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強欲の章
①
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とある辺境の山奥に、魔術師の一族が暮らしていた。
彼らは普通の魔術師ではない。
かつて世界を救った英雄の一人、【大賢者】の末裔とされている。
彼ら一族の悲願は、魔術の深淵にたどり着くこと。
そのためなら何でも手に入れる。
何でも捨てることができる。
彼らこそ、魔術に人生の全てを捧げる者たちである。
「いいか、アンセル。煩悩を捨てるのだ」
「はい。師匠!」
師弟が広い道場で座して向かい合い、教えを説いている。
まだ幼い弟子に、師は厳しく指導する。
「魔術師にとって煩悩はもっとも御しがたい感情だ。特に七つの欲求、あれらは私たちの心を乱し、魔力を乱す。故に魔術師として完成するためには、煩悩を心から切り離し、支配しなければならない」
「はい! それが僕たち賢者の一族のやり方です」
「うむ、心せよ。人間は欲深い生き物だ。私たちも例外ではない。煩悩に支配されるな。魔術師である私たちは、煩悩を支配する存在となるのだ」
「はい! 必ずたどり着いてみせます! 煩悩を越えた先、真の魔術師へ!」
志高い弟子の言葉に、師匠は安堵の笑みをこぼす。
師は弟子の頭を優しく撫で、真剣なまなざしで見つめながら言う。
「共にゆこう。研鑽の海へ」
「はい!」
煩悩に打ち勝ち、捨てることは簡単なことではない。
人間であれば欲があり、欲が人を突き動かす。
人間とは欲に支配された生き物。
その常識を逆転させ、煩悩を、欲を、己の支配下に置く。
彼らの悲願は遠く険しい。
故にこそ、共に研鑽し合う師弟の関係は美しく、かけがえのないものだった。
少なくとも、表向きは……。
独白はここで終わりだ。
ここからは俺の話。
なぜなら師匠は……この話をした一か月後に失踪したから。
女に騙され借金をして。
◇◇◇
【大賢者】
この称号は、その時代でもっとも優れた魔術師に与えられる名誉の称号だ。
強さだけが基準ではない。
魔術師の偉大さは、どれだけ魔術を極め、深淵に近づいているか、否か。
生半可な覚悟、修練ではたどり着けない頂がある。
そこに至るまでの道程は険しく、得るものより失うものが多い。
魔術師として不必要なものをそぎ落とし、研ぎ澄まされた魂こそが、魔術の深淵へといざなわれる。
かつて大賢者と呼ばれた男は、己の欲望、煩悩に完全勝利し支配することで、悟りを開いたという。
「すぅーはー……」
大きな道場で一人、俺は座して呼吸を整える。
意識すべきは自分自身。
肉体ではなく、眼には見えない魂を知覚する。
魔力は魂からあふれ出る力だ。
魂の位置を知覚し、魔力を己の肉体の一部として完全に取り込み、支配する。
身体の中に針を通し、血管の中を滑らせるように。
魔力を全身に巡らせる。
研ぎ澄まされた感覚を確かめて、俺は目を開く。
「――そろそろか」
彼らは普通の魔術師ではない。
かつて世界を救った英雄の一人、【大賢者】の末裔とされている。
彼ら一族の悲願は、魔術の深淵にたどり着くこと。
そのためなら何でも手に入れる。
何でも捨てることができる。
彼らこそ、魔術に人生の全てを捧げる者たちである。
「いいか、アンセル。煩悩を捨てるのだ」
「はい。師匠!」
師弟が広い道場で座して向かい合い、教えを説いている。
まだ幼い弟子に、師は厳しく指導する。
「魔術師にとって煩悩はもっとも御しがたい感情だ。特に七つの欲求、あれらは私たちの心を乱し、魔力を乱す。故に魔術師として完成するためには、煩悩を心から切り離し、支配しなければならない」
「はい! それが僕たち賢者の一族のやり方です」
「うむ、心せよ。人間は欲深い生き物だ。私たちも例外ではない。煩悩に支配されるな。魔術師である私たちは、煩悩を支配する存在となるのだ」
「はい! 必ずたどり着いてみせます! 煩悩を越えた先、真の魔術師へ!」
志高い弟子の言葉に、師匠は安堵の笑みをこぼす。
師は弟子の頭を優しく撫で、真剣なまなざしで見つめながら言う。
「共にゆこう。研鑽の海へ」
「はい!」
煩悩に打ち勝ち、捨てることは簡単なことではない。
人間であれば欲があり、欲が人を突き動かす。
人間とは欲に支配された生き物。
その常識を逆転させ、煩悩を、欲を、己の支配下に置く。
彼らの悲願は遠く険しい。
故にこそ、共に研鑽し合う師弟の関係は美しく、かけがえのないものだった。
少なくとも、表向きは……。
独白はここで終わりだ。
ここからは俺の話。
なぜなら師匠は……この話をした一か月後に失踪したから。
女に騙され借金をして。
◇◇◇
【大賢者】
この称号は、その時代でもっとも優れた魔術師に与えられる名誉の称号だ。
強さだけが基準ではない。
魔術師の偉大さは、どれだけ魔術を極め、深淵に近づいているか、否か。
生半可な覚悟、修練ではたどり着けない頂がある。
そこに至るまでの道程は険しく、得るものより失うものが多い。
魔術師として不必要なものをそぎ落とし、研ぎ澄まされた魂こそが、魔術の深淵へといざなわれる。
かつて大賢者と呼ばれた男は、己の欲望、煩悩に完全勝利し支配することで、悟りを開いたという。
「すぅーはー……」
大きな道場で一人、俺は座して呼吸を整える。
意識すべきは自分自身。
肉体ではなく、眼には見えない魂を知覚する。
魔力は魂からあふれ出る力だ。
魂の位置を知覚し、魔力を己の肉体の一部として完全に取り込み、支配する。
身体の中に針を通し、血管の中を滑らせるように。
魔力を全身に巡らせる。
研ぎ澄まされた感覚を確かめて、俺は目を開く。
「――そろそろか」
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