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6 公爵令息の願い
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公爵家の嫡男のアルフは一つ年上だが、幼い頃は私と同じ学年に通っていた。彼は生まれた時から標準よりも体が小さく、普通の子の成長よりも1年以上遅れているように見えた。
公爵家の近くにある学園よりも私たちが通う学園のほうが自然が多く、医療制度も整っていたため、アルフは近くの別荘から学園に通っていた。
そんな彼と知り合ったのは入学式の時だった。その頃のアルフは気が小さくていつも俯いていた。体も小さいし顔立ちが女の子みたいだったから、公爵令息という立場がどんなものかピンときていない子供にとって、いじめの対象となってしまった。
そこへしゃしゃり出たのが私だった。両親から自分より弱い者は自分の身が危険にならないのであれば助けるべきだと教えられていた。でも、その時の私はいじめられている人は助ける! そんな単純な思考しかなかった。
同学年の男子であれ、体はやはり向こうのほうが大きい。それでもいじめが許せなかった私は取っ組み合いの喧嘩をして、男の子たちに勝った。
今となっては暴力で解決するべきものではなかったと思うが、その時はお互いに話し合うという頭はない。
結局、学園側から連絡が行き、相手の親が私とアルフの家に泣きながら謝りに来た。
相手の家は男爵家と子爵家だったから、顔が真っ青になっていたのをよく覚えている。
私の両親は、護身ではなくやり過ぎた部分もあり喧嘩両成敗ということになったが、アルフの家は許さなかった。
子供の喧嘩だと陰で言う人もいたが、相手は公爵家だ。何の制裁もしないわけがなく、アルフをいじめた相手は入学してすぐに転校を余儀なくされた。そして、彼らの両親も社交界から冷たい目で見られることになる。
彼らがやってはいけないことをしただけだが、制裁を下したアルフの家のことを、よくわからないけど怖いと感じた子供たちはアルフに近寄らなくなった。
そんな彼が成長して、本来の学年に通うようになるまで、私はアルフと一緒にいた。というか、寂しそうにしている彼の隣にただ座っていた。そして、その時に私はガンチャと会っている。
その時の私はアルフを守らなくちゃと思っていたから、剣技に長けているガンチャに惹かれたのかもしれない。
漆黒の髪に金色の瞳を持つアルフは、今では私を見下ろすくらい背が高くなっていて、可愛かった顔も美形に変化していた。過去のことを思い出していた私に、アルフは眉をひそめる。
「アリアナ、聞いてる?」
「うん。聞いてます! アルフ、もしかしてあなたにも今で言えば未来の記憶があったりする?」
「……アリアナも記憶があるのか?」
アルフはショックを受けたような顔をして、私を見つめた。
「とにかくアルフ、座って話をしましょう」
応接室の中に入ったはいいものの、立って話をしていたため促すと、アルフは大人しくソファに座った。ベルを鳴らしてメイドを呼び、お茶を淹れてもらう。その間、アルフは黙り込んでいたが、人払いをして二人きりになると口を開いた。
「婚約者以外の男性と二人きりになるのはよくないんじゃないのかな」
「家の中の話だもの。私たちや使用人が話さなければ誰もわからないわ。私たちの間にやましいことがあったら駄目だけどね」
「僕は婚約を破棄してくれってお願いしてるんだけど、それはいいの?」
「私のことを思ってのことでしょう? 私ね、ガンチャに首を絞められている時、護身術を勉強していたあなたのことを思い出したの。これって浮気かしら?」
わざとおどけてみせると、アルフは眉尻を下げる。
「辛かったよな」
「……うん」
彼の言葉に目頭が熱くなった。
辛かった。悲しかった。いつも泣いて発散する私なのに、それができていなかった。
自然と涙がこぼれ落ちて頬に流れる。すると、向かいに座っていたアルフがテーブルに身を乗り出して、私にハンカチを渡してくれた。
「ありがとう」
「泣きたいだけなけばいい。だけどこれからは、君に悲しい思いをしてほしくない」
そうよ。泣いてスッキリしたら、私の未来を変えなくちゃ。
五分程涙を流したあと、もう大丈夫だと詫びを入れると、アルフは重い表情で話し始める。
「流星群の日には、ウロイカ辺境伯が君を殺したんじゃないかと目星がついていたんだ」
「え? そうなの?」
それから、アルフが話してくれたのは、ガンチャたちのなんともお粗末な話だった。
公爵家の近くにある学園よりも私たちが通う学園のほうが自然が多く、医療制度も整っていたため、アルフは近くの別荘から学園に通っていた。
そんな彼と知り合ったのは入学式の時だった。その頃のアルフは気が小さくていつも俯いていた。体も小さいし顔立ちが女の子みたいだったから、公爵令息という立場がどんなものかピンときていない子供にとって、いじめの対象となってしまった。
そこへしゃしゃり出たのが私だった。両親から自分より弱い者は自分の身が危険にならないのであれば助けるべきだと教えられていた。でも、その時の私はいじめられている人は助ける! そんな単純な思考しかなかった。
同学年の男子であれ、体はやはり向こうのほうが大きい。それでもいじめが許せなかった私は取っ組み合いの喧嘩をして、男の子たちに勝った。
今となっては暴力で解決するべきものではなかったと思うが、その時はお互いに話し合うという頭はない。
結局、学園側から連絡が行き、相手の親が私とアルフの家に泣きながら謝りに来た。
相手の家は男爵家と子爵家だったから、顔が真っ青になっていたのをよく覚えている。
私の両親は、護身ではなくやり過ぎた部分もあり喧嘩両成敗ということになったが、アルフの家は許さなかった。
子供の喧嘩だと陰で言う人もいたが、相手は公爵家だ。何の制裁もしないわけがなく、アルフをいじめた相手は入学してすぐに転校を余儀なくされた。そして、彼らの両親も社交界から冷たい目で見られることになる。
彼らがやってはいけないことをしただけだが、制裁を下したアルフの家のことを、よくわからないけど怖いと感じた子供たちはアルフに近寄らなくなった。
そんな彼が成長して、本来の学年に通うようになるまで、私はアルフと一緒にいた。というか、寂しそうにしている彼の隣にただ座っていた。そして、その時に私はガンチャと会っている。
その時の私はアルフを守らなくちゃと思っていたから、剣技に長けているガンチャに惹かれたのかもしれない。
漆黒の髪に金色の瞳を持つアルフは、今では私を見下ろすくらい背が高くなっていて、可愛かった顔も美形に変化していた。過去のことを思い出していた私に、アルフは眉をひそめる。
「アリアナ、聞いてる?」
「うん。聞いてます! アルフ、もしかしてあなたにも今で言えば未来の記憶があったりする?」
「……アリアナも記憶があるのか?」
アルフはショックを受けたような顔をして、私を見つめた。
「とにかくアルフ、座って話をしましょう」
応接室の中に入ったはいいものの、立って話をしていたため促すと、アルフは大人しくソファに座った。ベルを鳴らしてメイドを呼び、お茶を淹れてもらう。その間、アルフは黙り込んでいたが、人払いをして二人きりになると口を開いた。
「婚約者以外の男性と二人きりになるのはよくないんじゃないのかな」
「家の中の話だもの。私たちや使用人が話さなければ誰もわからないわ。私たちの間にやましいことがあったら駄目だけどね」
「僕は婚約を破棄してくれってお願いしてるんだけど、それはいいの?」
「私のことを思ってのことでしょう? 私ね、ガンチャに首を絞められている時、護身術を勉強していたあなたのことを思い出したの。これって浮気かしら?」
わざとおどけてみせると、アルフは眉尻を下げる。
「辛かったよな」
「……うん」
彼の言葉に目頭が熱くなった。
辛かった。悲しかった。いつも泣いて発散する私なのに、それができていなかった。
自然と涙がこぼれ落ちて頬に流れる。すると、向かいに座っていたアルフがテーブルに身を乗り出して、私にハンカチを渡してくれた。
「ありがとう」
「泣きたいだけなけばいい。だけどこれからは、君に悲しい思いをしてほしくない」
そうよ。泣いてスッキリしたら、私の未来を変えなくちゃ。
五分程涙を流したあと、もう大丈夫だと詫びを入れると、アルフは重い表情で話し始める。
「流星群の日には、ウロイカ辺境伯が君を殺したんじゃないかと目星がついていたんだ」
「え? そうなの?」
それから、アルフが話してくれたのは、ガンチャたちのなんともお粗末な話だった。
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