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21.天地水晶

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 新緑の森深くにある隠れ家。
 緑に覆い隠されたその場所は、偶然でなければたどり着けない。
 自分で思っていたより、私たちは幸運だったらしい。

「この場所だけでも十分絶景だね」
「でもこれが入り口だよ?」
「そうらしい。年甲斐もなくワクワクしてくるよ」

 実年齢は七三二歳。
 この世の誰より高齢な彼が、ワクワクなんて言葉を使うと面白くて笑ってしまう。
 かくいう私もワクワクしていて、今から胸が高鳴っている。
 早く見てみたいという気持ちが脚に伝わって、勝手に小屋へと近づいていた。
 
 見た目の古さに驚かされる。
 いや、それ以上に驚きなのは、古くても壊れていない点だ。
 素材となった木が特別なのだろうか?
 変色はしていても、破損したり腐ったりもしていない様子。
 扉もギィと変な音をたてはしたが、ちゃんと開いて中に入ることが出来た。

「ごほっ! さすがに埃っぽいな」

 入ってすぐ、ユーレアスが咳込む。
 長年放置されていた小屋だ。
 埃が溜まっているのは仕方がないけど、確かに空気はよくない。
 私は彼に提案する。

「先に換気しようよ」
「賛成だ。絶景を見る前に喉がやられるのは御免だ。感想はちゃんと口に出して言わないといけないからね」

 ユーレアスのこだわりは独特で時々理解できない。
 そこが彼の面白い所で、私は気に入っている。

 扉を開けてしばらく待つ。
 風は緩やかに吹いていて、時間はかかるけど埃が外へ舞っていく。
 多少は呼吸もしやすくなった感じがして、改めて中を確認する。

「普通の小屋だね」
「うん。何の変哲もない小屋だ」

 二人の意見はほぼ同じ。
 小屋らしい小屋で、特に変わった部分はない。
 違和感なんてないから、たぶん誰も気づけないだろう。

「この机の下だよね?」
「僕が退かそう」

 小屋の端っこに、木で出来た机がある。
 ユーレアスが机に手をかけ、よいしょっと掛け声をかけて横にずらす。
 すると、現れたのは地下への階段だった。

「エレンはどうやって見つけたのかな?」
「さぁどうだろう。もしかすると彼女は、そういう力を持っていたのかもしれないね」

 普通に探していたら見つけられない。
 というより、普通なら探そうとも思わないだろう。
 まさか地下へ続く立派な階段が隠されているなんて、驚き以上に感動するばかりだ。

 私たちは目を合わせ、頷いてから階段を下っていく。
 立派な階段は、途中からゴツゴツした天然の坂道に代わっていた。
 地下だし当然だけど、暗くて前は見えない。
 ユーレアスの炎に加え、フィーが光の玉を出してくれているお陰で、ぶつからずに進めている。

 下り終わると、洞窟が続いていた。
 冒険記によれば、洞窟の一番深い場所に、その絶景はあるらしい。
 洞窟内は入り組んでいて、迷路みたいになっているとか。
 まぁ正解のルートは本に書かれていたし、私たちが迷うことはないのだけど。

「こういう場所に来ると何だか思い出しちゃうな」
「何をだい?」
「冥界下りのこと。あの時も途中まで暗い洞窟を進んだでしょ?」
「あぁ~ 確かにそうだったね」

 冥界は地下にある。
 今さらになって驚きを感じる。
 もっと遠くて、手が届かない場所にあると思っていたから。
 
 そうこうしている内に、最深部へ近づいてくる。
 僅かに寒気を感じるのは、目的の場所の影響だろうか。

「この先だ」

 ユーレアスがそう言った。
 一本道の先は、ほんのり明るさがある。
 地下深くに日の光は届かない。
 明るさを生み出しているのは、地下で成長し育まれた結晶。

 そこはまさに――

「天地の……」
「水晶だね」

 無数の水晶が生成されている。
 それだけでは不思議もない。
 驚かされるのは、水晶の色と配置だ。

「上から生える水晶は青く光り、大地は緑と茶色。まるで地上の世界を水晶が表現しているようだ」
「うん……別世界みたい」

 でも、当たり前だと感じる光景。
 空の青と水晶の青、ここに至るまでに見てきた緑も、水晶の緑と重なる。
 私たちは水晶の中を歩きながら、捲りめく大自然のキャンバスを堪能していく。

「あれは海の青かな? 空とは違うね」
「空に一つだけオレンジ色があるよ!」
「うん。あれは太陽だね。奥には月もあるみたいだ」

 水晶の空は、奥へ進むほど藍色に近づいていく。
 昼と夜を再現しているようだ。
 他にも花畑のようなピンク色の景色があったり、噴火したマグマのような赤もあって。
 見ていて退屈しない。

「楽しいね」
「うん。楽しい絶景だ」

 自然に出来たとは思えない。
 だけど、これらは全て自然に出来たもので、まさに偶然の産物。
 奇跡の光景といっても過言ではない。
 水晶は長い年月をかけて形をなし、誰かに発見されるまでは眠っている。
 この光景も、エレンが見つけるまでは眠っていたものだ。

 水晶の海に立ち、感動を噛みしめるようにユーレアスが呟く。

「確かに一生の内に一度は見ておきたい光景だ」
「あと六つもあるんだね。こんなにも綺麗な景色が、まだ他にあるんだ」
「信じられないよね。でも、だからこそ世界は面白い。そこだけは僕が誰よりも知っている」

 七大絶景の一。
 大自然が生み出した水晶の世界。
 私が書く本……その第一章は『天地水晶』で決まりだ。
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