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13.遠く及ばないよ

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 重力を操る術式。
 おそらく発動条件は対象に触れること。
 鎖に触れただけで発動したところを見ると、間接的に触れれば対象となるのか。
 気になるのは効果時間と効果そのものだが……。

 十本の鎖は俺を標的に捉えている。

「このタイミングて待つわけないか」

 鎖が一斉に迫る。
 未だ俺の身体は重いまま。
 先ほどよりも動きが鈍くなり、回避より防御にシフトする必要がある。
 それを見越しての一斉攻撃であることは明白。
 俺はわかった上で鎖を受け止める。

「うっ、重いな」

 自重で地面が抉れる。
 おそらく本来の体重の十数倍の重さに達している。
 通常なら立つことすら難しいが。

 俺は剣で十本の鎖全てを素早く弾く。
 中央に道ができ、そのまま地面を抉りながら突進する。
 敵は下がり、鎖を短く縮めて刃を受け止めた。
 フードに隠れて顔は見えないが……。

「驚いたか? 魔力が揺らいだぞ」

 動揺を隠すように鎖が俺の背後に迫る。
 俺は刃を鎖に押し当て敵を吹き飛ばし、背後の鎖の軌道を逸らす。
 敵は俺から距離をとり、身軽なステップで後方へ下がった。

「炎の術式と違って、肉体に作用する術式は、一度発動すると魔力では防げない。だが重力なら、肉体強化をより高めることで対応できる。今の攻防で大体把握した。お前が重くできる最大は、二十倍未満だ」
「……」

 返事はない。
 もとより期待した言葉ではなかったから、俺は構わず続ける。

「効果時間は対象に触れた時間に比例して増える。一定時間で効果が解除される」

 二度目の攻撃を受け止める直前、ふわっと身体が軽くなった。
 触れた時間が一瞬だったから、効果も数秒だったのだろう。
 加えて一瞬では効果上限までは達しない。
 最大効果を発揮するには最低でも十秒、もしくは十回以上連続で触れる必要がある。

「練度はある。術式も悪くない。さっき戦った貴族の坊ちゃんとは天地の差だ。だが――」

 縮地。
 瞬時に相手の懐に入り込む。
 敵は咄嗟に鎖を束ねて防御するが、それはあえてだった。
 鎖に触れたことで重さが増す。
 その重さを利用して地面を踏みつけ、衝撃で相手が上へと吹き飛ぶ。
 空中でも軽い身のこなしで体勢を立て直して見せたが、真下に俺の姿はない。
 すでに俺は奴の頭上にいた。

「こっちだよ」
「――!?」

 そのまま大振りの一撃で地面にたたきつける。
 衝撃で地面にクレーターができ、今日一番の土煙が舞う。

「ギリギリで防御したな。加減したとはいえよく耐えた」
「……」

 土煙から奴は顔を出す。
 片膝をつき、フードのから見える口元が歪んでいる。

「重さはそのまま力になる。相手を重くするほど、それを利用された時の攻撃力は増す。それにお前は、移動中は自身の身体を軽くしていたな? 身体中に鎖を巻き付けているんだろう?」
「……」

 空中での身のこなしも、身軽だからできることだ。
 だがその分、攻撃を受けた時は脆い。
 重い物と軽い物、二つがぶつかったとき勝つのはどちらか。
 当然、重い方が勝つ。

「さて、そろそろ降参したらどうだ?」
「……」
「一連のやりとりで大体わかった。お前は中々悪くない動きをする。それでも、俺には遠く及ばない。その術式以外があるなら見せてみろ。結果は変わらないだろうが」

 他の術式があるなら最初から使っているはずだ。
 これだけ明確な実力差があって、力を隠す意味はない。
 重力操作の術式しか使っていないのは、他との併用に慣れていないのか。
 それとも一つしか持っていないのか。
 どちらにしろ、これ以上のパフォーマンスは期待できない。

「残念だがお前でも、俺に術式を使わせることすらできない」

 驕りではなく確信をもって断言する。
 これ以上は時間の無駄だ。
 
「お前が何者で、どうして俺を狙ったのか話せ。今なら許してやる」
「……ふぅ」
「!?」

 なんだ?
 急に殺気が消えた……?
 戦意を失ったのか。

「あの方のいう通り、やっぱりお前は危険」

 高い声。
 おそらく女性……それも若い。
 呼吸のリズムは落ち着いている。
 動揺している感じはない。
 降参したわけじゃ……なさそうだな。

「あの方?」
「……今はここまで」

 彼女は初めて肌を見せる。
 右手の中指にはめられているのは、黒い宝石の入った……。

「指輪?」

 直後、指輪から黒い影が溢れ出る。
 影は泥水のように地面に垂れ、足元から彼女を包む。
 感じられる魔力は彼女のものではない。
 
「転移の術式か」
「……さよなら」

 その一言を最後に、彼女は影に呑まれて消えてしまった。
 任意の場所を繋ぐ影の移動術式。
 彼女が口にしていたあの方の術式か、もしくはさらに別の誰かか。
 どちらにしろ、彼女より相当優れた術師であることは間違いなさそうだ。

「おっかないな」

 俺は剣を鞘に納める。
 襲撃の理由はわからなかったが、一先ず情報は得られた。
 重力を操る女性と、その背後にいる何者か。
 俺が知らない組織が動いている可能性があるということ。

「まぁ、いずれまた会うだろ」

 狙いが俺ならこれで諦めたりしないはずだ。
 次こそ万全の準備を整えて挑んでくるに違いない。
 その時に目的は危機出せばいい。
 俺は踵を返す。

「あ、しまったな。女の子なら顔くらい見ておけばよかった。可愛ければワンチャン……いや、ないな」

 殺す気で挑んできた相手とのロマンスなんて考えられない。
 今日はもう帰ろう。
 久しぶりに身体を動かして疲れた。
 
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