次は間違えないと言われましても

風見ゆうみ

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1   束縛しようとする婚約者 

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 私が生まれたエルファイド家は、レイル王国の五大公爵家の一つです。家族構成としては父母に兄と姉が一人ずついます。私は四歳の頃からハズレー王国に嫁がされるのだと、両親から言い聞かされて育ちました。
 将来は王妃になるということで、普通の令嬢よりも早くに淑女になるための教育が始まり、お人形遊びなどの子供がするような遊びをさせてもらった記憶はありません。
 そのこともあってか現在、六歳になったばかりだと言うのに、考え方が子供離れしていると言われ、両親からも気味が悪いと言われてしまうようになっていました。
 十歳の兄と八歳の姉からも『ユミリーは変だから話したくない』と言われ、ここ一年、まともに会話した覚えがありません。

 なぜ、自分がこんな性格や考え方になってしまったのかはわかりません。生まれつきなのか、もしくはトーマス殿下が言っていたように、私は生まれ変わった人間だからなのでしょうか。

 かといって、私には彼の言うような前世の記憶などは一切ありません。それに、時間を巻き戻したとも言っていましたから、たとえ過去に戻っていたとしても、今の私に記憶があるはずもないですよね。

 初めての顔合わせから十日後、私はまたトーマス殿下と会うことになりました。前回はトーマス殿下が取り乱していて話にならなかったからです。

 大人たちは私とトーマス殿下を王城の中庭にあるガゼボに残し、城内で談笑しているようです。かれこれ、30分くらい経ちましたが、私とトーマス殿下の間に会話はありません。
 
 私より二つ年上のトーマス殿下は爽やかな顔立ちのとても細身の少年です。金色の軽くウェーブのかかった髪に水色の瞳がとても綺麗で印象深かったのですが、あの発言で外見の良さに見惚れるよりも、この先上手くやっていけるのかという不安が先にきてしまいます。

 いつまでこうしていたら良いのでしょう。湯気がのぼっていた紅茶もいつしか冷めてしまっています。
 私の機嫌を窺うかのような顔で私を見つめているトーマス殿下は一体、何がしたいのか分かりません。こちらから話しかけるしかないかと諦めて、笑顔を作ります。

「トーマス殿下、今日はお会いできて嬉しいですわ」
「僕もだよ。ずっと君のことばかり考えていた」
「……そうでしたか。あリがとうございます」

 ここでまた会話が途切れてしまいました。会話の糸口が掴めず困っていると、トーマス殿下が話しかけてくれました。

「君は僕を思い出してくれたかい?」

 夢の話をしているようです。あまり触れたくない話でしたが、覚悟を決めて尋ねます。

「先日おっしゃっていたことですが、どういうことなのでしょうか」
「そのままの通りだよ。このままいけば、僕と君は愛し合う。でも、僕はあいつに嫉妬して君を殺してしまうんだ」
「……あいつに嫉妬というのは、どなたのことを言っているのでしょう」

 夢の話にしてはしっかり覚えているのですねと感心しつつ尋ねると、トーマス殿下は苦虫を噛み潰したような顔で答えます。

「あいつだよ。あいつ」
「申し訳ないのですが、見当がつきません」

 苦笑して首を横に振ると、トーマス殿下はなぜか微笑みました。

「ユミリー、君のそういうところは昔のままだね」
「そうだったのですか」

 ここはあまり反応しないほうが良いと思い、素直に頷くだけにしました。

「君はいつも微笑んでばかりで、あまり感情を表に出してくれなかったから僕は誤解してしまった」
「……誤解というのは私が浮気をしたと思い込んだことでしょうか」
「まあ、そうなるね。それよりもユミリー、記憶が戻りそうな気配はないのかな? 僕を見て愛しく感じるとか、申し訳なく感じるとか」

 浮気をしていないのに申し訳なく感じるわけがないですよね。

 トーマス殿下の言っていることが本当にあった出来事なのでしたら、私は彼に殺されたことになります。前世の記憶があったとしたら、愛しく感じるどころか憎しみの感情を抱いてしまいそうです。

「申し訳ございませんが、今は特に何も思い浮かびませんわ」
「……そうか。じゃあ、この名前に聞き覚えはあるかな?」
「どなたでしょうか」
「ランフェス」

 ランフェスという名前は、幼なじみである公爵令息と同じです。聞き覚えがあるどころか、彼とは何度も話をしたことがあります。

「やっぱり知っているんだね」
「はい。幼なじみですし、レイル王国の五大公爵家の一つの嫡男ですから知らないはずがありません」

 ランフェス・ディリングは私と同い年の公爵令息です。私がいつかトーマス殿下の元に嫁ぐと聞いて、ハズレー王国とのパイプがほしいディリング公爵家は私に近づくために、ランフェスと仲良くさせようとしたのです。

 ランフェスも私と同じく、年齢よりもかなり考え方が大人びていて、話が合った私たちはすぐに仲良くなりました。
 そのランフェスがどうしたと言うのでしょうか。

「大人になってもランフェスと君はとても仲が良かった。学園を卒業した彼は君の専属の護衛騎士にまでなったんだ」
「公爵家の嫡男が護衛騎士ですか?」
「ああ。元々は僕との繋がりがほしくて君に近づいたんだと思う。十分に仲良くなったのに、あいつは大人になっても君のそばにいたんだ」
「ランフェスがと言うよりかは、ランフェスのお父様であるディリング公爵の考えだと思いますわ」
「……そうやって庇うんだな」
「庇っているわけではありません。事実を申し上げているのです」

 トーマス殿下はこの答えが気に入らなかったようです。テーブルに身を乗り出し、私の両頬を両手で覆って言います。

「君がそんなことをすればするほど、僕は嫉妬にかられて、ランフェスを憎んでしまう。そして、彼を殺したくなるのではなく、君を殺したくなってしまう」
「……物騒な話をするのはやめてくださいませんか」

 昔から命の危険は感じていました。ですが、それは敵対勢力などにであって、婚約者に命を脅かされるなんて御免です。
 両頬を持ち上げられた状態で、トーマス殿下に言うと、彼は私の額に自分の額を当てました。

「愛しているんだ。次は絶対に間違えない。だから、僕以外の男を見るのはやめてくれ」
「私はトーマス殿下の妻になるために生まれてきたのだと両親から教え込まれています。他の男性に恋愛感情を持つことなどありえません」

 ランフェスのことを言っているのかと思い、遠回しにはなりますが、彼とは良い友人関係であることを伝えました。
 ですが、トーマス殿下の求めていた答えは違いました。

「そんなことは当たり前だよ。僕が言っているのは、他の男と話すこともしないでほしいということなんだ」

 そう言われた時の私は自分も子供だというのに『この人はまだ子供だ。自分が何を言っているのかわからないのね』と呑気な考えを持ってしまったのです。

「そういうわけにはいきませんわ。王太子妃になるということは、他の貴族や王族とも話す機会は必ず出てきます」
「やめろ! 綺麗事を言うな! 君がそんなだから、僕は間違いを起こすことになったんだ!」

 私の方を掴んでいた手を離し、すごい剣幕で怒鳴るトーマス殿下を見た私には彼への嫌悪感が湧き上がり、ハズレー王国の王太子なだけに『ハズレ』なのかと失礼なことを考えてしまったのでした。
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