あなたに未練などありません

風見ゆうみ

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第4話  救いの手

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 職員室で担任の先生に話をすると「まさか婚約破棄で親子の縁を切るなんて事はないでしょう」なんて驚いていた。

 普通はありえない。
 けれど、父はそうなのだと告げると、もし本当に追い出される事になったら、私の家に来なさいと言ってくれた。

 先生は学園を辞めなくてもいいように学園長に話をしてくれるとも言ってくれたけれど、気持ちだけ有り難く受け取っておき、家に行く事に関しても、どうしてもの時にはお願いするかもしれないけれど、ご家族に迷惑をかけたくないから遠慮しておくということ、今までのお礼を言ったところで、予鈴のチャイムが鳴ったため、その場で別れた。

 この時間に家に帰ったら、父や家にいる兄や姉に何を言われるかわからない。
 だからせめて学園が終わる時間までは、どこかお店に入って、今後の事を考える事にした。
 さすがに制服では良くないので、待たせていた馬車の中で服を着替えてから、まずは朝食を取る事にした。

 婚約破棄がわかってから、わたしの分の食事は家では出してもらえなくなった。

 婚約破棄されるような女に食べさせるものはないと言われた。
 虐待事件から今までは、ここまであからさまに酷い事をされ事はなかった。
 どうせもう縁を切るだけだから、これくらいしても良いとか思ったんでしょうね。

 今のわたしが父達の事をヘイスト殿下に伝えても信じてもらえないでしょうし…。

 昼食に関しては、いつも学園の食堂で食べていて、その分のお金は毎月もらっていたので、コツコツと貯めたお金があるし、この一週間分の朝昼晩の食事を買うお金はあるのだけれど、節約はしないといけない。

 だって、家から追い出されたら寝る場所も食べるものも全部、自分のお金で何とかしないといけないんだから。

 行くあてのなくなった女性が行くところといったら、修道院かしら?
 でも持参金が必要よね。
 
 あの父が出してくれるわけがないから、どこか住み込みで働けるところはないかしら…。

 そんな事を考えている内に昼になり、また考えていたら夕方近くなったので家に帰る事に決めた。

 屋敷の中に入ると、私の兄のフロイド様と姉のベル様がエントランスホールでわたしを待ち構えていた。

 2人はわたしがお兄様とお姉様と呼ぶ事を許さない。
 赤い瞳を持つわたしの事を妹どころか人とも思えないんだそう。
 
 キャロラインもそうだけれど、一部の人は本当に赤い瞳を嫌っている。
 血を思い出させるから嫌だという人も多い。
 野蛮だと言う人もいる。
 わたしの場合は特にお母様が不貞を疑われたから余計にだ。

 いつもなら部屋にいるはずの2人が、どうしてこんな所にいるのかしら?

 訝しんでいると、わたしより5つ年上の金色の髪を縦ロールにした、スタイルが良くて見た目だけは可愛らしいベル様が、青い目を細めて口を開く。

「あなた、今日は学園を早退したそうね。それなのに、どこに行っていたの?」

 どうしてその事を…?
 担任の先生には連絡しないようにお願いしていたのに…。

「訳がわからないって顔をしてるな。ヘイスト殿下だよ。彼がお前を心配して連絡してくれたんだ」

 わたしより3つ年上のフロイド様は太った体を揺らして睨んできた。
 性格は悪いけれど背が低くて丸顔の温和な見た目だからか、この人に睨まれても、あまり恐怖を感じなかった。

 それにしても、ヘイスト殿下は余計な事をしてくださったわね…。
 家に連絡を入れるだなんて…。
 もうわたしの事はパーティーの日まで忘れてくれとお願いすべきだったわ。

 小さく息を吐いてから、フロイド様の言葉に対して首を縦に振る。
 
「そうですか…」
「後でヘイスト殿下に連絡をしておけよ!」
「ヘイスト殿下はお優しいお方ね。あなたが婚約破棄されたら、誰がお相手になるのかしら…。もしかして私だったり…?」

 フロイド様の言葉の後に、ベル様が両頬をおさえて頬をピンク色に染めて言った。
 
 ベル様にもフロイド様にも婚約者がいない。

 わたしよりも年上なのにだ。

 なぜかというと、フロイド様は性格も悪い上に、こんな事を言ってはなんだけれど見た目も、お世辞でも良いとは言えないものだった。

 背が低くて太っているのは良いとしても、肌は荒れているし髪の毛もボサボサ傷んでいるのがわかる。
 何より風呂嫌いなので、香水をたくさんつけて体臭を消そうとしていて、そのため、陰では歩く香水と言われているのだけれど、そんな事を本人ももちろんの事、ベル様も父も知らない。

 そして、ベル様は見た目は綺麗だけれど、ワガママが酷くて、幼い頃に婚約破棄されてからはお相手が見つかっていない。

「ベル様、残念ながら、ヘイスト殿下はわたしと婚約破棄後は子爵令嬢と婚約をされるおつもりのようですよ」
「子爵令嬢ですって!? 身分の差がありすぎるじゃないの!」
「責任を取られると言っておられましたよ。ですから、身分差は関係ないのでは…?」
「責任を取るってどういう事よ!?」

 それはわたしも知りたいわ。
 わたしにいじめられたキャロラインが可哀想だから結婚するなんて、きっと本人が勝手に決めた事なんでしょうね。
 国王陛下が聞いたら、きっと驚かれるでしょうし反対されるでしょうね。
 
 何にしても、責任を取るというヘイスト殿下の言葉の意味を、わたしも理解できていないので素直に答える。

「わかりません。では、失礼いたします」
「ちょっと待ちなさいよ!」

 ベル様が叫んできたけれど、もう話す事もないので部屋に向かって歩き始めた。

 すると、どすどすという音が近付いてきたかと思い振り返った瞬間、フロイド様から体当りされた。

 たたらを踏んで何とか転ばずに済んだけれど、ぶつかられた腰の部分が痛むので、手でさすりながらフロイド様を睨む。

「何をするんですか!」
「ベル姉さまが話をしている途中だぞ!」
「体当りする必要がありましたか!?」
「うるさい! 赤い瞳の野蛮人!」

 わたしだって、好きで赤い瞳で生まれてきたんじゃないわ!

 かといって、お母様を恨むのも違うし、それに…。

「野蛮人なのはフロイド様とベル様の方です」

 どうせ、もうすぐこの家から追い出されるのだからと思うと、自然と口から言葉が零れ出た。

「なんですって!?」
「なんだと!?」

 2人が憤怒の表情でわたしを睨み、フロイド様がまたわたしに体当りしようとしてきたので、部屋に向かって走る。

 フロイド様は体型と運動不足という事もあり、すぐに息を切らして追いかけてくるのをやめた。
 学園の靴はローファーでヒールも低いので走りやすかった事もあり、わたしはヒールの高い靴で追いかけてきたベル様からも逃れ、自分の部屋に入ると鍵をかけた。

 しばらく、部屋の扉を叩いて叫んでいる2人の声が聞こえたけれど、無視を続けていると諦めたのか去っていった。

 2人共、ここまであからさまに敵意をむき出しにする事はなかった。
 さっきみたいに暴力をふるわれた事もなかった。
 暴言を吐かれた事はあったけど、そんな事を言う人間には、いつか罰が当たるだろうからと、物心ついてからは気にしなくなった。

 もっと早くに誰かに助けを求めていたら良かった…?
 でも、駄目ね。
 国王陛下に、こんな恥さらしな事を言えるはずもないし、ヘイスト殿下に至っては信じてくれなさそう。
 それに、今までのわたしは家族に嫌われているだなんて、好きな人には知られなくなかった…。

 本当にバカだったわ。

 わたしの部屋にはお手洗いも体を洗う場所もあるから、食べ物と水があればなんとか生きていける。
 食べ物と飲み水は今日、2日分くらいは買ってきたけど、パーティーの日までは持たない。

 2人に見つからない様に部屋を出るようにしなくちゃ。
 今日買ってきた食べ物などは御者が部屋に持ってきてくれると言っていたし、それも受け取らなくちゃね。

 そう思っていた時だった。
 トントンと静かに扉がノックされた。

「誰……?」
「メイドのローブランシュです」

 ローブランシュ…、たしか、わたしに優しい御者と一緒の時期に入ってきたメイドだわ。

 扉は開けずに尋ねる。

「何か用かしら?」
「御者から預かっております食べ物と飲み水を持ってまいりました。近くにはフロイド様もベル様もいらっしゃいませんので開けていただけますでしょうか…」

 恐る恐る、扉を開けるとメイド服姿の小柄で気品のある顔立ちのローブランシュが茶色の大きな袋を両手で抱えて立っていた。
 その袋の中には、わたしが今日、街で買った果物などが入っていた。

 ローブランシュは部屋の中に入り、テーブルの上に袋を置くと、笑顔で話しかけてきた。

「他に必要なものがあればお申し付け下さい」
「で、でも、わたしの肩を持ったら、あなたはお父様に解雇されてしまうかも…」
「私はパーティーの日までの期間限定のメイドですからお気になさらないで下さい」
「え? そんな事ってあるの?」

 ローブランシュはわたしの問いに、にこりと微笑んだ。

 何だかよくわからないけど、信じてもいいの…?

 人に裏切られたばかりだから信じるのが怖い。
 それに、彼女の事を全く知らないんだもの。

 躊躇しているわたしに、ローブランシュは口を開く。

「今から言う話はここだけのお話という事でお願いできますか?」
「もちろん」
「私と、最近この屋敷で働く事になった御者は、アニエスお嬢様にハンカチをお貸しした男性からの依頼で来ております」
「えっ!?」

 わたしにハンカチを貸してくれた人ってジェレミー殿下よね?

 どういう事!?
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