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「もちろん嫌いだったわけじゃない。君は真面目だし、容姿も悪くない。特にその桃色の髪は珍しくて綺麗だと思っていたよ」

 彼はゆっくり手を伸ばし、私の髪に優しく触れる。
 桃色の髪は珍しく、こうした大勢集まる場でもよく目立つ。
 今までも彼はよく褒めてくれた。
 他人と違う髪はコンプレックスだったけど、彼が褒めてくれるから誇りに思えた。

「けどね……」

 彼はさらりと、私の髪から手を放す。
 そうして人が変わったように、冷たい視線で私を見下す。

「ずっと見ていたら飽きてしまったよ」
「マルク……様?」
「改めて気づいたよ。君の魅力はその珍しい髪くらいだ。それ以外は何もない。君と一緒にいても楽しくない。つまらないんだ」
「え……」

 突然始まる罵倒に私は困惑する。
 いつも優しい言葉をかけてくれる彼から、聞いたことのない罵倒が聞こえる。
 
「まだ没落前だったらよかったよ? 地位はあるし、お金もある。将来性もあったからね? けど今はどうかな? 没落した今の君は、貴族の癖に街で働いている。君が周りでなんと呼ばれているか知っているかい? 貧乏令嬢だよ」
「貧乏……令嬢……」
「そう。まったくその通りだと思ったよ。今の君は一般人となんら変わらない。君と僕とじゃ、もう釣り合わないんだ」

 出会って十数年、婚約者となって五年。
 分かり合っていると思っていたのは一方通行で、初めて知る彼の本音……本質。
 ある意味貴族らしい考え方だった。
 地位や威厳を何より大事にすることは、貴族では当たり前の考え方ではある。
 ただし彼の場合はそれだけじゃなくて、彼自身の好みも入ってくる。

「君がもっと女性として魅力的ならよかったのだけどね? 生憎君より魅力的な女性はたくさんいる。この会場を見てごらん? 君が張り合えるのはせいぜいその髪だけだろう?」

 彼は大げさに両腕を広げてアピールする。
 いつの間にか彼の周りにはたくさんの令嬢が集まっていた。
 知っている顔もあれば、知らない顔もある。
 その中の一人……特に煌びやかで目立つ格好をしている金髪の女性が、マルク様の隣に立つ。
 徐にマルク様は彼女の肩に手を回す。
 
「紹介するよ。彼女が僕の新しい婚約者、レティシアだ」
「ごきげんよう、アイリスさん」

 彼女はニコリと微笑む。
 よくできたガラス細工みたいな瞳で、私のことをじっと見つめる。
 表の笑みに隠れて、瞳の奥で私のことをあざ笑っているように見えて、胸がチクチクと痛い。
 レティシア・ミストレイン公爵令嬢。
 私の家が没落してから交流を持つようになり、ことあるごとに私のことを馬鹿にするような陰口を言っていた人だ。
 よりによってこの人と……いいや、だからこそだろう。
 彼女が影でマルク様にアプローチしていることは知っていたし、マルク様とよく二人で会っている姿を見ている。
 告げられたのは唐突だけど、思い返せば今に始まったことじゃない。
 ずっと前から……こうなることはわかっていたんだ。
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