ただ誰かにとって必要な存在になりたかった

風見ゆうみ

文字の大きさ
3 / 19

第2話  惨めな気持ちの朝

しおりを挟む
 見覚えのない天井に驚いて、上半身を急いで起こした時点で気が付いた。

 私はこの家に嫁いで来たのだと…。
 といっても、普通の妻ではなく、お飾りの妻なので世間の人が思う新妻と違うところは悲しいところだわ。

 あんな事があったというのに疲れていたからか、部屋に案内されてすぐに眠ってしまったらしい。
 私にあてがわれた部屋は使用人が寝泊まりする部屋の一室だった。
 普通なら使用人が2人で一部屋らしいのだけれど、私は特別で1人で使わせてもらえるんだそう。
 ベッドが2つも置いてあるせいで、ほとんど空いているスペースはないけれど狭いとは思わなかった。
 実家でも同じ様な扱いを受けていたから。

 ベッドとベッドの間にある窓を開けると爽やかな風が部屋に入ってきた。

 お父様達はこうなる事をわかっていたのかもしれない。

 だから、お姉様を余計に嫁に出す気になかったのね…。
 結婚式で笑っていたのも、私の惨めな姿を想像して喜んでいたんでしょう…。
 
 洗面所やお手洗いなどは部屋にあったので身支度をしようとしていると、人の動きを察知したのか扉が叩かれた。
 入室を許可すると1人のメイドが中に入ってきて、深々と頭を下げる。

「おはようございます、ラノア様」
「おはよう」
「はじめまして。ラノア様の専属メイドを務めさせていただきます、ミオナと申します。よろしくお願い致します」
「こちらこそよろしくね」

 昨日、私を部屋まで案内してくれたメイドとは別で、ミオナは黒髪をツインテールにした背の高い痩せ型の可愛らしい童顔の女性だった。

「大奥様がお呼びになられておりますので、お着替えが終わられたら、ダイニングルームまでご案内致します」

 ミオナや昨日のメイドは私の知っているメイドと違って優しい。

 実家にいた時のメイドは、お父様達に許されているからか、私を下に見ていたし、世話をしてくれる事もなかった。
 朝は自分で起きて身支度をして朝食をキッチンまでもらいに行くのが当たり前だった。
 
 なぜ、ダイニングルームで食べなかったかというと、お父様達が私の顔を見ながら食事をするのが嫌だと言ったから。
 最初は時間をずらして食べていたけれど、お姉様は意地悪だったので、わざと私がいる時間を見計らって食事をしに来ては、私が食事の途中であってもダイニングルームから追い出した。
 時間を早くしても遅くしても一緒だったので、私は自分で食事を取りに行き、部屋で食べてから食器を返すという事を朝と夜は、ここ何年も続けていた。

 昼食は学園で食べていたため、1人で食べていたわけじゃなかったけれど、自分の家で誰かと食べるという事に少しだけ憧れがあった。

「どうしてあなたが来るのよ」

 ダイニングルームに入ると、義母となったシェーラ様がテーブルに頬杖を付き、侮蔑の目で私を見て言った。

「奥様をお呼びでしたのでお連れしたのですが…」

 ミオナが答えると、昔は美人であっただろう面影は残しつつも厚化粧のシェーラ様は表情を歪ませて叫ぶ。

「何を馬鹿な事を言っているの! 嫁というのはあなたの言う奥様の事で間違いはないけれど、奥様といったらフィナの事に決まっているでしょう! そんな事もわからないの!? 使えないメイドね! お飾りの嫁の世話をしてもらうにはちょうど良かったわ! 無能は無能同士仲良くしておけばいいのよ!」

 シェーラ様は金色のウェーブのかかった長い髪を耳にかけてから、グリーンの瞳をこちらに向けて続ける。

「朝からあなたの顔なんて見たくないわ。本当に気分が悪い! 姉の方がまだマシだったのに! それに私は本当はビューホの妻にはフィナが良かったのよ! それなのにお義父様達が反対して…!」

 ビューホ様のお父様は亡くなってしまっているけれど、父方の祖父母はまだ御健在の為、今回の政略結婚はどうやら、ビューホ様のお祖父様が決めた様だった。

「も、申し訳ございません…」

 ミオナが体を震わせて頭を下げた。

「謝ればいいってもんじゃないわ! とっとと出ていきなさい!」
「…失礼いたします」

 頭を下げて、ミオナと一緒にダイニングルームに出ると、嫌なタイミングでビューホ様とフィナさんに出くわした。
 2人は寄り添い合って幸せそうな笑みを浮かべていたけれど、私の姿を認めると、ビューホ様は眉を寄せ、フィナさんは申し訳無さそうな顔をした。

「昨日はありがとうございました。とても素敵な夜を過ごせました」

 ビューホ様は私を睨むだけだったけれど、フィナさんはすれ違い様に微笑して頭を下げて、ビューホ様と共にダイニングルームに入っていった。

 私のこの家での存在意義は愛人を隠す為のお飾りの妻になる事。
 だから、お礼を言ってもらう必要はない。

「ラノア様…?」

 立ち止まっていたからか、ミオナが心配そうな表情で顔を覗き込んできた。
 そして、すぐに頭を下げてくる。

「私の勘違いのせいで申し訳ございませんでした」
「いいのよ。それに、フィナさんを呼んできてほしいなら、私の専属メイドであるあなたではなく、フィナさん付きのメイドに頼むべきだもの。奥様と言われたら私の事だと思うのが普通よ」
「……申し訳ございませんでした」

 ミオナは彼女が悪いわけではないのに何度も何度も謝ってくれた。
 ひとしきり謝ってくれた後は、部屋に食事を持っていくと言って、厨房のある方に走っていった。

 その背中を見ながら思った。

 この家に来ても一人ぼっちで食事をとらないといけないのね…。

 ううん。
 あんな人達と食べるなら一人の方がマシよね。

 そう考えて、部屋に戻りながら考える。

 私の家族は私をいじめる事によって、ストレスを解消していた。
 自分よりも不幸な人間を見る事は幸せな気持ちになるのでしょう。

 きっとシェーラ様にも嘘の噂を伝えて、私をいじめるように仕向けたんでしょうね。

 ビューホ様に離縁してもらって、持参金のお金で家を借りたいところだけれど、女性が家を買ったり借りたりするには、この国では保証人が必要になる。
 残念ながら、私には保証人になってくれる人がいない。
 何より、持参金を全て自分のものに出来たとしても、そのお金だけでは、一生暮らしていけるはずがない。
 こうなったら、私は私で自分の居場所を見つけなくちゃ…。
 実家には二度と戻ってくるなと言われているし、ここを出て行かなければいけなくなったら、私には行くあてがない。

 お飾りの妻が必要じゃなくなる日がこないとは限らないのだから、その日に備えて今から動いておくべきよね。

 自由にしても良いと言われているし、昼からはトライト伯爵領の隣にあるイシュル公爵領に足を運ぶ事に決めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王子様への置き手紙

あおた卵
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯

新婚初夜に『白い結婚にしてほしい』と言われたので論理的に詰めたら夫が泣きました

ささい
恋愛
「愛人がいるから、白い結婚にしてほしい」 政略結婚の初夜にそう告げた夫ルーファス。 妻カレンの反応は—— 「それ、契約不履行ですよね?」 「あなたの感情論、論理的に破綻してますよ?」 泣き落としは通じない。 そして初夜の翌朝、夫は泣いていた。 逃げ道は全部塞がれ、気づけば毎日論破されていた。 これは、論破され続けた夫がなぜか幸せになる話。

白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

結婚後、訳もわからないまま閉じ込められていました。

しゃーりん
恋愛
結婚して二年、別邸に閉じ込められていたハリエット。 友人の助けにより外に出ることができ、久しぶりに見た夫アルバートは騎士に連行されるところだった。 『お前のせいだ!』と言われても訳がわからなかった。 取り調べにより判明したのは、ハリエットには恋人がいるのだとアルバートが信じていたこと。 彼にその嘘を吹き込んだのは、二人いたというお話です。

記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛

三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。 ​「……ここは?」 ​か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。 ​顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。 ​私は一体、誰なのだろう?

「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。

海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。 アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。 しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。 「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」 聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。 ※本編は全7話で完結します。 ※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。

数多の令嬢を弄んだ公爵令息が夫となりましたが、溺愛することにいたしました

鈴元 香奈
恋愛
伯爵家の一人娘エルナは第三王子の婚約者だったが、王子の病気療養を理由に婚約解消となった。そして、次の婚約者に選ばれたのは公爵家長男のリクハルド。何人もの女性を誑かせ弄び、ぼろ布のように捨てた女性の一人に背中を刺され殺されそうになった。そんな醜聞にまみれた男だった。 エルナが最も軽蔑する男。それでも、夫となったリクハルドを妻として支えていく決意をしたエルナだったが。 小説家になろうさんにも投稿しています。

【完結】私のことが大好きな婚約者さま

咲雪
恋愛
 私は、リアーナ・ムスカ侯爵子女。第二王子アレンディオ・ルーデンス殿下の婚約者です。アレンディオ殿下の5歳上の第一王子が病に倒れて3年経ちました。アレンディオ殿下を王太子にと推す声が大きくなってきました。王子妃として嫁ぐつもりで婚約したのに、王太子妃なんて聞いてません。悩ましく、鬱鬱した日々。私は一体どうなるの? ・sideリアーナは、王太子妃なんて聞いてない!と悩むところから始まります。 ・sideアレンディオは、とにかくアレンディオが頑張る話です。 ※番外編含め全28話完結、予約投稿済みです。 ※ご都合展開ありです。

処理中です...