聖女三姉妹 ~本物は一人、偽物二人は出て行け? じゃあ三人で出て行きますね~

日之影ソラ

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三女サーシャ

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 悪魔を見るのは初めてだった。
 でも、一目見ただけで、それが良くない者だと理解できた。
 目と目が合う。
 たったそれだけで、背筋が凍って震える恐怖が襲う。

 悪魔がボクを見ている。

「サーシャ!」

 おじさんの声が響いた。
 悪魔は空を蹴り、結界へ突進している。
 とてつもないスピードと衝撃で、結界付近にいた人たちは吹き飛ばされてしまう。
 
 悪魔はまだ、ボクを見ている。
 その他大勢の人なんて気にもしていない。
 ボクを殺そうとしている目だ。
 
 逃げなきゃ……

 本能がそう叫んでいる。
 でも、身体は恐怖で竦んで動けない。
 結界がひび割れ、眼前に悪魔が迫って尚、ボクの身体が動いてくれない。
 
「させるかぁあああああああああ」

 悪魔の手が弾かれる。 
 おじさんの剣がボクを守ってくれた。
 そこから怒涛のような連続攻撃を浴びせる。
 さながら鬼のように、悪魔に攻撃の隙を与えない。
 ボクが初めて見るおじさんの激昂。

 でも――

 片腕を失った今の彼では、悪魔と対等に戦うには不足だった。
 悪魔の左腕が、おじさんのお腹を貫く。

「ごほっ」

 そんな……
 
「タチカゼ!」
「お……おじさん!」

 悪魔の手がおじさんのお腹から生えている。
 貫通し、背中から出ている。
 明らかに重症だった。
 悪魔はニヤリと笑ったように見える。

「うおおおおおおおおおおおおおおお」

 おじさんが吠えた。
 悪魔は手を抜こうとするが、おじさんがそれを許さない。
 剣を至近距離で振るい、腹に刺さった腕を斬り落とす。

「ジュード!」
「おう!」

 ジュードさんがすかさず攻撃を加える。
 おじさんも加わり、左右から攻める。
 さすがの悪魔も、片腕を失った状態で、二人の攻撃はさばききれない。
 二人は止まらない。
 悪魔を斬り裂き、消滅させるまでは終わらない。
 気迫極まる二人の表情は、悪魔すら怯えさせる。

 そして――

「終わりだコノヤロー!」

 二人の剣が、悪魔の首を撥ねとばした。

「はっ……ざまぁ見やがれ」

 消滅していく悪魔を見ながら、おじさんは満足げに倒れ込む。
 ジュードさんが駆け寄り、ボクも慌てておじさんの元へ走った。

「おじさん!」
「サーシャ……無事だったか」
「待ってて! 今助けるから!」

 悪魔を倒したことで、おじさんの腹に刺さっていた手も消滅している。
 代わりにぽっかりと空いた穴から、地面が見えている。
 流れ出る血の量が、致命傷だと告げていた。

「あぁ~ またドジったな」
「しゃべっちゃだめだよ!」
「どっちみ駄目だろ」
「そんなことない! ボクが絶対助けるんだから!」

 そう言いながら、手は震えて頭は現実を見ている。
 出血の量が多すぎる。
 傷も深くて、ボクの祈りでも治癒は出来そうにない。
 現に祈りを捧げているのに、傷口はまったく塞がってくれない。

「どうして……何で!」
「そんな顏するな。せっかく可愛い顏してんのに台無しだぞ」
「今……そんなこと言わないでよ。やだよおじさん……死んじゃヤダ」

 ボクの瞳からは涙が溢れ出ている。
 そんなボクを見て、おじさんは手を伸ばし、頭を撫でてくれた。
 そうして語り出す。

「思い……出したんだ。オレが旅をしていた理由を」
「えっ?」
「別に剣を極めたかったんじゃない……オレは、オレにはそれしかなかったから」

 別のものが欲しかった。
 他の騎士たちのような愛国心も、よそ者の自分にはない。
 あるのは剣術の才能だけ。
 だから、それを極める道しかなかった。
 それでも、本当に欲しかったものは別のものだったんだ。

「オレはただ……守りたいものがほしかったんだ。命を捨て出ても、生涯をかけて守りたい何かを……オレは欲していた」
「おじさん……」
「なぁサーシャ、お前は無事だよな?」
「……うん」
「そうか、だったら満足だ。お前は……眩しいからな。もっとたくさんの人を照らせるだろ」

 おじさんは笑っている。
 言葉通り満足げに、満ち足りたような笑顔だった。
 ボクはそれが嫌で叫ぶ。

「嫌だよ! ボクはおじさんと一緒にいたい……この先もずっと、一緒にいたいんだ」
「サーシャ……」
「ボクの全部をあげるよ。だからお願い……死なないで」

 ボクの唇と、おじさんの硬い唇が重なる。
 初めてのキスだった。
 ムードの欠片もないけれど、今はこれしかない。
 聖女の力の全てを、彼の中に直接流し込む。
 祈りで足りないのなら、ボクの全部を捧げてでも助けてみせる。
 
 繋がり、祈りを込める。
 ボクの力を流し込まれた身体は、淡い光に包まれる。
 全てを捧げるという誓いが、祈りの力を強化した。
 時間が巻き戻るように、傷がどんどん癒えていく。
 神秘的とも呼べる光景に、誰もが声を忘れ、魅入っていた。

「こりゃ……驚いたな」
「おじさん」
「サーシャ……ありがとな」
「うん!」

 ボクの祈りが、想いが命を繋いだ。
 この時、ボクは生まれて初めて聖女で良かったと思えたんだ。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 その三日後――

「おじさーん!」
「おい、だからおじさんは止めろって」
「えっへへ~ とう!」
「っと! 急に抱き着くな」

 ボクらは変わらずギルドにいた。
 ドラゴン討伐も終わり、その後の事件も落ち着き、ようやく戻って来た日常。

「ねぇおじさん」
「ん?」
「あれってボクのファーストキスだったんだよ?」
「そうかい」
「ちゃんと責任取ってよね」
「は? あれはお前から……いや、ずるいな。あの状況じゃ反論できねぇだろ」

 おじさんはわしゃわしゃと自分の髪を触っている。
 そのまま、顔を逸らし照れながら言う。

「まぁ仕方ないか……。お前は良い女になるだろうからな」
「えへへっ」

 ああ、やっぱりボクは――この人が大好きだ。
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