聖女三姉妹 ~本物は一人、偽物二人は出て行け? じゃあ三人で出て行きますね~

日之影ソラ

文字の大きさ
43 / 46
長女アイラ

しおりを挟む
「流行病のことですか?」
「ああ、その通りだ」

 かしこまった話し方をするハミル。
 部屋の壁は薄いから、会話は外の兵士に聞かれている。
 いつも通りに話せないもどかしさを感じたのか、互いに小さく微笑む。

「君も知っている通り、クレンベルは現在感染症の流行期に入っている。毎年のことではあるが、今回の病は一味違う。研究班にも動いてもらっているが、どうやら全く別のウイルスに変化しているらしい」
「全く別?」
「そうだ。つまり、薬も従来通りのタイプでは効果がない。今は急いで、新種のウイルスに対抗できる薬を開発してもらっているが……」
「間に合っていない、ですね?」

 ハミルがこくりと頷く。
 この間に聞いた話より、感染症の強さが増している感じがする。
 私は事の重大さを再認識しつつ、彼の話に耳を傾ける。

「進行も早い。子供やお年寄りは免疫力も低く、一度罹患してしまうと命の危険が伴う。すでにクレンベル内だけの死者が百を超えてしまった」
「そ、そんなにたくさん?」
「ああ、これは由々しき事態だ」

 ハミルの深刻そうな表情が、全てを物語っている。
 私が考えていた以上に、クレンベルの街は良くない状況に陥っているようだ。

「城の者たちも頑張ってはくれている。だがはやり時間が足りない。このまま放置すれば、さらにたくさんの死者が出てしまう。そこで君に協力してもらいたいのは、感染してしまった人々の治療だ」

 やっぱりそうか。
 内容は話される前から察していた。
 治療法の確立されていない新種のウイルスによる感染症。
 進行が早く、免疫力の低い者ならわずか数日で死に至る。
 とても危険な病だけど、聖女の祈りなら癒すことが出来る。
 
「薬が完成するまでの間で構わない。街の人々を癒し、一人でも多くの民を救ってほしい」

 ハミルはそう言って頭を下げた。
 王子が一般人に頭を下げるなんて、普通はありえないことだ。
 たとえ彼でも……それほどに切迫した状況だというもの。
 神にも縋りたい気分なのかもしれない。

「わかりました。これも主のお導きでしょう。私の祈りが人々を救うのなら、喜んでお受けいたします」
「ありがとう。君ならそう言ってくれると思っていたよ」

 ほっと安堵した表情を見せるハミル。
 この時、偶然にも考えていることは一致していた。

 この悲劇はチャンスに変えられる。
 人々を救い導いた正真正銘の聖女――
 立派に役目を果たせば、私はこの国にとって必要な存在として認識されるかもしれない。
 メルフィス王子の言っていた実績にも数えられるだろう。
 このまま放っておけば、街中を呑み込んだ悲劇となってしまう。
 だから、私の力で喜劇に変えてしまおう。
 その先にある未来を掴むために。

「では頼むぞ、聖女アイラ」
「お任せください。ハミル王子」

 目指す場所は同じだ。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 翌日からハミルの指示に従い、大聖堂で患者の受け入れが始まった。
 至近距離の接触による感染拡大を防止するため、普段通りの相談や懺悔は一時的に止めている。
 それなのに……

「こ、こんなにたくさん?」

 ミスリナが驚くのも無理はない。
 大聖堂が開く前から、すでに今までの倍以上の人たちが列を作っている。
 これはこれで良くない光景だ。

「聖女様、少し早いですが」
「はい。皆さんを中へ」

 私は気合を入れ直した。
 扉を開けた途端、聖堂へ人が流れ込んでくる。
 聖女の力は万能だけど、全能ではない。
 癒しの祈りを施せるのは、一度に三人までが限界だ。
 加えて私自身の体力も消耗する。
 定刻である夕方まで、押し寄せる人々に祈り続けなければならない。

「お願いだからもってね」

 私は自分にしか聞こえない小さな声で、自分自身に訴えかけた。
 そして正午。
 一旦休憩を挟み、午後に備える。

「ふぅ……」

 さすがにきつい。
 一日に何人も癒した経験はあっても、この人数は生まれて初めてだ。
 何より違うのは、私一人だということ。
 前の国で聖女として活動していた頃は、妹二人とも負担を分け合っていた。
 その大切さが身に染みる。
 そして、やっぱり寂しいと思ってしまう。
 修道女たちやユレスさんも一緒だけど、この大変さを共有できるのは自分一人だけだ。
 
 こんな時こそ、私は思ってしまう。
 ハミルに会いたいと。

「……駄目ね、私は」

 何のために私はこのお願いを引き受けたの?
 街の人たちを、ハミルを助けるため。
 その先にある未来を掴み取るためでしょ。
 だったらこんな所で弱音を吐いている暇はないわ。
 まだ一日目。
 これが明日も明後日も続く。
 もしかすると、もっと先まで続くかもしれない。

 パンと自分の頬をたたく。

「頑張らなくっちゃ!」

 午後のお務めに向う。
 すでに待っている人たちも多く、残り時間で全員を見ることは難しい。
 絶え間なく、休みなく次へと並んでいる。
 私はひたすらに祈りを捧げ続けた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

婚約したら幼馴染から絶縁状が届きました。

黒蜜きな粉
恋愛
婚約が決まった翌日、登校してくると机の上に一通の手紙が置いてあった。 差出人は幼馴染。 手紙には絶縁状と書かれている。 手紙の内容は、婚約することを発表するまで自分に黙っていたから傷ついたというもの。 いや、幼馴染だからって何でもかんでも報告しませんよ。 そもそも幼馴染は親友って、そんなことはないと思うのだけど……? そのうち機嫌を直すだろうと思っていたら、嫌がらせがはじまってしまった。 しかも、婚約者や周囲の友人たちまで巻き込むから大変。 どうやら私の評判を落として婚約を破談にさせたいらしい。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

地味令嬢を見下した元婚約者へ──あなたの国、今日滅びますわよ

タマ マコト
ファンタジー
王都の片隅にある古びた礼拝堂で、静かに祈りと針仕事を続ける地味な令嬢イザベラ・レーン。 灰色の瞳、色褪せたドレス、目立たない声――誰もが彼女を“無害な聖女気取り”と笑った。 だが彼女の指先は、ただ布を縫っていたのではない。祈りの糸に、前世の記憶と古代詠唱を縫い込んでいた。 ある夜、王都の大広間で開かれた舞踏会。 婚約者アルトゥールは、人々の前で冷たく告げる――「君には何の価値もない」。 嘲笑の中で、イザベラはただ微笑んでいた。 その瞳の奥で、何かが静かに目覚めたことを、誰も気づかないまま。 翌朝、追放の命が下る。 砂埃舞う道を進みながら、彼女は古びた巻物の一節を指でなぞる。 ――“真実を映す者、偽りを滅ぼす” 彼女は祈る。けれど、その祈りはもう神へのものではなかった。 地味令嬢と呼ばれた女が、国そのものに裁きを下す最初の一歩を踏み出す。

【完結】婚約破棄、その後の話を誰も知らない

あめとおと
恋愛
奇跡によって病を癒す存在――聖女。 王国は長年、その力にすべてを委ねてきた。 だがある日、 誰の目にも明らかな「失敗」が起きる。 奇跡は、止まった。 城は動揺し、事実を隠し、 責任を聖女ひとりに押しつけようとする。 民は疑い、祈りは静かに現実へと向かっていった。 一方、かつて「悪役」として追放された令嬢は、 奇跡が失われる“その日”に備え、 治癒に頼らない世界を着々と整えていた。 聖女は象徴となり、城は主導権を失う。 奇跡に縋った者たちは、 何も奪われず、ただ立場を失った。 選ばれなかった者が、世界を救っただけの話。 ――これは、 聖女でも、英雄でもない 「悪役令嬢」が勝ち残る物語。

聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~

白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。 王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。 彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。 #表紙絵は、もふ様に描いていただきました。 #エブリスタにて連載しました。

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

処理中です...