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13 公爵邸の別邸にて
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馬車に揺られて五日後に、私はディリング公爵邸にやって来ました。公爵邸といっても、本邸のすぐ近くにある別邸で、お客様が来ているということを多くの使用人が知っていますが、その相手が私であるということは一部にしか知らされていません。
メイド長と名乗った女性から世話をする人が少ないことを謝られましたが、平民暮らしに慣れた私にしてみれば、自分のことは自分でやるが当たり前になっていましたので、謝られると申し訳ない気持ちになりました。
私は別邸内しか動くことができませんので、ディリング公爵夫妻やランフェスには直接、お礼を言うことができません。メイド長に迷惑をかけることについて詫びる言葉と感謝の言葉を伝えてもらうようにお願いすると、ディリング公爵夫妻が別邸にやって来てくれました。
「本来ならこちらから出向かないといけないところを申し訳ございません」
「こちらが招いたのだから気にしなくて良い。それよりも、ここに閉じ込めるような形になってしまってすまない」
「とんでもないことでございます。別邸内はとても広いですし、閉じ込められただなんて思うことはないと思います」
私が笑顔で答えると、ディリング公爵夫妻は安堵した様子を見せましたが、すぐに表情を真剣なものに変えました。
「ランフェスは君と結婚したいとは言わない。でも、他の女性と一緒になることは、その女性に失礼なことになるからと言って、婚約さえも拒むんだ」
「どうして失礼なことになるのですか?」
「好きな人を忘れられないのに、違う女性と結婚することだよ」
「婚約して、お話ししていく内にその女性のことを好きになる可能性もあると思うのですが、そのことについて、ランフェス様はどう言っておられるのでしょうか」
私の質問に奥様が答えます。
「あの子は本当に真面目過ぎるのよ。だから、そうやってお試しをすることも失礼だと言うの」
「失礼と言われればそうかもしれません」
人の考え方にもよると思いますが、好きな人がいるのに婚約するなんてと思う人もいるでしょう。好きな人がいると知っていて我こそがランフェス様を落とすというような考えの人でないと無理なのでしょうね。
こんな話をするということは、公爵夫妻は私をランフェスの妻にするということを諦めていないようです。強制的に婚約させようとしないのは、お相手の女性に迷惑がかかることを気にしているからかもしれません。それを考えると、元公爵令嬢であり国王陛下からの庇護を受けている、現在平民の私を犠牲にしたほうが気を遣わなくても良いのかもしれませんね。
国王陛下は私とランフェスの結婚は本人同士が希望するのならば好きにすれば良いと言っているようですし、余計にでしょう。
ランフェスがどうして私にそこまでこだわるのか、やはり気になります。
「あの、ランフェス様とお話しすることは可能でしょうか」
「もちろんだ。今日はこちらに着いたばかりで疲れているだろうから、明日にランフェスをこちらに寄越すことにする」
「お気遣いいただきありがとうございます」
着いたのが朝でしたから、夕方の今は正直言うと柔らかなベッドで横になって眠りたいという気持ちが強かったのです。そのことを察してくださったのか、ディリング公爵はそう言うと、奥様を連れて本邸に戻っていきました。部屋で一人になって大きく息を吐いたところで、私は家族や私の影武者であるユミのことを思い出しました。
明日にはジノス公爵が集落に来る可能性があります。私じゃないとわかって、人騒がせだとわけのわからない理由でユミが暴力をふるわれたりしないかだけが心配です。窓から見える綺麗な星空を見上げながら、私は何事もなく時が過ぎることを祈ったのでした。
メイド長と名乗った女性から世話をする人が少ないことを謝られましたが、平民暮らしに慣れた私にしてみれば、自分のことは自分でやるが当たり前になっていましたので、謝られると申し訳ない気持ちになりました。
私は別邸内しか動くことができませんので、ディリング公爵夫妻やランフェスには直接、お礼を言うことができません。メイド長に迷惑をかけることについて詫びる言葉と感謝の言葉を伝えてもらうようにお願いすると、ディリング公爵夫妻が別邸にやって来てくれました。
「本来ならこちらから出向かないといけないところを申し訳ございません」
「こちらが招いたのだから気にしなくて良い。それよりも、ここに閉じ込めるような形になってしまってすまない」
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私が笑顔で答えると、ディリング公爵夫妻は安堵した様子を見せましたが、すぐに表情を真剣なものに変えました。
「ランフェスは君と結婚したいとは言わない。でも、他の女性と一緒になることは、その女性に失礼なことになるからと言って、婚約さえも拒むんだ」
「どうして失礼なことになるのですか?」
「好きな人を忘れられないのに、違う女性と結婚することだよ」
「婚約して、お話ししていく内にその女性のことを好きになる可能性もあると思うのですが、そのことについて、ランフェス様はどう言っておられるのでしょうか」
私の質問に奥様が答えます。
「あの子は本当に真面目過ぎるのよ。だから、そうやってお試しをすることも失礼だと言うの」
「失礼と言われればそうかもしれません」
人の考え方にもよると思いますが、好きな人がいるのに婚約するなんてと思う人もいるでしょう。好きな人がいると知っていて我こそがランフェス様を落とすというような考えの人でないと無理なのでしょうね。
こんな話をするということは、公爵夫妻は私をランフェスの妻にするということを諦めていないようです。強制的に婚約させようとしないのは、お相手の女性に迷惑がかかることを気にしているからかもしれません。それを考えると、元公爵令嬢であり国王陛下からの庇護を受けている、現在平民の私を犠牲にしたほうが気を遣わなくても良いのかもしれませんね。
国王陛下は私とランフェスの結婚は本人同士が希望するのならば好きにすれば良いと言っているようですし、余計にでしょう。
ランフェスがどうして私にそこまでこだわるのか、やはり気になります。
「あの、ランフェス様とお話しすることは可能でしょうか」
「もちろんだ。今日はこちらに着いたばかりで疲れているだろうから、明日にランフェスをこちらに寄越すことにする」
「お気遣いいただきありがとうございます」
着いたのが朝でしたから、夕方の今は正直言うと柔らかなベッドで横になって眠りたいという気持ちが強かったのです。そのことを察してくださったのか、ディリング公爵はそう言うと、奥様を連れて本邸に戻っていきました。部屋で一人になって大きく息を吐いたところで、私は家族や私の影武者であるユミのことを思い出しました。
明日にはジノス公爵が集落に来る可能性があります。私じゃないとわかって、人騒がせだとわけのわからない理由でユミが暴力をふるわれたりしないかだけが心配です。窓から見える綺麗な星空を見上げながら、私は何事もなく時が過ぎることを祈ったのでした。
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