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第一章

19.三女シータ

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 彼女の後ろを歩き、建物へと近づく。
 一度は止められた場所、同じ騎士。
 ギロっとにらまれたが知らんぷりをする。
 
「どうぞ中へ」
「ありがとう。行くわよ」
「はい」

 疑われこそしていると思うが、すんなり中に入れた。
 心の中でホッとする。

「緊張しているの?」
「当たり前だろ」
「ふふっ、忍び込もうとしていた人とは思えないわね」
「俺だって好きでそうしたかったわけじゃない」

 話しながら中へ進む。
 アルファとデルタには外で別の準備をお願いしている。
 一緒にいられないことを不満そうにしていたが、作戦成功のためには必須のことだ。
 二人ならうまくやってくれるだろう。

「こっちよ」

 彼女に案内され奥へ。
 いくつも部屋の扉を通り過ぎ、仰々しい鉄の扉が目の前に現れる。
 二人の騎士がゆっくり開けると――

 そこはオークション会場になっていた。
 段々になった座席と、商品を見せるためのステージ。
 すでに客がちらほら座っている。
 全員服装からして貴族だ。

「一番後ろに座りましょう」
「もっと前に行かなくていいのか?」
「ええ、私は商品を買いに来たわけじゃないから」
「じゃあ何をしに?」

 彼女は笑う。

「オークションを見るためよ」

 俺は首をかしげる。
 言っている意味が分からない。
 本当に不思議な人だ。
 俺は彼女の隣に腰をおろす。
 
「ねぇ、あなたは人の価値って何で決まると思う?」
「急にどうしたんだ?」
「ただの雑談よ。始まるまで暇でしょ? ねぇ。どう思う?」
「どうって……」

 難しい質問だな。
 そんなこと考えたこともなかった。

「お金? 権力? 容姿? 武力?」
「どれも必要だと思う……けど、俺が思う一番は、誰に必要とされているかじゃないかな? どれだけ力があっても、誰からも必要とされていないのなら、その程度だってことだから」
「……そう。いい回答ね」

 ちょうどここでアナウンスが入る。
 オークションが開始される合図だ。
 司会がステージに立ち、高々とオークション開始を宣言する。

「本日はすごいものがそろっていますよ! さっそく一番の目玉商品をご紹介!」

 ゴロゴロと運ばれてきたのは透明なガラスケースだった。
 その中に、一人の少女が眠っている。
 水色のショートヘアで、二人に比べてさらに幼い容姿の……。

「いきなりか」

 間違いない。
 彼女がシータだ。

「こちら、なんと人間ではなく作り物! 人形なのです!」
「おお、なんと美しい」
「まるで本物の少女のようだ」

 会場中から声があがる。
 
「あれがそうなの?」
「ええ」
「私の目にも、生きている人間には見えないわよ?」
「そうでしょうね」

 今の状態の彼女から生気は感じられない。
 人ではなく人形か。
 もしくは……。

「一応教えておくけど、死体の売買は禁止されていないわよ?」
「知ってるよ。大丈夫、彼女は死んでない」
「そう」

 話している間にセリが始まった。
 次々に高額が飛び出る。
 世にも珍しい精巧な人形だ。
 さぞ高く売れるだろう。
 
「一億!」

 会場がざわつく。
 手を挙げたのは、俺だ。

「一億でました! 他にはー……ありませんね!」
「……ふぅ」
「お金持ちだったのね」
「まさか」

 ダンジョンで稼いだお金はあるけど、お金はギルドに預けてある。
 今の俺は大した金額を持っていない。

「ありがとう。おかげで彼女を助けられる」
「そう。一応名前だけ聞いておこうかしら?」
「ラストだ」
「私はエリーシュよ。またどこかで会えるといいわね」

 別れの挨拶をすませ、俺はステージにあがる。

「見事落札されました! 今のご感想は?」
「……一つ、確認してもいいですか?」

 ステージにあがった俺は司会者に問う。

「これがもし、生きている人間だったら……どうなるんでしょうね?」
「そ、それはありえませんよ。見ての通り人形です。もしそんなことがあったら大問題になります」
「ええ、だから申し訳ないなと思います」
「は?」
「大問題になるので」

 俺はショーケースに腕をねじ込む。
 魔力で強化した腕はすんなり入り、彼女の手に触れる。

「な、なにをしてるんですか!」
「――魔力供給確認」

 聞きなれた声が流れる。
 魔力が一気に消費した倦怠感も。

「さぁ、目を覚ましてくれ」
「【自動人形ドール】、オン」
「――……」

 シータが目覚める。
 くりっとした瞳が左右を見渡す。

「あれ……ここ、どこ?」
「なっ……」
「おい、動いたぞ! 生きてるじゃないか!」
「ってことは生きた人間を商品として出していたのか!」
「ち、違、これは!」

 会場中から様々な声が聞こえる。
 予想通りの混乱だ。
 今のうちに逃げるぞ。
 俺はショーケースを完全に砕き、彼女の手を引く。

「ごめんね。あとで説明するから」
「あわわわわ」
 
 思ったより軽い身体だ。
 俺はシータを抱きかかえ、その場から駆け出す。
 混乱に乗じればオークション会場から出ることは容易い。
 あとは警備している騎士たちさえ振り切ればいい。

「お、おいお前! どこへ行く!」
「すみません急いでるんで!」

 悪いけど、今の俺の速度には追い付けないよ。
 全力で魔力を両足に集中してる。
 全速力で駆け抜け外へ。
 そこから高くジャンプして民家の屋根に乗り、屋根の上を走る。
 このまま門へ向かいたいところだが、確実に検問を突破できない。
 だったら方法は一つ。
 この壁を――

 跳び越える!

「おおー!」

 俺に抱きかかえられたシータから可愛らしい声が聞こえた。
 高々と飛び上がり、鉄の壁を越えていく。
 そして――

「ラスト様!」
「こっちだぜマスター!」

 馬車に着地する。
 着地の衝撃はアルファが和らげてくれた。

「うまくいったな」
「はい」
「さっすがマスター!」
「アルファお姉ちゃん……デルタお姉ちゃん」

 シータが二人に気づき、視線を合わせる。
 ついに三姉妹が再会を果たしたんだ。

「初めまして、シータ」
「私たちのご主人さまです」
「お前のことも助けてくれたんだぜ?」
「……シータを起こしてくれた人?」

 俺はうなずく。

「ラストだ。よろしくな」
「よろしく。ラストお兄ちゃん」

 馬車は走る。
 俺たちの家に向かって。
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