3 / 32
1 束縛しようとする婚約者
しおりを挟む
私が生まれたエルファイド家は、レイル王国の五大公爵家の一つです。家族構成としては父母に兄と姉が一人ずついます。私は四歳の頃からハズレー王国に嫁がされるのだと、両親から言い聞かされて育ちました。
将来は王妃になるということで、普通の令嬢よりも早くに淑女になるための教育が始まり、お人形遊びなどの子供がするような遊びをさせてもらった記憶はありません。
そのこともあってか現在、六歳になったばかりだと言うのに、考え方が子供離れしていると言われ、両親からも気味が悪いと言われてしまうようになっていました。
十歳の兄と八歳の姉からも『ユミリーは変だから話したくない』と言われ、ここ一年、まともに会話した覚えがありません。
なぜ、自分がこんな性格や考え方になってしまったのかはわかりません。生まれつきなのか、もしくはトーマス殿下が言っていたように、私は生まれ変わった人間だからなのでしょうか。
かといって、私には彼の言うような前世の記憶などは一切ありません。それに、時間を巻き戻したとも言っていましたから、たとえ過去に戻っていたとしても、今の私に記憶があるはずもないですよね。
初めての顔合わせから十日後、私はまたトーマス殿下と会うことになりました。前回はトーマス殿下が取り乱していて話にならなかったからです。
大人たちは私とトーマス殿下を王城の中庭にあるガゼボに残し、城内で談笑しているようです。かれこれ、30分くらい経ちましたが、私とトーマス殿下の間に会話はありません。
私より二つ年上のトーマス殿下は爽やかな顔立ちのとても細身の少年です。金色の軽くウェーブのかかった髪に水色の瞳がとても綺麗で印象深かったのですが、あの発言で外見の良さに見惚れるよりも、この先上手くやっていけるのかという不安が先にきてしまいます。
いつまでこうしていたら良いのでしょう。湯気がのぼっていた紅茶もいつしか冷めてしまっています。
私の機嫌を窺うかのような顔で私を見つめているトーマス殿下は一体、何がしたいのか分かりません。こちらから話しかけるしかないかと諦めて、笑顔を作ります。
「トーマス殿下、今日はお会いできて嬉しいですわ」
「僕もだよ。ずっと君のことばかり考えていた」
「……そうでしたか。あリがとうございます」
ここでまた会話が途切れてしまいました。会話の糸口が掴めず困っていると、トーマス殿下が話しかけてくれました。
「君は僕を思い出してくれたかい?」
夢の話をしているようです。あまり触れたくない話でしたが、覚悟を決めて尋ねます。
「先日おっしゃっていたことですが、どういうことなのでしょうか」
「そのままの通りだよ。このままいけば、僕と君は愛し合う。でも、僕はあいつに嫉妬して君を殺してしまうんだ」
「……あいつに嫉妬というのは、どなたのことを言っているのでしょう」
夢の話にしてはしっかり覚えているのですねと感心しつつ尋ねると、トーマス殿下は苦虫を噛み潰したような顔で答えます。
「あいつだよ。あいつ」
「申し訳ないのですが、見当がつきません」
苦笑して首を横に振ると、トーマス殿下はなぜか微笑みました。
「ユミリー、君のそういうところは昔のままだね」
「そうだったのですか」
ここはあまり反応しないほうが良いと思い、素直に頷くだけにしました。
「君はいつも微笑んでばかりで、あまり感情を表に出してくれなかったから僕は誤解してしまった」
「……誤解というのは私が浮気をしたと思い込んだことでしょうか」
「まあ、そうなるね。それよりもユミリー、記憶が戻りそうな気配はないのかな? 僕を見て愛しく感じるとか、申し訳なく感じるとか」
浮気をしていないのに申し訳なく感じるわけがないですよね。
トーマス殿下の言っていることが本当にあった出来事なのでしたら、私は彼に殺されたことになります。前世の記憶があったとしたら、愛しく感じるどころか憎しみの感情を抱いてしまいそうです。
「申し訳ございませんが、今は特に何も思い浮かびませんわ」
「……そうか。じゃあ、この名前に聞き覚えはあるかな?」
「どなたでしょうか」
「ランフェス」
ランフェスという名前は、幼なじみである公爵令息と同じです。聞き覚えがあるどころか、彼とは何度も話をしたことがあります。
「やっぱり知っているんだね」
「はい。幼なじみですし、レイル王国の五大公爵家の一つの嫡男ですから知らないはずがありません」
ランフェス・ディリングは私と同い年の公爵令息です。私がいつかトーマス殿下の元に嫁ぐと聞いて、ハズレー王国とのパイプがほしいディリング公爵家は私に近づくために、ランフェスと仲良くさせようとしたのです。
ランフェスも私と同じく、年齢よりもかなり考え方が大人びていて、話が合った私たちはすぐに仲良くなりました。
そのランフェスがどうしたと言うのでしょうか。
「大人になってもランフェスと君はとても仲が良かった。学園を卒業した彼は君の専属の護衛騎士にまでなったんだ」
「公爵家の嫡男が護衛騎士ですか?」
「ああ。元々は僕との繋がりがほしくて君に近づいたんだと思う。十分に仲良くなったのに、あいつは大人になっても君のそばにいたんだ」
「ランフェスがと言うよりかは、ランフェスのお父様であるディリング公爵の考えだと思いますわ」
「……そうやって庇うんだな」
「庇っているわけではありません。事実を申し上げているのです」
トーマス殿下はこの答えが気に入らなかったようです。テーブルに身を乗り出し、私の両頬を両手で覆って言います。
「君がそんなことをすればするほど、僕は嫉妬にかられて、ランフェスを憎んでしまう。そして、彼を殺したくなるのではなく、君を殺したくなってしまう」
「……物騒な話をするのはやめてくださいませんか」
昔から命の危険は感じていました。ですが、それは敵対勢力などにであって、婚約者に命を脅かされるなんて御免です。
両頬を持ち上げられた状態で、トーマス殿下に言うと、彼は私の額に自分の額を当てました。
「愛しているんだ。次は絶対に間違えない。だから、僕以外の男を見るのはやめてくれ」
「私はトーマス殿下の妻になるために生まれてきたのだと両親から教え込まれています。他の男性に恋愛感情を持つことなどありえません」
ランフェスのことを言っているのかと思い、遠回しにはなりますが、彼とは良い友人関係であることを伝えました。
ですが、トーマス殿下の求めていた答えは違いました。
「そんなことは当たり前だよ。僕が言っているのは、他の男と話すこともしないでほしいということなんだ」
そう言われた時の私は自分も子供だというのに『この人はまだ子供だ。自分が何を言っているのかわからないのね』と呑気な考えを持ってしまったのです。
「そういうわけにはいきませんわ。王太子妃になるということは、他の貴族や王族とも話す機会は必ず出てきます」
「やめろ! 綺麗事を言うな! 君がそんなだから、僕は間違いを起こすことになったんだ!」
私の方を掴んでいた手を離し、すごい剣幕で怒鳴るトーマス殿下を見た私には彼への嫌悪感が湧き上がり、ハズレー王国の王太子なだけに『ハズレ』なのかと失礼なことを考えてしまったのでした。
将来は王妃になるということで、普通の令嬢よりも早くに淑女になるための教育が始まり、お人形遊びなどの子供がするような遊びをさせてもらった記憶はありません。
そのこともあってか現在、六歳になったばかりだと言うのに、考え方が子供離れしていると言われ、両親からも気味が悪いと言われてしまうようになっていました。
十歳の兄と八歳の姉からも『ユミリーは変だから話したくない』と言われ、ここ一年、まともに会話した覚えがありません。
なぜ、自分がこんな性格や考え方になってしまったのかはわかりません。生まれつきなのか、もしくはトーマス殿下が言っていたように、私は生まれ変わった人間だからなのでしょうか。
かといって、私には彼の言うような前世の記憶などは一切ありません。それに、時間を巻き戻したとも言っていましたから、たとえ過去に戻っていたとしても、今の私に記憶があるはずもないですよね。
初めての顔合わせから十日後、私はまたトーマス殿下と会うことになりました。前回はトーマス殿下が取り乱していて話にならなかったからです。
大人たちは私とトーマス殿下を王城の中庭にあるガゼボに残し、城内で談笑しているようです。かれこれ、30分くらい経ちましたが、私とトーマス殿下の間に会話はありません。
私より二つ年上のトーマス殿下は爽やかな顔立ちのとても細身の少年です。金色の軽くウェーブのかかった髪に水色の瞳がとても綺麗で印象深かったのですが、あの発言で外見の良さに見惚れるよりも、この先上手くやっていけるのかという不安が先にきてしまいます。
いつまでこうしていたら良いのでしょう。湯気がのぼっていた紅茶もいつしか冷めてしまっています。
私の機嫌を窺うかのような顔で私を見つめているトーマス殿下は一体、何がしたいのか分かりません。こちらから話しかけるしかないかと諦めて、笑顔を作ります。
「トーマス殿下、今日はお会いできて嬉しいですわ」
「僕もだよ。ずっと君のことばかり考えていた」
「……そうでしたか。あリがとうございます」
ここでまた会話が途切れてしまいました。会話の糸口が掴めず困っていると、トーマス殿下が話しかけてくれました。
「君は僕を思い出してくれたかい?」
夢の話をしているようです。あまり触れたくない話でしたが、覚悟を決めて尋ねます。
「先日おっしゃっていたことですが、どういうことなのでしょうか」
「そのままの通りだよ。このままいけば、僕と君は愛し合う。でも、僕はあいつに嫉妬して君を殺してしまうんだ」
「……あいつに嫉妬というのは、どなたのことを言っているのでしょう」
夢の話にしてはしっかり覚えているのですねと感心しつつ尋ねると、トーマス殿下は苦虫を噛み潰したような顔で答えます。
「あいつだよ。あいつ」
「申し訳ないのですが、見当がつきません」
苦笑して首を横に振ると、トーマス殿下はなぜか微笑みました。
「ユミリー、君のそういうところは昔のままだね」
「そうだったのですか」
ここはあまり反応しないほうが良いと思い、素直に頷くだけにしました。
「君はいつも微笑んでばかりで、あまり感情を表に出してくれなかったから僕は誤解してしまった」
「……誤解というのは私が浮気をしたと思い込んだことでしょうか」
「まあ、そうなるね。それよりもユミリー、記憶が戻りそうな気配はないのかな? 僕を見て愛しく感じるとか、申し訳なく感じるとか」
浮気をしていないのに申し訳なく感じるわけがないですよね。
トーマス殿下の言っていることが本当にあった出来事なのでしたら、私は彼に殺されたことになります。前世の記憶があったとしたら、愛しく感じるどころか憎しみの感情を抱いてしまいそうです。
「申し訳ございませんが、今は特に何も思い浮かびませんわ」
「……そうか。じゃあ、この名前に聞き覚えはあるかな?」
「どなたでしょうか」
「ランフェス」
ランフェスという名前は、幼なじみである公爵令息と同じです。聞き覚えがあるどころか、彼とは何度も話をしたことがあります。
「やっぱり知っているんだね」
「はい。幼なじみですし、レイル王国の五大公爵家の一つの嫡男ですから知らないはずがありません」
ランフェス・ディリングは私と同い年の公爵令息です。私がいつかトーマス殿下の元に嫁ぐと聞いて、ハズレー王国とのパイプがほしいディリング公爵家は私に近づくために、ランフェスと仲良くさせようとしたのです。
ランフェスも私と同じく、年齢よりもかなり考え方が大人びていて、話が合った私たちはすぐに仲良くなりました。
そのランフェスがどうしたと言うのでしょうか。
「大人になってもランフェスと君はとても仲が良かった。学園を卒業した彼は君の専属の護衛騎士にまでなったんだ」
「公爵家の嫡男が護衛騎士ですか?」
「ああ。元々は僕との繋がりがほしくて君に近づいたんだと思う。十分に仲良くなったのに、あいつは大人になっても君のそばにいたんだ」
「ランフェスがと言うよりかは、ランフェスのお父様であるディリング公爵の考えだと思いますわ」
「……そうやって庇うんだな」
「庇っているわけではありません。事実を申し上げているのです」
トーマス殿下はこの答えが気に入らなかったようです。テーブルに身を乗り出し、私の両頬を両手で覆って言います。
「君がそんなことをすればするほど、僕は嫉妬にかられて、ランフェスを憎んでしまう。そして、彼を殺したくなるのではなく、君を殺したくなってしまう」
「……物騒な話をするのはやめてくださいませんか」
昔から命の危険は感じていました。ですが、それは敵対勢力などにであって、婚約者に命を脅かされるなんて御免です。
両頬を持ち上げられた状態で、トーマス殿下に言うと、彼は私の額に自分の額を当てました。
「愛しているんだ。次は絶対に間違えない。だから、僕以外の男を見るのはやめてくれ」
「私はトーマス殿下の妻になるために生まれてきたのだと両親から教え込まれています。他の男性に恋愛感情を持つことなどありえません」
ランフェスのことを言っているのかと思い、遠回しにはなりますが、彼とは良い友人関係であることを伝えました。
ですが、トーマス殿下の求めていた答えは違いました。
「そんなことは当たり前だよ。僕が言っているのは、他の男と話すこともしないでほしいということなんだ」
そう言われた時の私は自分も子供だというのに『この人はまだ子供だ。自分が何を言っているのかわからないのね』と呑気な考えを持ってしまったのです。
「そういうわけにはいきませんわ。王太子妃になるということは、他の貴族や王族とも話す機会は必ず出てきます」
「やめろ! 綺麗事を言うな! 君がそんなだから、僕は間違いを起こすことになったんだ!」
私の方を掴んでいた手を離し、すごい剣幕で怒鳴るトーマス殿下を見た私には彼への嫌悪感が湧き上がり、ハズレー王国の王太子なだけに『ハズレ』なのかと失礼なことを考えてしまったのでした。
376
あなたにおすすめの小説
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
婚約者様への逆襲です。
有栖川灯里
恋愛
王太子との婚約を、一方的な断罪と共に破棄された令嬢・アンネリーゼ=フォン=アイゼナッハ。
理由は“聖女を妬んだ悪役”という、ありふれた台本。
だが彼女は涙ひとつ見せずに微笑み、ただ静かに言い残した。
――「さようなら、婚約者様。二度と戻りませんわ」
すべてを捨て、王宮を去った“悪役令嬢”が辿り着いたのは、沈黙と再生の修道院。
そこで出会ったのは、聖女の奇跡に疑問を抱く神官、情報を操る傭兵、そしてかつて見逃された“真実”。
これは、少女が嘘を暴き、誇りを取り戻し、自らの手で未来を選び取る物語。
断罪は終わりではなく、始まりだった。
“信仰”に支配された王国を、静かに揺るがす――悪役令嬢の逆襲。
あなたのことなんて、もうどうでもいいです
もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。
元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。
婚約破棄ですか?勿論お受けします。
アズやっこ
恋愛
私は婚約者が嫌い。
そんな婚約者が女性と一緒に待ち合わせ場所に来た。
婚約破棄するとようやく言ってくれたわ!
慰謝料?そんなのいらないわよ。
それより早く婚約破棄しましょう。
❈ 作者独自の世界観です。
(完結)あなたが婚約破棄とおっしゃったのですよ?
青空一夏
恋愛
スワンはチャーリー王子殿下の婚約者。
チャーリー王子殿下は冴えない容姿の伯爵令嬢にすぎないスワンをぞんざいに扱い、ついには婚約破棄を言い渡す。
しかし、チャーリー王子殿下は知らなかった。それは……
これは、身の程知らずな王子がギャフンと言わされる物語です。コメディー調になる予定で
す。過度な残酷描写はしません(多分(•́ε•̀;ก)💦)
それぞれの登場人物視点から話が展開していく方式です。
異世界中世ヨーロッパ風のゆるふわ設定ご都合主義。タグ途中で変更追加の可能性あり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる