次は間違えないと言われましても

風見ゆうみ

文字の大きさ
19 / 32

17  我慢ができなくなった魔女

しおりを挟む
「私の影武者になってくれたユミが魔女だったの?」
「ああ。本人が言っていたが、体形も似ているし普段は身だしなみに無頓着だが、君に似た雰囲気のメイクはできると言っていた」
「自分でメイクできるなんてすごいわ」

 平民暮らしを始めてからは、ナチュラルメイクくらいは自分でできるようになりましたが、誰かに似せるようなアレンジメイクはできません。もしかして、それも魔法でやっているのでしょうか。そうだとしたら、ユミが正体を自分から明かさない限り、彼女と私が入れ替わっていることに気づかれることは難しいでしょう。

「あとユミは仮名らしい。ユミリーの名前に合わせたみたいだ」
「そうだったのね。まあいいわ。私の中では彼女はユミだから」
 
 ランフェスが言うには国外追放されて、浮浪者になっていたトーマス殿下を拾ったのがユミだったそうです。その時は一人でいることが嫌になっていた時期だったそうで、二人で暮らしていくうちに、トーマス殿下に情が湧き、駄目なところも愛しく思えるようになったとのことでした。このまま一緒に暮らし続けるならと結婚を申し出たところ、トーマス殿下から時間を巻き戻してほしいと言われたそうです。

「彼女が言うには時を巻き戻す魔法は禁忌らしい。一度使えば、彼女は魔力を失ってしまう」
「……そんな! あ、でも、時間が巻き戻っているなら、まだ彼女の魔力は失われていないのね」
「そうなんだが、巻き戻した時の年齢になると魔力がなくなるんだそうだ」
「それくらいの犠牲を伴ってもおかしくない魔法だもの。仕方がない気もするわ」

 魔法だ魔力だと普段は聞き慣れない言葉です。そんな言葉をすんなりと受け入れられているのは、記憶はなくとも時間が巻き戻されたのであろうという気持ちが強いからでしょう。

「たとえ、魔力がある今、ジノス公爵に再度時間を巻き戻すように頼まれても、彼女はもう二度と時間を巻き戻すことはしないと言っている」
「そうなの?」
「ああ。彼女は辛い幼少期を過ごしていたらしい。同じことを何度も味わいたくないんだろう」
「気持ちはわからないでもないわね」

 過去に戻りたいと思う時はあっても、赤ちゃんから戻ってやり直したいと思うことは少ないですものね。話の感じだとユミにも何度もやり直したくはない過去があるようですし、余計にでしょう。

「昨日の報告では、今日の朝、ユミリーがいた集落にジノス公爵が着くという予想だった。もしかすると、今頃は魔女に出会っているかもしれない」
「ユミの目的はやはり……、あ、あの、ややこしいので、あなたと話す時はジノス公爵のことをトーマス様と呼んでもいいかしら」
「ああ。今はトーマス殿下じゃないからな」
「ユミはトーマス様と結婚するために時間を巻き戻したのよね? それなのにトーマス様は私に執着しているし、ファルナと結婚までしているわ。それってどうなの?」
「だから魔女が動き出したんだ。君に執着するだけならまだしも、自分と結婚すると約束したのに他の女性と結婚したからね」
 
 そういうことだったんですね。

 魔法というものが存在して、それで時間が巻き戻ったということは何とか納得できます。あと気になるのは、どうして記憶が残っている人とそうではない人がいるかです。

「トーマス様とユミだけならまだしも、どうしてランフェスとファルナにも記憶があるのかしら」
「そのことなんだが、魔女はわざと俺とファルナ嬢の記憶を残したらしい」
「そんなことができるの?」
「実際にできてるからな」
「そう言われればそうね」

 無駄な質問をしてしまいました。納得してから、ランフェスに尋ねます。

「ユミがどうしてランフェスとファルナに記憶を残したのか、理由はわかる?」
「確認してみたら、俺についてはトーマス様とユミリーの結婚を俺に阻んでほしかったからみたいだ」
「どういうこと?」
「君を殺すような相手を俺が薦めるわけないと思ったそうだ」
「それはそうね。私とランフェスの立場が逆だったとしたら、私は絶対に薦めないもの」

 ランフェスのことはわかりましたが、ファルナの記憶まで戻した意味がわかりません。ユミは何を考えているのでしょう。そして、トーマス様と会った彼女はどんな反応をするのでしょうか。
 
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

どうしてか、知っていて?

碧水 遥
恋愛
どうして高位貴族令嬢だけが婚約者となるのか……知っていて?

婚約破棄? 五年かかりますけど。

冬吹せいら
恋愛
娼婦に惚れたから、婚約破棄? 我が国の規則を……ご存じないのですか?

婚約者様への逆襲です。

有栖川灯里
恋愛
王太子との婚約を、一方的な断罪と共に破棄された令嬢・アンネリーゼ=フォン=アイゼナッハ。 理由は“聖女を妬んだ悪役”という、ありふれた台本。 だが彼女は涙ひとつ見せずに微笑み、ただ静かに言い残した。 ――「さようなら、婚約者様。二度と戻りませんわ」 すべてを捨て、王宮を去った“悪役令嬢”が辿り着いたのは、沈黙と再生の修道院。 そこで出会ったのは、聖女の奇跡に疑問を抱く神官、情報を操る傭兵、そしてかつて見逃された“真実”。 これは、少女が嘘を暴き、誇りを取り戻し、自らの手で未来を選び取る物語。 断罪は終わりではなく、始まりだった。 “信仰”に支配された王国を、静かに揺るがす――悪役令嬢の逆襲。

あなたのことなんて、もうどうでもいいです

もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。 元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。

婚約破棄ですか?勿論お受けします。

アズやっこ
恋愛
私は婚約者が嫌い。 そんな婚約者が女性と一緒に待ち合わせ場所に来た。 婚約破棄するとようやく言ってくれたわ! 慰謝料?そんなのいらないわよ。 それより早く婚約破棄しましょう。    ❈ 作者独自の世界観です。

(完結)あなたが婚約破棄とおっしゃったのですよ? 

青空一夏
恋愛
スワンはチャーリー王子殿下の婚約者。 チャーリー王子殿下は冴えない容姿の伯爵令嬢にすぎないスワンをぞんざいに扱い、ついには婚約破棄を言い渡す。 しかし、チャーリー王子殿下は知らなかった。それは…… これは、身の程知らずな王子がギャフンと言わされる物語です。コメディー調になる予定で す。過度な残酷描写はしません(多分(•́ε•̀;ก)💦) それぞれの登場人物視点から話が展開していく方式です。 異世界中世ヨーロッパ風のゆるふわ設定ご都合主義。タグ途中で変更追加の可能性あり。

処理中です...