」

なぜだろう。理由はわからないけど、ふと思いついた名前がそれだった。遠い昔に聞いた事があるような、そんな気がした。
思い出そうとすると、ズキズキと割れるような頭痛がする。

(何か、すごく大事な事を忘れてる気がする…。)

謎は解けぬまま、犬の名前がソラに決定した。
ドックフードをたらふく食べて満腹になったソラは、安心したのか、体を丸めて目を閉じている。

蝉の声は途絶え、しんと静まり返った空間で、2人は顔を見合わせ、ふわりと笑いあった。

祖母「もう寝ようね。すっかり夜遅くなっちゃった。」

優「うん、そうだね。おやすみ、おばあちゃん。」

ベッドに横たわり、瞼を閉じる。
新しい家族、新しい環境、生活…。
今日は、本当に色んな事があった。
ワクワクと心踊る気持ちとは裏腹に、これまでの暮らしでは考えられないほどの大きな刺激に戸惑いを感じる。
心身共に疲労していたためか、優はすぐに眠りについた。
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