上 下
36 / 50

36.嫌な未来だ

しおりを挟む
 ソールイーターは魂を刈り取る武器。
 刈り取られた魂は強制的に冥界へ下り、罪人であれば地獄に送られる。
 人間であろうとなかろうと、この力には逆らえない。

「終わりだよ」
「くっそ……」

 デッドリードラゴンが暴れ出す。
 僕は背から跳び避けて、自分のドラゴンの背に戻った。
 胸を押さえて苦しむシリス。
 シリスの魂は切断された。
 汚くてどす黒い魂なんて、地獄行きでも足りないくらいだろう。
 そして僕自身も、いつかそうなるのかもしれない。
 ただ、今はこれで終わる。

「チッ、今のどうやって移動をぁ……」
「おしゃべりに夢中みたいだったからね。線を引かせてもらったんだよ」

 青いドラゴンから伸びる炎の線。
 薄く目を凝らさなければ見えない線を辿って、彼の元へ移動した。
 一瞬で目の前から来て、さぞ驚いたことだろう。
 さて、これでイルのおつかいは完了して――

「しくったぜ……」

 いや、おかしいぞ。
 魂を刈り取ったのに、なぜ彼の胸には……まだどす黒い魂が揺らいでいる?

「まさかこんな所で使わされるとはよぉ」
「これは一体……どういうことかな?」
「お前、今までの死神とは明らかに違うなぁ」

 彼は僕の疑問に答える気はなさそうだ。
 じっと見つめ、胸に宿った炎の揺らぎが本物だと確信する。
 情報を整理しよう。
 これまでに聞いている彼のことと、今見せられた信じがたい事実。
 ソールイーターから逃れる術はない。
 考えられるとすれば――

「そうか、そういうことか。驚いたな……君は魂のダミーを作れるんだね」
「……へぇー、すげぇなお前。もうそこにたどり着いちまったのかよ」

 シリスはニヤリと笑う。
 どうやら本当だったらしい。
 僕も半信半疑で口にした考えだったから、当たっていたのは驚いた。
 いや、事実だどすれば純粋に驚かされる。
 魂は唯一無二の一つだけ。
 そのルールを犯す禁忌を、彼は成し遂げている。

「そんなことが可能なんだね」
「普通は無理だな。俺みたいに魂の味を知ってなきゃ、似せることも出来ねぇ」
「色じゃなくて味か」
「興味あるなら試してみろよ」
「遠慮しておこう」

 なるほど。
 これで理解した。
 先代と相打ちになって倒されたはずの彼が、どうして生き長らえているのか。
 おそらくその時も、魂のダミーを持っていたんだ。
 そのダミーが先代を退け、あまつさえ冥王である彼女の眼すら欺いた。

「あーくそっ! やっぱ長生きしている奴は強ぇーなぁ」

 そう言って、シリスは頭をぽりぽりかきむしる。

「しゃーねぇな。ダミーも壊されちまったし、先にアレを探すか。そういやお前、名前はユーレアスっていうんだな?」
「そうだけど。逃げるつもりかい?」
「おう。認めたくねぇけど、お前は別格だ。今のままじゃ分が悪い」

 魂のダミーは一つしかないのか?
 それとも単純に実力差を感じて、勝てないと悟ったか。
 どちらにしろ、逃げるというなら――

 僕は大鎌を構える。

「逃がすと思うかい?」
「お前はそういうだろうよぉ。だがなぁ、逃げるだけなら簡単だぜ? なんせお前の弱点は、こんな眼を使うまでもなくハッキリ見えてるんだからなぁ~」

 シリスがニヤリと笑う。
 その瞬間、僕は彼の意図を察知した。

「ノア!」

 視線を後ろに向けると、彼女の所へアンデッド化したワイバーンの群れが接近している。
 それも一、二匹ではない。
 十を超える群れを相手にするのは、いくら彼女でも無理だ。

「ほらほら~ 助けにいかなくていいのか~」
「っ――」

 挑発に乗るのは嫌だけど、今は仕方がない。
 僕はドラゴンの向きを変え、ノアを助けに向う。

「お前がいる限り、あの魂にも近づけないか。だったら次こそ、お前を地獄へ送ってやるよぉ。なぁ、楽しみにしててくれよな」
「お互いにね」

 シリスが別方向へ去っていく。

「ユーレアス!」
「ノア! 動いてはだめだよ」

 僕はワイバーンの群れを斬り裂いていく。
 なるべく手早く終わらせたつもりでも、振り向けば彼はいない。
 魂の痕跡を追えなくもないけど、ノアを連れているし、深追いは禁物だと判断した。

「ねぇ、ユーレアス……あの人は誰なの?」
「うん、そうだね。僕と同じ眼を持っていて、魂を悪用する罪人だよ。イルから捕まえるように頼まれていたんだ」

 ノアへの説明を簡単に済ませ、僕らは街へと帰還した。
 
 その日の夜。
 彼女が眠っている間に一人、僕は外へ出る。
 人気のない場所で立ち止まると、空から一羽のフクロウが近寄ってきて、僕の肩に停まった。

「ごめん、イル。取り逃がしちゃったよ」
「構わないわ。むしろ貴方はよくやってくれた方よ」

 このフクロウはイルの使い魔だ。
 冥王である彼女は、無条件で現世に姿を現すことが出来ない。
 使い魔を通して、彼女は現世の様子を見ている。

「それにしても驚かされたわね。ダミーの魂とか」
「うん。それと普通に強かったよ。不意打ちが決まらなかったら、長期戦になっていたんじゃないかな」

 もう同じ手は通用しないだろう。

「奴はお前を狙うわよ? わかっているわよね?」
「もちろんさ。まぁ口ぶりからして、明日明後日の話ではなさそうだけどね」
「ええ、今後は貴方の周りを使い魔に監視させるわ」
「助かるよ。あと、出来れば先に居場所を見つけてほしいな」
「それもするわ」

 僕らの旅を脅かす存在。
 いつか僕は、己の魂を天秤にかけて戦う日が来るのだろう。
 中々どうして……嫌な未来だ。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

新作恋愛投稿しました。
下記リンクから移動できますのでぜひ!
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

異世界迷宮のスナイパー《転生弓士》アルファ版

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:177pt お気に入り:584

婚約破棄されたけど前世が伝説の魔法使いだったので楽勝です

sai
ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:2,435pt お気に入り:4,186

はい、私がヴェロニカです。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:13,805pt お気に入り:876

ナナイロの雷術師 -雷に打たれ全てを失った元神童の成り上がり英雄譚ー

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:701

処理中です...