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閑話 ヘイストの回想 1 (ヘイストside)
しおりを挟むキャロに騙されていたなんて、僕は本当に馬鹿だった。
あの様子だと、キャロや彼女の友人達は僕に嘘をついていたんだ。
彼女達を信じた僕が本当に馬鹿だった。
だから、そのお詫びとしてアニエスを幸せにしてあげたい。
だって僕は、本当にアニエスが大好きなんだから!
アニエスを初めて見たのは、彼女の母親の葬儀の時だ。
僕の母上とアニエスの母は特に仲が良かったわけではないが、学友だったらしい。
僕も何度か顔を合わせた事があったから、母上と一緒に葬儀に参列したんだ。
その時のアニエスは大人に向かって何か訴えていた。
だけど、相手にされていなかった。
可哀想だから助けてあげようかな、と思って、彼女の顔を見てみると、すっごく可愛かった。
頭の中が真っ白になって、僕はすぐに母上にお願いした。
「僕の婚約者はあの子がいい」
母上は驚いたようだけれど、母の死を嘆いているアニエスを気の毒に感じたのか、城に帰って父上に話をしてくれた。
アニエスは虐待されていたんじゃないかっていう噂だった。
これはあくまでも噂で、アニエスの証言だけだった。
だから、僕は助けてあげようと思ったんだ。
赤い瞳だからといって疎まれて嫌われている女の子を助けるのは王子として立派だ。
きっと、国民も僕の事を優しい王子だと思ってくれるだろう。
そして、何より顔がとっても可愛かったんだから、僕にとっては優しい王子という名声も得られるし、可愛い婚約者も出来てメリットしかないだろう?
もちろん、その時の僕はアニエスの顔が可愛いとしか頭になかったんだけどね。
最初は父上と母上も悩んでいたようだったけれど、僕の事を可愛がってくれている叔父上が口添えしてくれて、めでたくアニエスは僕の婚約者になった。
アニエスとの初めての顔合わせの時は、葬儀の時とは違い、ピンク色のドレスを着ていて、あの時に見かけた時よりも一段と可愛く思えた。
だけど、やっぱり赤い瞳は気になった。
アニエスが帰ってから、母上に聞いたのを覚えている。
「ねえ、母上」
「何かしら?」
「赤い瞳を普通の瞳の色に変える事は出来ないの?」
「ヘイスト。赤い瞳だって普通の色よ。あなたの婚約者のアニエスの瞳の色を見たでしょう? とても綺麗じゃないの」
「何か気持ち悪い。母上の瞳の様な紫色も珍しいけど、すごく綺麗です。だけど、アニエスの赤い瞳はなぁ…」
「人には好みがあるからしょうがないけれど、絶対にその事は皆の前では口にしちゃ駄目よ? あなたはこの国の王子で赤い瞳を持っている人も国民なんだから」
「わかりました。赤い瞳が嫌いなんです。野蛮な感じがするって叔父上が言ってました」
その時の母上が、とても訝しげな顔になった事を覚えている。
その日から、叔父上は赤い瞳について悪口を言う事はなくなった。
そして、その頃から、兄上は病弱なのに叔父上が城に来る時は、母上と出かけている事が多くなった。
兄上と母上は叔父上が苦手だったようだけれど、僕にとっては優しい叔父だったから、どうして嫌がるのか、その時は全くわからなかったんだ。
僕が10歳になるくらいまでは、アニエスと一緒に兄上の部屋によく遊びに行っていた。
兄上の部屋には本がいっぱいあったから、本が好きなアニエスは兄上の部屋によく行きたがった。
アニエスが来ると、兄上はとても嬉しそうにしていたのが気に入らなかった。
だって、アニエスは僕の婚約者なんだ。
兄上のものじゃない。
兄上は事情があって婚約者から嫌われたって聞いた。
きっと兄上が病弱だからだろう。
それに、顔だって僕の方が優しそうで可愛いと侍女達からも言われているし。
ある時までは、僕は兄上の部屋に行くのが好きだった。
だって、兄上の部屋に行くと、僕は健康で可愛くて、兄上にないものをたくさん持っている事がわかるから。
ある時というのは、僕と喧嘩したアニエスを慰める時に見せた、兄上の表情だった。
彼女の頭を撫でる事はよくあった。
だけど、あんなに優しい表情をしている兄上を見た事はなかったんだ。
頭の中で、これは良くないという声が響いた。
それからは兄上の部屋には、アニエスを連れて行かなくなった。
アニエスは兄上の所へ行きたがったけれど、僕という婚約者がいるのに他の男性に会いにいってはいけないと言うと、素直に頷いてくれた。
アニエスは本当に素直で可愛かった。
僕の自慢の婚約者だった、
赤い瞳が気にならなくなるくらいに、僕はアニエスが好きだったんだ。
僕達はうまくいっていた。
このまま、アニエスと結婚するんだと思っていた。
キャロから、アニエスにいじめられているという話を聞くまでは――。
それは、約半年前の事だ。
昼休み、教室でゆっくりしていると、キャロが僕の所にずぶ濡れの状態でやって来て、こう言った。
「トイレの個室にいた時に、誰かから水を上からかけられたんです…。申し訳ございませんが、ヘイスト殿下。ハンカチを持っておられますか?」
「もちろん、持ってるよ。だけど、ハンカチでは拭ききれないんじゃないか? アニエスに付き添ってもらって着替えを借りに行ったらどうだ?」
友人と話をしているアニエスの方を見て僕が言うと、キャロは悲しげな瞳で体を震わせながら言った。
「実はこれ…、アニエスにされたんです」
「…何だって?」
「アニエスには誰にも言わないようにって脅されたんです…。私や友人達は子爵令嬢や男爵令嬢です。侯爵令嬢であるアニエスには逆らえなくて…」
「え? 意味がわからないよ。どうしてアニエスがそんな事を?」
意味がわからない。
アニエスとキャロは仲が良かったはず。
アニエスは喧嘩をしたって、そんな酷い事をする様な子じゃないのに。
「きっと、私がヘイスト殿下と仲が良いからだと思います」
「そんな…! と、とにかく風邪をひいてしまうから、先生に言って着替えを貸してもらった方がいい」
「わかりました。ヘイスト殿下、今のお話、絶対にアニエスには言わないで下さいね! 他の人にも! だって、侯爵令嬢が友達をいじめているだなんて事になったら、アニエスが大変な事になりますから!」
自分がいじめられているというのに、いじめる相手を庇うなんて、とても良い子なんだなと思った。
いや、まだわからない。
キャロが嘘をついている可能性もある。
アニエスに確認してみようか?
そう思ったけれどやめた。
だって、キャロに言わないでくれとお願いされたから。
何より、僕はアニエスを信じてあげないといけないと思ったし、それに、もし本当にアニエスがキャロをいじめていたとしても、僕とキャロの仲が良いからいじめるという事は、アニエスは嫉妬してくれているんだと思った。
アニエスからの愛情を感じて、今まで以上にもっと大事にしようと思って、アニエスに優しくした。
だけど、いじめはエスカレートしていった。
ある日、キャロが言った。
「このままでは私はお嫁にはいけないかもしれません」
「どうして?」
「アニエスに妨害されそうだからです。クラスメイトの男子にも私の悪口を言いふらしているんです!」
「そんな…」
アニエスがそんな事を…?
気になって、クラスメイトに聞いてみたけど、皆は知らないと言う。
どういう事なんだ?
そう思っていると、キャロが教えてくれた。
「きっと、皆、アニエスに脅されているんです」
そんな事はあるだろうか?
王子の婚約者がいじめをしているだなんて事になったら、本当に大変な事だ。
事の重大さに気が付いた僕は、父上達に相談する前に、信頼している叔父上にこっそり相談してみた。
すると、叔父上はこう言った。
「赤の瞳を持つ人間はそういうタイプが多いんだよ」
やっぱり、アニエスが嘘をついているのか。
そんな子じゃないと思っていたのに…。
だけど、そうしてしまったのは僕のせいかもしれない。
責任を取ろう。
こういう場合はどうしたらいいのかな?
やっぱり、キャロをお嫁さんにしてあげるしかないのか…?
その時の僕は、真剣にそう思ったんだ。
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