【完結】捨てられた私が幸せになるまで

風見ゆうみ

文字の大きさ
2 / 28

1  はじまり

しおりを挟む
 今から12年ほど前の事。
 
 プロンプディアという国の小さな町に、とある家族が暮らしていた。
 決して裕福ではなかったけれど、暮らしていけないほど貧乏でもないという、大して珍しくもない、とてもありふれた家族だった。 

 しかし、そんな家族に悲劇が襲う。

 5歳になる娘が、突然、何者かに連れ去られたのだ。

 いつもなら一緒に遊び、家まで一緒に帰ってくれていた兄が、その日に限って、友人と遊びに行ってしまい、広場で一人残された少女が一人になってしまった。
 家に帰ろうとした少女だったが、突然目の前に現れた男に、いとも簡単に連れ去られてしまった。

 その少女というのが私、レティアだ。

 私が連れ去られた理由は、ある公爵令嬢の身代わりにする為だった。

 プロンプディア国は、1000年ほど前に、南と北で分断された。

 その当時は、貴族社会ではあったが、魔力量が優先される世界でもあった為、平民でも貴族に意見できる人間が多くいた。
 それを疎ましく思った貴族が、魔力を特に有する魔道士を次々と暗殺していく事件が起き、それに反発した魔道士と平民が力を合わせて貴族と戦い、貴族側が南の土地を魔道士側に渡す事で和平を求めた。

 多くの平民が南の地に移ったが、貴族側に付く平民、魔道士もいて、その地に残ったものもたくさんいた。

 しかし、1000年も経つと、北の地より南の地に移りたがる平民、魔道士が増え、人口の流出が止まらなくなった。

 王家や貴族の為に働く平民がいなくなる事を恐れた王族は、南と北の境界線に魔法の結界を張り、一箇所だけ関所を設けた。

 それ以外の場所から、南の地へ移ろうとすると、すぐに捕まり、ひどい場合は牢屋に入れられる。
 捕まる際に抵抗すれば、殺されてしまう事もあった。

 その為、王族や貴族への反感の声が北側の民から増え、分断を無くす為の妥協案として、北側の姫、もしくは公爵家の長女を南側の大魔道士の息子に嫁がせるという事になった。

 なぜ、そうなったのかというと、王家側が、事実上、魔道士側に対して、敗北を認めたからだ。
 人質を渡すことにより、自分の地位を守ろうとしたのだ。

 王家の姫は、大魔道士の息子と年齢が合わず、公爵家の娘が、まずは婚約者として、大魔道士の息子、レイブンと顔を合わせる事になった。

 けれど、その公爵家、ヘーベル家は夫妻共に魔道士が大嫌いだった。

 いや、大嫌いどころはでなく、侮蔑の対象だった。

 可愛い娘を魔道士の息子と結婚などさせたくなかったヘーベル公爵は、王家からの命令を拒んだ。

 しかし、王家はヘーベル公爵にこう言った。

 拒むというのであれば、ヘーベル家の代わりに、ドープ家の娘を差し出そう。

 その代わり、ヘーベル家に任せている鉱山の管理をドープ家に任せる…と。

 鉱山の管理はヘーベル家はほとんど何もしていなかった。
 末端の人間に任せ、お金だけ彼の手元に入ってきていた状態だった。

 しかも、それは莫大な金額だった。

 それを惜しんだヘーベル公爵は娘を差し出す事を承諾した。

 けれど、それは表向きだ。

 人を雇い、娘に似た体型、顔の少女を探し、私を見つけ出すと拉致をさせ、レイブンに会う時だけ、私がレティシア様という事にしようとしたのだ。

 5歳の私は、何がなんだかわからなかった。

 だから、無理やり連れて行かれる際に泣きわめいたりしたけれど、お兄ちゃんが待っていると言われて、なぜか納得してしまったのだ。

 屋敷に着くと、今までに見た事のない、美味しそうなお菓子をいっぱいもらい、お腹いっぱいになって眠ってしまった。

 そして、気が付いた時には、屋敷の屋根裏に監禁されていた。

 目を覚ました私の目の前に、漆黒の艶のある髪、少しウェーブのかかった長い髪の少女が現れた時には驚いた。

 なぜなら、髪型が違うだけで、彼女と私は瓜二つだったからだ。

「こんな不細工な子がわたしの代わりなの?」

 レティシア様の第一声はそれだった。

「わたし、この子きらーい」

 レティシア様が私を指さして言うと、私の頬を、隣りにいた彼女の兄が殴った。

 それからは辛い日々が続いた。

 家族に会いたいと泣けば殴られた。
 しかも、服で隠されて見えない場所を。

 ヘーベル兄妹は、私をいじめる事を遊びにしていた。

 殴ったりしてはいけないと両親に言われていたからか、どれだけ多く、私を侮辱する言葉を言えるかを競っていた。

 泣けば、二人に手を叩いて笑われた。

 だから、すぐに私は泣く事を止めた。
 そして、何も言わなければ、大して痛い目に合わないという事を覚えた。
 
 そして、7歳になった頃、私はヘーベル家に拉致されて初めて、屋敷の外に出る事が許された。

 今まで着た事のない、綺麗なドレスを着せられた、その日がレイブン・ニーソンと初めて出会った日だった。

 その日は彼の10歳の誕生日で、3つ年上の彼は、私の中で、離れ離れになった兄を思い起こさせた。

 レイブンは、褐色の髪に同じ色の瞳、やんちゃそうな顔立ちで、とても肌の色が白かった。

 病気かと思って、私は話しかけた。

「とっても、色が白いのね。病気なの?」
「うるせぇな。どうでもいいだろ」

 お兄ちゃんもそんな口調だった様な気がする。

 そんな事を思い出して、家族に会いたくなって、涙がこぼれた。

「ど、どうしたんだよ!?」

 レイブンは焦って、私に近寄ってくると、顔を覗き込んできた。

「レイブン、謝りなさい。ごめんな、ちゃん」
「いいえ」

 レイブンのお父様が黒の長いローブを揺らしながら近づいてきて、腰を折り曲げると、優しく頭を撫でてくれた。

 そんな事をされたら、もっと涙が出た。

 なぜなら、ヘーベル家に連れて来られてから、感じた事のない温もりを感じたから。

 私に触れたレイブンの父、シブン様は、なぜか驚いたように手を引っ込めたけれど、すぐに優しい表情になって、私の傍にしゃがむと、大きな親指で、私の涙を拭ってくれた。

「頑張ってくれてるんだな。俺達の為にすまない。申し訳ないが、このまま耐えてくれないか。あと、10年後には、レイブンが君を迎えに行くから」

 この時の私は、シブン様が何を言っているのかわからなかった。

 何より、シブン様がレイブン様に視線を向けた時、私に付いてきていた侍女から、背中を軽く足でつつかれたから、話題を変えなければならなかったからだ。

 そして、月日が流れていく内に、私とレイブンの距離はどんどん近付いていった。

 30日に一度、彼の住む屋敷に会いに行く。
 彼がいつもヘーベル家の屋敷の前に転移魔法でやって来て、私を連れて彼の家まで連れて行ってくれた。

 レイブンは魔力が高い事もあり、体内に流れる人の魔力を感じられるらしく、私の魔力がとても心地よいと言ってくれ、18歳の彼の誕生日に、欲しいものは何かと聞くと、私だと言ってくれた。

 レティシア様とレイブンの結婚は、私と同じ年である、レティシア様が18歳になってからと決められていた。
 だから、その時まで、まだあと3年あった。

 その3年が、その時は、とても長く感じられた。

 なぜなら、その頃の私は、レティシア様の兄である、フォーウッド様に女性として意識され始めていたからだ。

 それまではフォーウッド様から言葉の暴力はあっても、体を触られるという事はなかった。
 けれど、私が14歳になった頃から、なぜか、彼は私の体にわざと触れてくる様になった。
 
 ただ、二人きりになる事が絶対になかったので、身の危険とまではならなかったが、とても怖かった。

 私が17歳になる頃には、レイブンも20歳になり、将来の話をし始めて、もう少しで自由になれると、安易な期待を抱き始めていた。

 私はレティシア様ではなく、レティアだという事を、レイブンの前ではすっかり忘れてしまっていたのだ。
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】以上をもちまして、終了とさせていただきます

楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。 伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。 そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。 「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」 神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。 「お話はもうよろしいかしら?」 王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。 ※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m

【完結】真の聖女だった私は死にました。あなたたちのせいですよ?

恋愛
聖女として国のために尽くしてきたフローラ。 しかしその力を妬むカリアによって聖女の座を奪われ、顔に傷をつけられたあげく、さらには聖女を騙った罪で追放、彼女を称えていたはずの王太子からは婚約破棄を突きつけられてしまう。 追放が正式に決まった日、絶望した彼女はふたりの目の前で死ぬことを選んだ。 フローラの亡骸は水葬されるが、奇跡的に一命を取り留めていた彼女は船に乗っていた他国の騎士団長に拾われる。 ラピスと名乗った青年はフローラを気に入って自分の屋敷に居候させる。 記憶喪失と顔の傷を抱えながらも前向きに生きるフローラを周りは愛し、やがてその愛情に応えるように彼女のほんとうの力が目覚めて……。 一方、真の聖女がいなくなった国は滅びへと向かっていた── ※小説家になろうにも投稿しています いいねやエール嬉しいです!ありがとうございます!

とある令嬢の優雅な別れ方 〜婚約破棄されたので、笑顔で地獄へお送りいたします〜

入多麗夜
恋愛
【完結まで執筆済!】 社交界を賑わせた婚約披露の茶会。 令嬢セリーヌ・リュミエールは、婚約者から突きつけられる。 「真実の愛を見つけたんだ」 それは、信じた誠実も、築いてきた未来も踏みにじる裏切りだった。だが、彼女は微笑んだ。 愛よりも冷たく、そして美しく。 笑顔で地獄へお送りいたします――

〈完結〉伯爵令嬢リンシアは勝手に幸せになることにした

ごろごろみかん。
恋愛
前世の記憶を取り戻した伯爵令嬢のリンシア。 自分の婚約者は、最近現れた聖女様につききっきりである。 そんなある日、彼女は見てしまう。 婚約者に詰め寄る聖女の姿を。 「いつになったら婚約破棄するの!?」 「もうすぐだよ。リンシアの有責で婚約は破棄される」 なんと、リンシアは聖女への嫌がらせ(やってない)で婚約破棄されるらしい。 それを目撃したリンシアは、決意する。 「婚約破棄される前に、こちらから破棄してしてさしあげるわ」 もう泣いていた過去の自分はいない。 前世の記憶を取り戻したリンシアは強い。吹っ切れた彼女は、魔法道具を作ったり、文官を目指したりと、勝手に幸せになることにした。 ☆ご心配なく、婚約者様。の修正版です。詳しくは近況ボードをご確認くださいm(_ _)m ☆10万文字前後完結予定です

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

絶望?いえいえ、余裕です! 10年にも及ぶ婚約を解消されても化物令嬢はモフモフに夢中ですので

ハートリオ
恋愛
伯爵令嬢ステラは6才の時に隣国の公爵令息ディングに見初められて婚約し、10才から婚約者ディングの公爵邸の別邸で暮らしていた。 しかし、ステラを呼び寄せてすぐにディングは婚約を後悔し、ステラを放置する事となる。 異様な姿で異臭を放つ『化物令嬢』となったステラを嫌った為だ。 異国の公爵邸の別邸で一人放置される事となった10才の少女ステラだが。 公爵邸別邸は森の中にあり、その森には白いモフモフがいたので。 『ツン』だけど優しい白クマさんがいたので耐えられた。 更にある事件をきっかけに自分を取り戻した後は、ディングの執事カロンと共に公爵家の仕事をこなすなどして暮らして来た。 だがステラが16才、王立高等学校卒業一ヶ月前にとうとう婚約解消され、ステラは公爵邸を出て行く。 ステラを厄介払い出来たはずの公爵令息ディングはなぜかモヤモヤする。 モヤモヤの理由が分からないまま、ステラが出て行った後の公爵邸では次々と不具合が起こり始めて―― 奇跡的に出会い、優しい時を過ごして愛を育んだ一人と一頭(?)の愛の物語です。 異世界、魔法のある世界です。 色々ゆるゆるです。

処理中です...