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05. 気持ち悪い婚約者

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 リリアナが聖女に認定され、塔に住むようになってから2日が過ぎた。

 開かれた歓迎会で教えられたのだが、オーブリー以外は全て学生の為、オーブリーだけ移動するわけにもいかないので、今はこの地を拠点としているらしかった。

 そして、彼女の力は恐れられていたものとは違い、平均どころか歴代ワーストといっても良いくらいに聖女の力は弱く、それを知った周りの人間は胸をなで下ろした。

 それはリリアナも同じだった。

 聖女の力が他よりも強いと認定された3の数字を持つ聖女は過去では迫害され、酷い場合は牢に一生閉じ込められていた事もあった様だった。
 それを教えてくれたのは、彼女の専属護衛になったアッシュだった。

 アッシュは3の数字を持つ聖騎士の代わりにリリアナの護衛として魔道士協会から選ばれたらしく、愛想は悪いが、リリアナには何だかんだと優しかったし世話焼きだった。

 そんなアッシュは年齢がリリアナの1つ下なのだが、今まで学園に通っていなかった事もあり、彼女と同じ学年のクラスメイトとして学園に通う事になった。

 アッシュは学園に通っていなかったが、リリアナよりも多くの事を知っていたからというのもあったし、何よりリリアナの護衛なのだから、傍にいなければ意味がないからだ。

 アッシュは独学で勉強していて、リリアナの学年に入っても勉強についていけるという事もあった。

 今日から学園に通う事になったリリアナは、朝、教会の建物の前で送迎をしてくれる馬車が来るのを、アッシュと共に待っていた。

 男性は紺色のブレザーにズボン、白シャツに紺色のネクタイ。
 女性は紺色のブレザーにプリーツスカート、白シャツに紺色のリボンでネクタイとリボンの色は学年によって変わるのだと聞いた。
 
「嬉しそうにしてるな」
「だって、ワクワクするじゃない? どんなところかしら? あ、でも、いじめられたらどうしよう」
「心配しなくても、リリアナは聖女なんだから、皆にチヤホヤしてもらえる」
「そうかしら」
「そうだから心配すんな」
 
 苦笑するアッシュに「ごめん」と謝ったところで、フェナン達がやって来た。

 フェナン達3人はリリアナ達の1つ上の学年で赤色のネクタイとリボンだった。

 カトリーヌがリリアナを見て、小さな声で言う。

「おはよう…ございます…」
「おはよう」
 
 リリアナとアッシュが挨拶をすると、フェナンが笑顔で言う。

「おはよう、2人共。アッシュ、護衛だからというのはわかるが、リリアナは僕の婚約者なんだ。あまり近付かないでくれ」
「近くにいないと守れませんが?」
「魔道士なんだから遠距離でも守れるだろう。まあいい。アッシュは一人で来るんだ。リリアナ、君は僕と一緒に行こう」

 手を差し出され、リリアナは渋々といった気持ちを隠して、彼の手に自分の手を置いた。

(この人、私の事を所有物だと勘違いしていないかしら。結婚したら、もっと酷くなりそうなんだけど…。それにアッシュへの敵対心もどうにかならないの? 態度が悪すぎない?)

「リリアナはさ、もっと危機感を持った方が良いと思うな」

 学園に向かう馬車の中で、向かいに座ったフェナンは笑顔で続ける。

「魔道士も僕らと同じ立場でもあるけどさ、彼は護衛なんだよ。あんまり仲良くしてちゃ駄目だ」
「……申し訳ございませんでした」
「ああ。悲しませるつもりじゃないんだ。そんな顔をしないでくれよ」

 馬車は動いているというのに、フェナンは立ち上がり、リリアナの隣に座ると、彼女を抱きしめてきた。

「可愛いね、リリアナ。だから、アッシュにはあまり近付かないで」
「では、護衛を替えていただくしかないんだけど…」

(どうして抱きしめてくるの? 意味がわからない! だけど我慢、我慢よ!)

 頭の中ではそんな事を叫びながら、リリアナは冷静に言うと、フェナンは表情を歪める。

「それは無理なんだ。公爵家では魔道士協会には勝てないから」

 フェナンは大人しくしているリリアナの頭に頬を寄せて続ける。

「浮気なんてしないでね。君は僕の婚約者なんだから…」

(浮気をするつもりはないけれど、何だか気持ち悪いわ、この人…。っていうか、どこを触ってるのよ!)

 フェナンは空いている手でリリアナの太腿を撫で回していた。

 突き飛ばしたい気持ちはあったが、相手は公爵令息だ。
 しかも自分の婚約者でもある。
 リリアナはフェナンが自分の体をまさぐってくる気持ち悪さを何とか歯を食いしばってこらえた。

「アッシュ!」

 苦痛の時間が終わり、リリアナは先に着いていたアッシュの元へと走った。

「どうした? えらく眉間にシワが寄ってるぞ」
「ねえ、アッシュ、痴漢を撃退する良い方法ってないかしら」
「はあ? 痴漢?」

 聞き返したアッシュだったが、すぐに表情を深刻なものに変える。

「あいつに何かされたのか?」
「何かというか…」

 学園の事務員に職員室まで案内してもらいながら話をしていた為、詳しい話は出来なかったが、アッシュはリリアナの様子を見て気が付いた様だった。

「登下校の時間は奴らと違う時間にするぞ。あと、痴漢撃退用のスプレーを作ってやる」
「本当に!? ありがとう!」

 職員室に着いた為、そこでその話は強制的にお開きになった。

 そして、アッシュが言っていた通り、リリアナを聖女だと知ったクラスメイトは休み時間になると、彼女とお近づきになろうと必死だったが、女性以外はアッシュが近付けさせなかった。
 しかも近付ける女性もアッシュの魔法で危険なものを持っていないか確認した後の女性に限られた。

 次の日からはアッシュと一緒に早くに学園に向かい、フェナンにどうしても一緒に登校をと言われた日は、スカートの中に手を入れてこようとしたフェナンをアッシュが作ってくれた唐辛子のスプレーで撃退した。

 その内、クラスにも友人が出来始め、フェナンの事以外は幸せな学園生活を送っていたリリアナだったが、ある日の晩、フェナンが彼女の部屋に訪ねてきた。

 この国では婚姻前の性交渉は貴族の女性のみ禁止されている。

 だから聖女であり貴族の娘でもあるリリアナは、フェナンを部屋に入れる事を嫌がったが、彼は言う事をきかなかった。
 その為、アッシュが同席する事になったのだが、フェナンは不満そうだった。

「信用してくれないなんて酷いな。間違いなんて起こるはずないじゃないか」
「どうでもいいです。さっさと用件を話して帰ってください」
「君に話をしに来たんじゃない! まったく、これだから魔道士は嫌いなんだ」

 フェナンはブツブツ文句を言った後、こほんと咳払いをしてからリリアナに封筒を差し出した。

「王家からのパーティーの招待状だよ。僕のパートナーとして一緒に出席してくれるね?」
「他の皆も行くの?」
「ああ。カトリーヌはトールと、オーブリーはご主人と行くそうだ」
「…そうなの」

(それなら、断りくても断れないわね)

 嫌な予感がしたけれど、その時のリリアナには行くという選択肢しか残されていなかった。

 そしてそのパーティーの日、彼女の嫌な予感は現実のものとなる事を、この時のリリアナは知らなかった。

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