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色欲の章
⑥
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「夢の中で幸福な光景を見せられて、それを壊される……そうして心を破壊され廃人になったあなたは、私の素敵な玩具になるわ。さぁ、落ちて」
彼女の手が、俺の頬に触れようとした。
「――生憎だけど、最近よく眠れていなくてね? 夢なんて見れないんだよ」
「――!」
煙管の女は驚愕し、咄嗟に距離をとる。
俺と視線を合わせ、汗った表情で呟く。
「嘘でしょ? 自力で解いたの?」
「ああ、胸糞悪い体験をどうもありがとう。おかげでとても……気分がいいよ」
【天芯倶舎】、十の奥義の一つ。
「【十纏】――慳! あらゆる術式を強制解除する。対象に触れていないと発動しないが、自身にかけられた効果なら自力で突破できるんだよ」
「そんな術式……そう、あなたが噂の大賢者ね」
「俺はまだ未熟だよ。だが、未熟な俺でも、お前の幻術を破ることは他愛なかったな」
「――ふふっ、あなたはそうね。でも、他はどうかしら?」
震えが伝わる。
握っている手から、彼女から。
そう、幻術にかかったのは俺一人じゃない。
香りを嗅ぐことが発動条件だとしたら、一緒にいた彼女も。
「い、いや……いやあああああああああああああああ!」
「ロール姫!」
「嫌嫌嫌! お母さん! お母さんが!」
「ふふっ、どうやらそっちの子にはちゃんと効いたみたいね」
ロール姫には幻術の対処方がない。
わかっていたはずなのに。
一緒にいるべきではなかった。
彼女も同じように、幸福からの絶望を見せられてしまった。
「落ち着け! 全て幻だ!」
「だってお母さんが! お母さんがいなくなる! ボクを置いてまた……一人に……!」
俺が知らない彼女の中のタブーに、呪具の幻術は触れたのだろう。
こんなにも錯乱している彼女は初めて見る。
普段の落ち着きも、余裕もない。
「大丈夫! 俺はいる! 一人じゃない!」
「アンセル……でも、お母さんが! お母さんを助けて!」
「――っ、すまない」
「っ……」
このままじゃ取り乱し、余計に心を壊される。
そう思った俺は彼女の額に指をかざし、彼女の意識を鎮める。
「今は眠ってくれ。あとで話ならいくらでも聞く」
「酷い男ね。傷心の女性を眠らせて、何をするつもりかしら?」
「お前を懲らしめるために眠ってもらっただけだ」
こいつ、彼女が女性だと気付いていたのか。
「でもいいの? 他のも一緒にいたでしょう? あの子たちも同じ目に合っているかもしれないわ」
「――甘い奴だな」
「え?」
「うちの弟子たちは、甘い夢に惑わされたりはしないよ」
確信を持つ。
直後、煙の中から三人が飛び出し、俺の元へ駆けつける。
「先生!」
「遅くなったわ!」
「大丈夫? 王子様も無事かな?」
「――! まさか、幻術にかかっていたはずなのに」
煙管の女は焦る。
冷や汗が流れ落ちる彼女に、俺は得意げに語る。
「俺たちは日々、煩悩を制御する修行を積んでいる。だからよく知っているんだ。この世は不条理に満ちていることに」
【十纏】には至っていない彼女たちも、それぞれ幻術への対抗策は持っている。
一人では厳しくとも、三人一緒なら十分に対処できると思った。
さっきの夢は、匂いを嗅がせないと発動できない。
「これで終わりだな」
「そうかしら? ここは私のテリトリーよ! この空間にいる限り、あなたは私を捕まえられないわ!」
「先生!」
「あいつ逃げる気よ!」
煙管の女が煙に紛れようとする。
しかし逃がす気はない。
俺に胸糞悪い夢を見せた償いをしてもらわないとな。
この空間は呪具によって生成された幻だ。
漂う煙が街を構築している。
ならば単純。
この煙を全て吹き飛ばし、街をこちらから破壊すればいい。
「【十纏】――掉挙」
俺は右手で地面に触れる。
俺の足元を中心に振動が伝わり、大地震が起こる。
振動は地面から空気にも拡散。
街全体が揺れ、そのまま煙も吹き飛ばし、現れたのは何もない草原だった。
そこにポツリと、煙管の女性が立っている。
「そ、そんな……」
「見つけたぞ」
「くっ――!」
逃げようと背を向ける女の眼前に、俺は先回りする。
そうして指を立て、彼女の額に当てた。
振動が伝わり、脳が揺れる。
一瞬にして意識は闇に沈むだろう。
「そん……な……」
「お前はいい加減、夢から覚めたほうがいいな」
といいつつ、彼女はこれから夢を見るだろう。
酷く現実的で、楽しみもない投獄生活、という夢をな。
彼女の手が、俺の頬に触れようとした。
「――生憎だけど、最近よく眠れていなくてね? 夢なんて見れないんだよ」
「――!」
煙管の女は驚愕し、咄嗟に距離をとる。
俺と視線を合わせ、汗った表情で呟く。
「嘘でしょ? 自力で解いたの?」
「ああ、胸糞悪い体験をどうもありがとう。おかげでとても……気分がいいよ」
【天芯倶舎】、十の奥義の一つ。
「【十纏】――慳! あらゆる術式を強制解除する。対象に触れていないと発動しないが、自身にかけられた効果なら自力で突破できるんだよ」
「そんな術式……そう、あなたが噂の大賢者ね」
「俺はまだ未熟だよ。だが、未熟な俺でも、お前の幻術を破ることは他愛なかったな」
「――ふふっ、あなたはそうね。でも、他はどうかしら?」
震えが伝わる。
握っている手から、彼女から。
そう、幻術にかかったのは俺一人じゃない。
香りを嗅ぐことが発動条件だとしたら、一緒にいた彼女も。
「い、いや……いやあああああああああああああああ!」
「ロール姫!」
「嫌嫌嫌! お母さん! お母さんが!」
「ふふっ、どうやらそっちの子にはちゃんと効いたみたいね」
ロール姫には幻術の対処方がない。
わかっていたはずなのに。
一緒にいるべきではなかった。
彼女も同じように、幸福からの絶望を見せられてしまった。
「落ち着け! 全て幻だ!」
「だってお母さんが! お母さんがいなくなる! ボクを置いてまた……一人に……!」
俺が知らない彼女の中のタブーに、呪具の幻術は触れたのだろう。
こんなにも錯乱している彼女は初めて見る。
普段の落ち着きも、余裕もない。
「大丈夫! 俺はいる! 一人じゃない!」
「アンセル……でも、お母さんが! お母さんを助けて!」
「――っ、すまない」
「っ……」
このままじゃ取り乱し、余計に心を壊される。
そう思った俺は彼女の額に指をかざし、彼女の意識を鎮める。
「今は眠ってくれ。あとで話ならいくらでも聞く」
「酷い男ね。傷心の女性を眠らせて、何をするつもりかしら?」
「お前を懲らしめるために眠ってもらっただけだ」
こいつ、彼女が女性だと気付いていたのか。
「でもいいの? 他のも一緒にいたでしょう? あの子たちも同じ目に合っているかもしれないわ」
「――甘い奴だな」
「え?」
「うちの弟子たちは、甘い夢に惑わされたりはしないよ」
確信を持つ。
直後、煙の中から三人が飛び出し、俺の元へ駆けつける。
「先生!」
「遅くなったわ!」
「大丈夫? 王子様も無事かな?」
「――! まさか、幻術にかかっていたはずなのに」
煙管の女は焦る。
冷や汗が流れ落ちる彼女に、俺は得意げに語る。
「俺たちは日々、煩悩を制御する修行を積んでいる。だからよく知っているんだ。この世は不条理に満ちていることに」
【十纏】には至っていない彼女たちも、それぞれ幻術への対抗策は持っている。
一人では厳しくとも、三人一緒なら十分に対処できると思った。
さっきの夢は、匂いを嗅がせないと発動できない。
「これで終わりだな」
「そうかしら? ここは私のテリトリーよ! この空間にいる限り、あなたは私を捕まえられないわ!」
「先生!」
「あいつ逃げる気よ!」
煙管の女が煙に紛れようとする。
しかし逃がす気はない。
俺に胸糞悪い夢を見せた償いをしてもらわないとな。
この空間は呪具によって生成された幻だ。
漂う煙が街を構築している。
ならば単純。
この煙を全て吹き飛ばし、街をこちらから破壊すればいい。
「【十纏】――掉挙」
俺は右手で地面に触れる。
俺の足元を中心に振動が伝わり、大地震が起こる。
振動は地面から空気にも拡散。
街全体が揺れ、そのまま煙も吹き飛ばし、現れたのは何もない草原だった。
そこにポツリと、煙管の女性が立っている。
「そ、そんな……」
「見つけたぞ」
「くっ――!」
逃げようと背を向ける女の眼前に、俺は先回りする。
そうして指を立て、彼女の額に当てた。
振動が伝わり、脳が揺れる。
一瞬にして意識は闇に沈むだろう。
「そん……な……」
「お前はいい加減、夢から覚めたほうがいいな」
といいつつ、彼女はこれから夢を見るだろう。
酷く現実的で、楽しみもない投獄生活、という夢をな。
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