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24 ご迷惑ではないですか?

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「しっかりして下さい、旦那様!」

 水を入れたピッチャーとコップを持って戻ってくると、すぐにコップに水を入れ、旦那様の口元に持っていきます。

「自分で飲めますか? 流し込んでも大丈夫ですか?」

 執務室には枕がありませんので、ソファーの肘置きに旦那様の頭部分をのせてから聞くと、旦那様が息を荒くしながらも頷かれたので、開かれた口に、ゆっくりと水を流し込みました。

 まず、水を欲するという事はもしかして…。

「旦那様、もしかして毒を盛られましたか…?」
「……たぶんな」
「耐性のあったものなんですね?」
「だから生きてる…」

 旦那様が毒を口にしたのは、きっと、夜中か朝の事ですから、それから何時間もたっているはず。
 耐性がなければ今頃は…。

「どうして助けを求めなかったんですか」
「苦しくて…動けなかった…。すまない…」
「……私こそ申し訳ございません。旦那様がこんな風になっていたのに…、気付いて差し上げる事が出来ませんでした」
「…君が謝る事じゃない…」

 旦那様が片方の前足を私の手の上に置いて言った後、苦しそうな状態のまま言います。

「少しの間、目を閉じる。死んだわけではないからパニックにならないでくれ」
「旦那様、体を動かしても良いでしょうか? ベッドの方が少しは楽なはずです」
「…あまり、…動きたくはないのだが…」
「旦那様に動いて下さいだなんて言いません。運んでもらいます。旦那様は目を閉じていてくださって大丈夫ですよ」

 私の手の上に置かれた前足の上に、私のもう片方の手をのせると、旦那様はゆっくりと目を閉じられました。
 毛で隠れている目ではありますが、開いているか閉じているかくらいはわかります。

 私は静かに旦那様の前足を私の手からおろすと、旦那様をベッドに運んでもらう為に、慌てて使用人を呼んだのでした。

 数時間後、旦那様が人に戻られたところで、お医者様を呼び、診断してもらったところ、詳しい事は調べてみないとわからないけれど、旦那様が言っておられた通り、毒を口にしてしまったのではないか、という事でした。

 旦那様の体は毒と戦っているのか、高熱が出ていて、会話が出来る状態ではなく、とても苦しそうです。
 私に何か出来る事はないかと考えましたが、看病はメイド達がやってくれますし、苦しそうにしている旦那様を見ている事しか出来ません。

 何か、何かないものでしょうか…。
 そう考えて出した答えを行動に移してみる事にしました。
 私が同じ事になった時は、それをしてもらって、気持ちが楽になりました。
 かといって、全ての人がそうではないはずです。
 私のする事が旦那様にとって、迷惑にならなければ良いのですが…。

「……エレノア?」

 行動に移したのは夜だった為、名前を呼ばれて目を開けると、部屋の中は太陽の光で明るく、目を旦那様の方に向けると、ぼんやりとした表情の旦那様が目に飛び込んできました。

「おはようございます、旦那様。具合はどうですか?」
「お、おはよう…」

 私から触れるのは大丈夫ですので、顔色の良くない旦那様の頬に手を当てると、なぜか旦那様の顔がみるみる内に赤くなっていきます。

「だ、旦那様!? まだ、お熱が下がりませんか? 誰か呼んできますね!」
「い、いや、大丈夫だ! だから、もう少し、このままでいてくれないだろうか…」
「かまいませんが、ご迷惑ではないですか?」
「いや、目が覚めた時に、エレノアの寝顔があって、とても安心できた」
「勝手に一緒に寝てしまって申し訳ないです」

 私が旦那様の為にした事は、同じベッドで一緒に眠る事でした。

 病気で苦しいときに、一人にしてほしいと思っても、いざ、一人ぼっちにされると、何だか心細かったんです。
 でも、家族が傍にいてくれると、安心して眠れたのを思い出して、私では意味がないかもしれませんが、一緒に眠る事にしたのです。

 これが、接触や空気感染する様な病気では駄目ですが、旦那様の場合は毒でしたから出来た事です。

「安心できたと言ったろう?」
「そう言っていただけると有り難いです。病気の時は心細くなりますから」

 笑顔で言ってから、起き上がろうとすると、旦那様に止められてしまいます。

「もう少し、このままでいてほしいと言ったじゃないか」
「ですが、旦那様も喉が乾いているのではないですか? 熱を出されていましたし、水ではなく、果実ジュースなど、栄養のありそうなものをお持ちしますよ?」
「いや、いい」
「…どうかされたのですか…? そういえば、旦那様はどうして毒を…?」

 考えてみたら、うっかり毒を口にしてしまった、なんて事はありえません。
 ですから、身を起こしたまま尋ねると、旦那様は大きく息を吐いてから答えてくださいます。

「いつも俺は夜中は眠気覚ましにお茶を飲む様にしているんだが、夜中に入れてもらうわけにはいかないから、ポットに入れておいてもらっているんだ。その中に毒が含まれていたようだな」
「それは、大変です! 毒を入れた人間を探し出さなくてはいけません! あ、でも、どうして旦那様は犬化していたのです?」
「耐性のある毒だったから、死なずには済んだが、助けを呼べなかった。すると朝方に、ローラが部屋にやって来たんだ」
「ローラ様が…?」

 どうして、ローラ様が?

「俺が死んだか確認しに来たみたいだった。でも、俺が苦しんではいたが生きているのを見てガッカリしていた」
「そんな、酷いです!」
「ローラが俺に触れてこようとしたので、何をされるかわからんと無意識に手をはらったら犬化してしまった。そのまま帰ってくれて良かった。犬化した方が身の危険が高かったからな」
「ローラ様は一体、何を考えておられるのでしょう」
「わからんが、はっきりとした事が言えるのは、ローラに買収された使用人がいるという事だ」

 旦那様は厳しい表情で、そう言ったのでした。
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