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強欲の章

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 とある辺境の山奥に、魔術師の一族が暮らしていた。
 彼らは普通の魔術師ではない。
 かつて世界を救った英雄の一人、【大賢者】の末裔とされている。
 彼ら一族の悲願は、魔術の深淵にたどり着くこと。
 そのためなら何でも手に入れる。
 何でも捨てることができる。
 彼らこそ、魔術に人生の全てを捧げる者たちである。

「いいか、アンセル。煩悩を捨てるのだ」
「はい。師匠!」

 師弟が広い道場で座して向かい合い、教えを説いている。
 まだ幼い弟子に、師は厳しく指導する。

「魔術師にとって煩悩はもっとも御しがたい感情だ。特に七つの欲求、あれらは私たちの心を乱し、魔力を乱す。故に魔術師として完成するためには、煩悩を心から切り離し、支配しなければならない」
「はい! それが僕たち賢者の一族のやり方です」
「うむ、心せよ。人間は欲深い生き物だ。私たちも例外ではない。煩悩に支配されるな。魔術師である私たちは、煩悩を支配する存在となるのだ」
「はい! 必ずたどり着いてみせます! 煩悩を越えた先、真の魔術師へ!」

 志高い弟子の言葉に、師匠は安堵の笑みをこぼす。
 師は弟子の頭を優しく撫で、真剣なまなざしで見つめながら言う。

「共にゆこう。研鑽の海へ」
「はい!」

 煩悩に打ち勝ち、捨てることは簡単なことではない。
 人間であれば欲があり、欲が人を突き動かす。
 人間とは欲に支配された生き物。
 その常識を逆転させ、煩悩を、欲を、己の支配下に置く。
 彼らの悲願は遠く険しい。
 故にこそ、共に研鑽し合う師弟の関係は美しく、かけがえのないものだった。
 
 少なくとも、表向きは……。

 独白はここで終わりだ。
 ここからは俺の話。
 なぜなら師匠は……この話をした一か月後に失踪したから。

 女に騙され借金をして。

  ◇◇◇

 【大賢者】
 この称号は、その時代でもっとも優れた魔術師に与えられる名誉の称号だ。
 強さだけが基準ではない。
 魔術師の偉大さは、どれだけ魔術を極め、深淵に近づいているか、否か。
 生半可な覚悟、修練ではたどり着けない頂がある。
 そこに至るまでの道程は険しく、得るものより失うものが多い。
 魔術師として不必要なものをそぎ落とし、研ぎ澄まされた魂こそが、魔術の深淵へといざなわれる。
 かつて大賢者と呼ばれた男は、己の欲望、煩悩に完全勝利し支配することで、悟りを開いたという。

「すぅーはー……」

 大きな道場で一人、俺は座して呼吸を整える。
 意識すべきは自分自身。
 肉体ではなく、眼には見えない魂を知覚する。
 魔力は魂からあふれ出る力だ。
 魂の位置を知覚し、魔力を己の肉体の一部として完全に取り込み、支配する。
 身体の中に針を通し、血管の中を滑らせるように。
 魔力を全身に巡らせる。
 研ぎ澄まされた感覚を確かめて、俺は目を開く。

「――そろそろか」
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