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16 何だったのでしょうか

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 メライラ様はロード様と私に話したいことがあると言っていたらしい。
 応接室に通したとのことだったので、自室には戻らずにすぐにそちらに向かった。

 お決まりの挨拶を交わしたあと、ロード様がメライラ様に尋ねる。

「何の約束もなしに公爵家に押しかけて来て、居座るのはどうかと思いますが、父が迷惑をかけているようですし、そのことでしょうか」
「そうよ。あなたのお父様のせいよ! 文句の一つや二つも言いたくなる気持ちくらいわかってほしいわ! それに何なのよ、あの馬鹿な女は!」

 メライラ様は瞳の色と同じ、ブルーの軽くウェーブのかかった長い髪を後ろにはらってから言った。

 あの馬鹿な女というのは、お姉様のことを言っているみたいね。
 ロード様もそう思ったのか、メライラ様が座っている向かい側のソファーに私を座らせてから、自分も私の横に座って尋ねる。

「馬鹿な女というのはレニス嬢のことを言っておられるのですか?」
「そうよ! 全く迷惑な小娘だわ。せっかく正妃様がいなくなったから、クラッシュ様を独り占めできると思っていたのに、あの方はあの女にメロメロなのよ! いい年こいた男性があんな若い娘に鼻の下を伸ばすのよ。みっともないったらありゃしない!」

 メライラ様は手に持っていた扇の先を何度もソファに叩きつけて言った。
 そんなメライラ様にロード様がアドバイスする。

「メライラ様は父を独り占めしたいのですよね。それなら、2人で今の家から出たほうが良いのはないでしょうか」
「でも、住む家がないのよ」
「ご実家には受け入れてもらえないのでしょうか」
「家督は弟が継いでいるから、残念ながら私の居場所はないのよ。両親は弟夫婦と一緒に暮らしているからね」
「弟君に、ご両親と共に面倒は見てもらえないのですか」
「当たり前でしょう! 先代とはいえ、あの人は国王陛下だったのよ? そんな人が大した警備もないところで暮らせるわけがないでしょう!」

 尤もなことを叫んだメライラ様は、私を睨みつけてきた。

 お姉様がいなければ、こんなことで悩まなくても済んだのにといったところかしら?

 それにしても、この人が義理の母になるところだったなんて、本当に婚約破棄してくれたことに感謝したいわ!

 だって、息子のことよりも自分のことしか考えていないんだもの。

「何の警備もないところで暮らせる訳がないという理由はわかりますが、一体どうすれば良いのでしょうか。ジーギス殿下が姉との婚約を破棄するなり解消してくだされば、姉はあの家にいる必要はなくなりますので、そんな風に追い出してはいかがでしょう」

 思ったことを伝えてみるとメライラ様が「他人事だと思って!」と感情に任せて、持っていた扇を私に向かって投げつけてきた。

 私が反応する前にロード様が動いてくださり、投げてきた扇を掴んでくれた。
 そして、メライラ様の手に届きにくい、テーブルの端に置いて言う。

「彼女は僕の婚約者ですよ。いくら父上の関係者であれ、こんなことをされて許すと思っているのですか」
「そ、それは……っ! 別にその、あなたが偉いのであって婚約者が偉いわけではないでしょう!」
「僕の婚約者に危害を加えようとすることは、僕に危害を加えようとしたことと同様とみなします」
「だ、だったとしても、扇を投げただけじゃないの!」
「あなたは世間の常識を知らないようなのでお伝えしますが、公爵に扇を投げるだなんてことをしなら、普通なら大事なんですよ」
「そ……、そんな」

 ロード様の表情や口調が険しいものなので、メライラ様は彼が冗談で言っているわけではないと気が付いたみたいだった。
 
 メライラ様は焦った表情になり、態度をころりと変えて謝ってくる。

「気分を悪くさせたなら謝るわ。ごめんなさい。だけれど、私の気持ちも察してちょうだい。今まで側室として日陰で過ごしてきたの。今は正妃様とは別居中で今がチャンスなの。それなのに、まだ日陰で暮らせと言うの?」
「……メライラ様、私の姉にはジーギス様がいるではないですか。ジーギス様が姉との結婚を早めてくだされば問題は解決するのでは? 公爵家に嫁ぐというのなら、私の両親も反対などしないはずですから、話は進むかと思います」

 私の言葉を聞いたメライラ様は目からウロコと言わんばかりに、きょとんとしたあと、すぐに表情を輝かせる。

「そうよ! そうよね! そうすれば良いんだわ!」

 メライラ様は立ち上がると、私に向かって笑顔で言う。

「教えてくれて助かったわ! あの小娘! 今に見ていなさい! では、失礼したわね!」

 私たちが何も言えないでいる内に、メライラ様は扇を持っていくことも忘れて部屋から出て行ってしまった。

「い、一体、何だったのでしょうか」
「さあね。ジーギスたちと一緒で、相手の考えていることを理解しようともしてないけど」
「中々、理解するのは難しいです。それに、二人が結婚しても、結局は同居になりますよね」
「そうだな」

 時計を見ると、夕食の時間はとっくに過ぎていた。
 メライラ様のことはまた明日にでも改めて話をすることにして、扉の前で私たちが出てくるのを待っているハヤテくんたちに挨拶することにした。

 次の日の朝、メルちゃんとハヤテくんの散歩中、門の前で騒いでいる誰かを目撃して足を止める。
 騒いでいるのはお姉様だった。


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