落ちこぼれ令嬢ですが新天地で幸せに暮らします!

風見ゆうみ

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1   落ちこぼれ令嬢、婚約破棄される 

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 今日は隣国であるオブラン王国の王太子殿下の誕生日パーティーに、ブツノ王国の第二王子のシドロフェス・ドルーカ殿下のパートナーとしてやって来ていた。

 兄のゼッシュは特別ゲストとして招待されており、恋人の子爵令嬢のポメラ・ブライトンと出席している。両親はゼッシュの結婚相手に子爵令嬢は駄目だと反対しているが、ゼッシュはポメラに夢中になっており婚約者を作ろうとしない。両親はゼッシュには甘いので、今はまだ様子見をしているところのようだ。

 オブラン王国は山に囲まれていて平地が少なく、作物が育ちにくい気候や地形だ。農産物についてはブツノ王国をメインとした他国からの輸入に頼っている。山々のほとんどが鉱山のため国民の多くは、ちょうど真ん中の位置に当たる平地に固まって暮らしており、王城はちょうど中心部にある。お互いの国にないものを持っているブツノ王国とオブラン王国は助け合い、何百年も有効な関係を築いていた。

 頭上にはキラキラと光る大きなシャンデリア。立食エリアにはステーキなどの豪華な食べ物が机の上にところ狭しと並べられ、パーティー会場は活気にあふれている。
 
 癒やしの力を持っている人間は、オブラン王国には存在しない。だから、私とゼッシュは物珍しい存在だった。

「あそこにいらっしゃるのはゼッシュ様ね。人にはない力を持っていらっしゃるだけでなく、容姿も本当に素敵だわ」

 私の隣に立っているゼッシュを褒める声が、どこからか声が聞こえてきた。どこからか、というのは人が特定できないくらいに、私たちの周りには人が集まっているからだ。
 ゼッシュは中肉中背の体形にブロンドの髪に青色の瞳を持つ、女性的な顔立ちの美青年だ。普段はおろしている前髪を今日は全部あげているので、いつもなら幼く見える彼が今日は少しだけ大人っぽく見える。
 彼の双子の妹である私、アビゲイルは痩せ型の体形シルバーブロンドの髪にエメラルドグリーンの瞳を持ち、顔立ちはゼッシュと似ているはずなのだが華やかさがないと言われる。成長するにつれて彼だけが美しくなってしまったこともあり、余計に両親は私のことを嫌うようになった。

 汚いものを近くに置いておくのは嫌なんだそうだ。

「隣にいらっしゃるのはアビゲイル様よね? こんなことを言っては失礼かもしれないけれど似ていないわね。本当に双子なのかしら」
「それはそうよ」
「でも、アビゲイル様は癒しの力が使えないんでしょう?」
「本当にあなたは失礼ね。アビゲイル様だって癒しの力は使えるわ。けれど、ゼッシュ様のようには使えないだけと聞いているわ」

 ここまではっきり会話が聞こえてくるということは、わざと私に聞こえるように言っているようにしか思えない。ため息を吐くと、それに気がついたゼッシュが苦笑して話しかけてくる。

「外の空気を吸いに出ないか。ポメラもシドロフェス殿下は中庭で休憩していると言っていたし、僕らも行こう」
「そうね。ありがとう」

 気を遣ってくれたのだとわかってお礼を言うと、ゼッシュはにこりと微笑んだ。

 私が五センチのヒールを履いていることもあり、同じ目線になっているゼッシュは、周りに少し休憩をさせてもらうと声をかけてから歩き出した。
 早足で中庭に向かおうとするゼッシュに、今度は私が苦笑する。ポメラが自分以外の男性といることが気に入らないのだろう。

 こんなにも愛されているポメラが羨ましいわ。

 ポメラもゼッシュのことが好きで二人は両想いなのだと、この時までは思っていた。

 騒がしかったパーティー会場を出るとすぐ、中庭に続く小道が見えた。先ほど、二人が休憩するために中庭に行くという話をしていたので、私たちは外灯に照らされた道を歩きだした。

「あのお二人、情熱的だったわね」
「暗闇ではっきりとは見えなかったが、あれは隣国の王子じゃなかったか?」
「そんな! 馬鹿なことを言わないほうがいいわよ!」
「でもなぁ……」

 私たちとすれ違った若い男女がそんな話をしているのを聞いて、私の胸に嫌な予感がよぎった。

 ポメラはゼッシュが好きだと言っているけれど、シドロフェス殿下は私のことを好きだと一度も言ってくれたことがない。私たち四人は全員が同じ年で一緒にいることが多い。可愛らしい容姿のポメラのことを、シドロフェス殿下が褒めていたことを思い出した。

 まさか、ポメラを口説いていたりしないわよね?

 いくら王子といえども、彼は第二王子だ。特別な力を持っているゼッシュは王太子殿下と同等の権力を与えられているので、格上の婚約者に対して、そんな馬鹿なことはしない。

 そう思っていたのに、現実は残酷なものだった。

 話を聞いた私たちが急ぎ足で向かった先に、柔らかな光を放つ外灯に照らされているベンチがあった。少し離れた場所にいるので、誰かがいることは分かるが顔ははっきりとしない。ゆっくりと近づいていくと、男女が抱き合っている姿が見えた。

「……嘘だろ」

 ゼッシュの声が震えていることがわかり、まだ顔がはっきりと確認できていないのに、私にも二人が誰だか分かった。
 ベンチに座って抱き合い、濃厚な口づけを交わしていたのは、ポメラとシドロフェス殿下だった。

「ふざけるな!」

 ゼッシュが叫んで駆け寄っていくと、二人は慌てて身を離し、何にもなかったかのような顔をする。

「ど、どうしたんだゼッシュ。私たちは休憩していただけだぞ」
「ゼッシュ、どうかしたの? どうして怒っているの? もしかして何か勘違いしているんじゃない?」
 
 青色のドレスに身を包んだポメラは茶色のふわふわの髪をなびかせながら、ゼッシュの胸に頬を寄せた。私はベンチに座って苦笑しているシドロフェス殿下に近づいて尋ねる。

「お二人は今、何をしておられたのですか?」
「……何もない……と言いたいところだが、もう無理だ!」

 シドロフェス殿下は整った顔を歪め、金色の瞳を私に向けて叫ぶ。

「ポメラと私は先ほどまで何度も口づけを交わし、愛を語らっていた。私はポメラを愛している!」

 シドロフェス殿下は立ち上がり、私の鼻に右手の人差し指を突きつけて続ける。

「私が君を愛せないのは私のせいじゃない! 君が落ちこぼれだからだ! 癒しの力が使えなくても美しくて優しいポメラに惹かれるのは仕方のないことなんだ!」

 優しい? ポメラが? 親友の婚約者を奪う人が優しいの? ブツノ王国の国民性とやらを体現しているような人ね。

 シドロフェス様の中で私は落ちこぼれなのかもしれない。かといって浮気を開き直ることは間違っている。そう思った私が口を開こうとした時、ゼッシュがポメラに話しかける。

「どういうことなんだよ。どうして僕を裏切ったんだよ!」
「ご、ごめんなさい、ゼッシュ! ポメラはゼッシュのことも好きだけど、シドロフェス様のことも好きなのっ!」

 まるで魅了魔法でもかかっているかのように、可愛らしい顔立ちのポメラは水色の瞳を潤ませてゼッシュを見上げる。

 もう無茶苦茶だわ。ポメラは二股をかけているとうこと?

「こうなった以上は仕方がない」

 シドロフェス様は大きく息を吐いて高らかに宣言する。

「俺はポメラ以外は愛せない。彼女への誠実な思いを込めて、アビゲイルとの婚約を今この場で破棄する!」

 信じられない。第二王子のくせに、私と婚約させられた意味がわかっていないのね。このことをブツノ王国の両陛下が知ったら、なんとおっしゃるのかしら。そう思ったが、勝手な判断をしたシドロフェス様なので、彼がどうなろうが私の知ったことではない。

「第二王子殿下の仰せのままに」

 答えた瞬間、私の左頬に衝撃が走った。

「アビゲイル! 全部お前のせいだ!」

 私の頬を打ったゼッシュは涙を流しながら叫んだのだった。

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