21 / 32
19 公爵令息の理由
しおりを挟む
お茶がすっかり冷めてしまったので、淹れ直してもらい、喉を潤してから話を続けます。
「ユミはファルナの記憶を残した理由は何か言っていた?」
「ファルナ嬢の記憶を残すこともユミリーとトーマス殿下を遠ざけるのに役立つと思ったそうだ。まあ実際、役に立ったよな」
「そうね。ファルナに記憶があったから、ランフェスだって記憶を取り戻すことができたもの」
「何かのきっかけで思い出すことはできたかもしれないが、彼女のおかげで早くに思い出せたことは確かだ」
頷くランフェスに尋ねます。
「でも、わざわざライバルの記憶を残す理由がわからないわ。今回だってファルナがトーマス様と結婚してしまっているじゃない。ユミにとっては邪魔者でしょう?」
「トーマス殿下が彼女を拒むと思ったらしい」
「拒む?」
「ああ。ファルナ嬢がユミリーを殺すきっかけを作ったから、トーマス様はファルナ嬢を恨んでいると思ったんだ」
「そう言われてみればそうね」
トーマス様は私を殺したことを間違えたと言っていました。あの人の考え方なら、思い込んで実行に移した自分のことは棚に上げて、嘘の話を伝えたファルナを責めていてもおかしくありません。
それなのになぜ、トーマス様はファルナと結婚したのでしょうか。
「トーマス様のことは魔女がどうするかはわからない。とにかく、魔女は君とトーマス様を結婚どころか近づけさせたくもないと言っていた」
「私、恨まれているのかしら」
「いや。ユミリーには同情の気持ちが強いらしい。くだらない理由で殺されて自分勝手な理由で時を巻き戻された気の毒な女性だと思っているってさ」
「どう反応すれば良いか迷うけれど、ユミには嫌われていないのね」
「そうだな。どちらかというと、ファルナ嬢のことを嫌っていそうだ」
ランフェスから話を聞いて、気分的にかなり楽になりました。魔法が使える状態のユミに恨まれていたら、魔法で簡単に命を奪われてしまいそうですもの。
「とにかく、トーマス様たちがどうなったかは連絡がくると思う。それまではユミリーは何も考えずにここで過ごしてくれたら良いよ」
「ありがとう。でも、お世話になっているのに何もしないわけにはいかないわ。この別邸内の掃除をしても良いかしら」
「掃除?」
貴族だった私の口から、掃除がしたいなんて言葉が出てくるとは思っていなかったみたいです。驚いているランフェスに微笑みかけます。
「平民生活が長いの。家の掃除や簡単な料理を作ることもできるのよ。この別邸は広いから一人で隅々まで掃除することは無理だけれど、メイドたちに手伝ってもらって綺麗にして家に帰るようにするわ」
「……そうだよな。帰るんだよな」
がっかりした様子のランフェスに確認します。
「ねえ、ランフェス。さっきも聞いたのだけれど、あなたはどうして私のことを好きでいてくれるの? 私よりも良い人なんてたくさんいるわ」
「そうだな。なんて言ったらいいのかわからないんだけど、君と話をしているだけで楽しい。君は他の人に比べて飛び抜けて才能があるとか、容姿が良いとかではないかもしれないけどさ」
ランフェスはそこで一度言葉を区切り、笑みを浮かべて続けます。
「だけど、俺にとっては特別なんだ。外見が良い、性格が良いというだけなら、世の中の人は同じ人を好きになって結婚なんて限られた人しかできないんじゃないかと思う」
「そうね。どんなに容姿が良くても、私はトーマス様に惹かれない。相性というものかしら」
「俺の中ではそんな感じかな」
ランフェスは笑みを消して、真剣な眼差しを私に向ける。
「昔の君はトーマス様と一緒にいて楽しそうにしていた。だから、俺は君がトーマス様と幸せに暮らしていけるようにと願っていた。トーマス様から君の護衛騎士になるように命令された時は困ったけど、君が他国で一人ぼっちにならないように守りたいという気持ちが強かった」
「ありがとう」
「礼を言われることなんかじゃない」
ランフェスは強く否定すると、頭を下げました。
「俺が君を好きにならなければ、君は死ななくて良かった。本当に申し訳ない」
「それは違うわ。悪いのはあなたじゃない。悪いのは馬鹿なことをしたトーマス様よ」
私を殺したこともユミを騙そうとしたことも、自分のことしか考えていない人の行動です。やり直している今だって、トーマス様は多くの人に迷惑をかけています。トーマス様には罪を償ってもらわなければなりません。
「ユミはファルナの記憶を残した理由は何か言っていた?」
「ファルナ嬢の記憶を残すこともユミリーとトーマス殿下を遠ざけるのに役立つと思ったそうだ。まあ実際、役に立ったよな」
「そうね。ファルナに記憶があったから、ランフェスだって記憶を取り戻すことができたもの」
「何かのきっかけで思い出すことはできたかもしれないが、彼女のおかげで早くに思い出せたことは確かだ」
頷くランフェスに尋ねます。
「でも、わざわざライバルの記憶を残す理由がわからないわ。今回だってファルナがトーマス様と結婚してしまっているじゃない。ユミにとっては邪魔者でしょう?」
「トーマス殿下が彼女を拒むと思ったらしい」
「拒む?」
「ああ。ファルナ嬢がユミリーを殺すきっかけを作ったから、トーマス様はファルナ嬢を恨んでいると思ったんだ」
「そう言われてみればそうね」
トーマス様は私を殺したことを間違えたと言っていました。あの人の考え方なら、思い込んで実行に移した自分のことは棚に上げて、嘘の話を伝えたファルナを責めていてもおかしくありません。
それなのになぜ、トーマス様はファルナと結婚したのでしょうか。
「トーマス様のことは魔女がどうするかはわからない。とにかく、魔女は君とトーマス様を結婚どころか近づけさせたくもないと言っていた」
「私、恨まれているのかしら」
「いや。ユミリーには同情の気持ちが強いらしい。くだらない理由で殺されて自分勝手な理由で時を巻き戻された気の毒な女性だと思っているってさ」
「どう反応すれば良いか迷うけれど、ユミには嫌われていないのね」
「そうだな。どちらかというと、ファルナ嬢のことを嫌っていそうだ」
ランフェスから話を聞いて、気分的にかなり楽になりました。魔法が使える状態のユミに恨まれていたら、魔法で簡単に命を奪われてしまいそうですもの。
「とにかく、トーマス様たちがどうなったかは連絡がくると思う。それまではユミリーは何も考えずにここで過ごしてくれたら良いよ」
「ありがとう。でも、お世話になっているのに何もしないわけにはいかないわ。この別邸内の掃除をしても良いかしら」
「掃除?」
貴族だった私の口から、掃除がしたいなんて言葉が出てくるとは思っていなかったみたいです。驚いているランフェスに微笑みかけます。
「平民生活が長いの。家の掃除や簡単な料理を作ることもできるのよ。この別邸は広いから一人で隅々まで掃除することは無理だけれど、メイドたちに手伝ってもらって綺麗にして家に帰るようにするわ」
「……そうだよな。帰るんだよな」
がっかりした様子のランフェスに確認します。
「ねえ、ランフェス。さっきも聞いたのだけれど、あなたはどうして私のことを好きでいてくれるの? 私よりも良い人なんてたくさんいるわ」
「そうだな。なんて言ったらいいのかわからないんだけど、君と話をしているだけで楽しい。君は他の人に比べて飛び抜けて才能があるとか、容姿が良いとかではないかもしれないけどさ」
ランフェスはそこで一度言葉を区切り、笑みを浮かべて続けます。
「だけど、俺にとっては特別なんだ。外見が良い、性格が良いというだけなら、世の中の人は同じ人を好きになって結婚なんて限られた人しかできないんじゃないかと思う」
「そうね。どんなに容姿が良くても、私はトーマス様に惹かれない。相性というものかしら」
「俺の中ではそんな感じかな」
ランフェスは笑みを消して、真剣な眼差しを私に向ける。
「昔の君はトーマス様と一緒にいて楽しそうにしていた。だから、俺は君がトーマス様と幸せに暮らしていけるようにと願っていた。トーマス様から君の護衛騎士になるように命令された時は困ったけど、君が他国で一人ぼっちにならないように守りたいという気持ちが強かった」
「ありがとう」
「礼を言われることなんかじゃない」
ランフェスは強く否定すると、頭を下げました。
「俺が君を好きにならなければ、君は死ななくて良かった。本当に申し訳ない」
「それは違うわ。悪いのはあなたじゃない。悪いのは馬鹿なことをしたトーマス様よ」
私を殺したこともユミを騙そうとしたことも、自分のことしか考えていない人の行動です。やり直している今だって、トーマス様は多くの人に迷惑をかけています。トーマス様には罪を償ってもらわなければなりません。
319
あなたにおすすめの小説
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
婚約者様への逆襲です。
有栖川灯里
恋愛
王太子との婚約を、一方的な断罪と共に破棄された令嬢・アンネリーゼ=フォン=アイゼナッハ。
理由は“聖女を妬んだ悪役”という、ありふれた台本。
だが彼女は涙ひとつ見せずに微笑み、ただ静かに言い残した。
――「さようなら、婚約者様。二度と戻りませんわ」
すべてを捨て、王宮を去った“悪役令嬢”が辿り着いたのは、沈黙と再生の修道院。
そこで出会ったのは、聖女の奇跡に疑問を抱く神官、情報を操る傭兵、そしてかつて見逃された“真実”。
これは、少女が嘘を暴き、誇りを取り戻し、自らの手で未来を選び取る物語。
断罪は終わりではなく、始まりだった。
“信仰”に支配された王国を、静かに揺るがす――悪役令嬢の逆襲。
あなたのことなんて、もうどうでもいいです
もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。
元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。
婚約破棄ですか?勿論お受けします。
アズやっこ
恋愛
私は婚約者が嫌い。
そんな婚約者が女性と一緒に待ち合わせ場所に来た。
婚約破棄するとようやく言ってくれたわ!
慰謝料?そんなのいらないわよ。
それより早く婚約破棄しましょう。
❈ 作者独自の世界観です。
(完結)あなたが婚約破棄とおっしゃったのですよ?
青空一夏
恋愛
スワンはチャーリー王子殿下の婚約者。
チャーリー王子殿下は冴えない容姿の伯爵令嬢にすぎないスワンをぞんざいに扱い、ついには婚約破棄を言い渡す。
しかし、チャーリー王子殿下は知らなかった。それは……
これは、身の程知らずな王子がギャフンと言わされる物語です。コメディー調になる予定で
す。過度な残酷描写はしません(多分(•́ε•̀;ก)💦)
それぞれの登場人物視点から話が展開していく方式です。
異世界中世ヨーロッパ風のゆるふわ設定ご都合主義。タグ途中で変更追加の可能性あり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる