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6 くだらない嫌がらせ
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どうして、ケイティがここに来ているのかしら。
ゼント様はケイティを誰にも見せたくないと言っていたわよね。
あの話はどうなったの?
……馬鹿だから、すぐに忘れてしまったのね。
お可哀想に。
私はもう、彼女の姉ではないので、知らんぷりをして鍋の蓋を取って中を見た。
昨日は料理人も来てくれていて、日持ちする簡単な料理を作っていってくれたので、あとは温めれば良いだけだ。
花柄のテーブルクロスが敷かれた木のテーブルに、同じく花がらのランチョンマットを用意して、その上にカトラリーを乗せていく。
「ちょっと、お姉さま、一日で音を上げたわけではないでしょう? ちょっと、そこのあなた、お姉さまが生きているかどうか確認してちょうだい」
ケイティの声が聞こえてきてすぐに、躊躇いがちに扉をノックする音が聞こえてきた。
近寄っていき鍵を解錠すると、ゆっくりと扉が開かれ、申し訳なさそうな顔をした若い兵士が顔を出したので尋ねてみる。
「何か御用かしら?」
「勝手に開けてしまい申し訳ございません! ケイティ様からの命令で、ソフィア様の様子を確認するようにと言われたんです」
「残念だけど、ピンピンしていると伝えてちょうだい。朝から迷惑をかけてごめんなさいね」
兵士は私の言葉を聞いて「申し訳ございませんでした」と再度頭を下げると、扉を閉めた。
素早く鍵をかけて、キッチンに戻る。
さあ、スープを温めましょう。
こんな生活をしたことがないから、ドキドキするわ。
心の中で気合いを入れたと同時に、出入り口の扉が乱暴に叩かれる。
「ピンピンしているなんて許せないわ! お姉さま以外に、誰か人が家の中にいるんじゃないの!?」
ああ、うるさいわね。
ケイティがついた嘘を本当のことにしてやろうかしら。
私だって見た目は違えど、お母様の娘だし、小さな頃から護身術は学んでいた。
本気を出したら、ケイティなんて一発で……。
と、駄目よ。
私は公爵令嬢。
暴力はいけないわ。
それに、私が暴力をふるえば他の人に迷惑をかけてしまうもの。
「お姉さまったら、聞いてるの!?」
もう、うるさいわね。
一度点けた火を消してから、鍋つかみを探しながら応える。
「……ケイティ、朝からうるさいのよ。静かにしてちょうだい」
「お姉さま、とにかく顔を見せてよ」
「……顔を見せたら帰ってね」
片手で持てる鍋なので、もう片方の手で鍵を開けると、自動で扉が開いた。
「一人ぼっちの夜はどうでしたか、お姉さま。私は殿下と一緒でしたから、寂しくはありませんでしたけど……って、どうして鍋を持ってるの」
「あなたの顔面にぶちまけてやろうかと思って」
食べ物がもったいないから、そんなことをするつもりはない。
だけど、真顔で言ったことが良かったのか、ケイティは引きつった表情で後退した。
「お姉さま、笑えない冗談はやめてよ」
「……ケイティ、あなたはもう私の妹じゃないの。お姉様と呼ぶのはやめてくれない?」
「そうね。今までだって、姉らしいことをしてくれたわけじゃないものね。なら、あなたのことは、ソフィアと呼ばせてもらうわ」
「ケイティ、あなたは王太子殿下の婚約者かもしれない。でも、偉そうな口を叩かないで。あなたはもう公爵家の人間じゃないのよ」
「ええ。爵位もないし平民よ? だけど、王太子殿下の婚約者であり恋人なの。あなたよりも偉いのよ!」
王太子殿下の妻ならまだしも、婚約者で恋人だからって、その人が偉くなるわけじゃないのに。
王太子殿下の恋人であろうと平民であることにかわりはない。
ゼント様にも思ったことはあるけれど、どうしたら、自分の都合の良いように全ての物事が運ぶと思えるのか知りたい。
「ケイティ、あなたは本当に可哀想な頭の持ち主ね。あなたと縁が切れて本当に嬉しいわ。あなたが望んでいたように、私はこの家では不便な暮らしをしているから、放っておいてちょうだい」
「何を言っているの? みじめな姿のあなたが見たいのよ。自分で化粧も出来ないから、いつも以上に不細工な顔になっているじゃない」
ノーメイクの顔って、そんなに酷いのかしら。
別にケイティに見られても良いけど、他の人には見られたくないわ。
「そうね。不細工で良いわ。だから、もう帰って」
「嫌よ、その不細工な顔をもっと見せなさいよ!」
どうしてそんなことを命令されないといけないの?
イラッとしたけれど、こんなことで言い合っているのもバカらしい。
鍋の中身をぶちまける代わりに、転びそうになったふりをして頭突きでもしてやろうかしら。
そう思った時、ゼント様が兵士を押しのけて、ケイティの所まで歩いてきた。
そして、ケイティを抱き寄せて口付けると、口付けた状態のまま、彼女の身体を触り始めた。
唇が離れると、ケイティが甘ったるい声を出す。
「いやぁん! ゼント様ったら、人前ですよぉ!」
「何を言ってるんだ。お前はこうしたかったんだろう」
私の前でいちゃつくために、わざわざやって来たらしい。
朝から気持ち悪いものを見せられてしまった。
こんなことをしに来るくらいなのだから、二人共、本当に暇なのね。
ああ、お腹が減ったわ。
二人が自分たちに夢中になり始めたので、私は扉を閉めて朝食の準備を始めることにした。
キッチンに戻って、お鍋の中に入っているスープを温め直す。
少し、お水と調味料を足したほうが良いと言われていたのを思い出して、昨日の内に用意していた水を足した。
「おい、ソフィア、何を無視している! 俺たちの姿を目に焼き付けろ!」
ゼント様の声が聞こえた……けれど、聞こえないふりをして、スープレードルでお鍋の中をかきまぜる。
温まってきたからか、良い匂いがしてきた。
私もやればできるじゃない!
温められただけでもすごいわ!
普通の令嬢なら、温めることもできない人が多いはずだもの。
そういえば、どうなったら完全に温まったことになるのかしら?
それを聞いていなかったわ。
味見してみるしかないわね。
グツグツという音がしてきたので、恐る恐る、鍋の中にスプーンを入れてみる。
こんな、はしたないことをしても、誰からも怒られることはない。
湯気も上がっているし、温かそう。
いつもは毒見役が食べたあとに、そこからまた時間を置いてから食べるから、温かい料理なんて食べられない。
今日は温かな料理をいただけるわ!
そして、初めてのつまみ食い!
小躍りしそうになるのをこらえて、スープをすくったスプーンを口に入れてみた。
「あっつ! 熱い!」
温かさを感じるどころか、ものすごく熱い!
そりゃあ、毒見役も冷ましてから食べるわけだわ。
冷たいとかぬるいだなんて文句を言ってはいけなかった。
火を止めて、今度はお皿を用意する。
無事にお鍋からお皿に食べたい分だけ移すことが出来て満足していると邪魔が入る。
「ちょっと、ソフィア! あなた、私たちに何をさせているのよ!」
「貴様が見ていなければ意味がないだろう!」
何をさせているのよって、あなたたちが勝手にやりはじめたのに文句を言われても困るわ。
このまま、庭先で最後までするのかと思っていたけれど、周りを見る余裕はあったみたいね。
大体、見たくもないものを見ろと言われたから素直に見ている人って、とても性格の良い人にしかできないことだと思うわ。
私のような性格の悪い人間に何を求めているのかしら。
「おい、ソフィア! 聞いているのか! 俺の命令に背くとはいい度胸だな!」
権力をふりかざしてきたということは、相手をしないといけないわね。
ああ、せっかくの温かなスープが……、……温め直せば良いか。
意を決して、扉越しに言葉を返す。
「……命令に背いてはおりませんよ。私は大人しく、ここで罰を受けているだけでございます」
「そうだな。貴様は罪人だからな。こんなに可愛いケイティをいじめるんだ。人の心など持っていないんだろう」
「私はいじめなどしておりません」
声が届きにくいため、玄関の近くにある窓を少しだけ開けて続ける。
「話の通じない相手に根気よく話を続けていられるほど、私は心が広くないんです。……あ、でも、そう考えますと、ゼント様のお心がとても広いことを実感いたしますわ」
ケイティを相手にできるんですものね。
「気付くのが遅かったな。貴様がどれだけ泣こうが喚こうが、俺の気持ちは変わらんぞ。ケイティほどに俺のことを理解してくれる女はいない」
「ば」
馬鹿だから、何でも、はいはいと頷いているだけですよ。
と言いかけて、慌てて言葉をのみ込んだ。
「貴様との婚約を破棄したら、俺は久しぶりにゆっくりと眠ることができた」
「それは良かったですわ。お役に立てて嬉しいです」
「今までは、ケイティがいじめられていないか気になって眠れなかったんだ」
「それならさっさと婚約破棄してくれれば良いものを。……ごほん。私はゼント様が嬉しそうでとても幸せですわ」
「今、何か言葉の毒を吐かなかったか?」
「いいえ」
前半の言葉は毒ではなく、本音だ。
「ケイティ、ソフィアはどうしたら嫌がるんだ?」
「そうですね。ソフィアは偽善者ですから、他の人間が苦しんでいるのを見るほうが辛いと思います」
ケイティは私を見てにこりと微笑んだ。
ケイティの性格が良くないことはわかっていたけれど、ここまで酷かったなんて。
「そうか、じゃあ、近くにいる兵士の一人を燃やしてしまおうか」
「そんなことが出来るんですか!?」
「ああ。俺は王族だからな」
ゼント様はそう言うと、指先に小さな火を浮かび上がらせた。
ムダルガ王国には、魔法が存在する。
といっても、生活に便利な魔法はほとんど存在しないし、魔法を使える人間も限られている。
攻撃魔法は、王家と五大公爵家の血が流れている人間しか使えず、家系によって得意魔法が異なっている。
王家は火の魔法。
ワイアットのレストバーン家は氷の魔法。
私の家は少し変わっていて、攻撃魔法のみを無効化できる魔法が使える。
ただ、その代の1番目の子供に力が集中してしまうため、私の家の場合は兄の力が強く、私はそう大きな魔法は使えない。
「私も魔法を使いたいです!」
「ケイティには無理だが、お前が使えない分、俺が使って、嫌な相手に罰を与えてやろう。おい、そこのお前、避けるなよ。すぐに殺してるから」
ゼント様は大きな火の玉を作り、近くにいた兵士に向けて放つために、魔力を集め始めたのか、手が光り始めた。
逃げようとした兵士に、ゼント様が叫ぶ。
「逃げても違う方法で殺してやる! ソフィアの苦しむ顔が見れるんだからな!」
「ふざけないで下さい」
苛立ちを抑えてパチンと指を鳴らすと、ゼント様の両手から生まれていた大きな火の玉が消えた。
「ソフィア! 貴様、何をする!」
「王太子殿下が何の罪もない兵士を殺そうとするだなんて正気の沙汰ではありません」
窓を大きく開けて叫ぶと、ケイティが言い返してくる。
「ソフィア、今の時代、普通の人間では王にはなれないのよ? 人を簡単に殺せるくらいの精神の強さがないといけないわ!」
「何を馬鹿なことを言っているのよ。それが許されるなら、ゼント様の命を他の人が狙っても許されることになるわよ」
厳しい口調で言うと、ケイティは口を噤んだ。
ゼント様はケイティを誰にも見せたくないと言っていたわよね。
あの話はどうなったの?
……馬鹿だから、すぐに忘れてしまったのね。
お可哀想に。
私はもう、彼女の姉ではないので、知らんぷりをして鍋の蓋を取って中を見た。
昨日は料理人も来てくれていて、日持ちする簡単な料理を作っていってくれたので、あとは温めれば良いだけだ。
花柄のテーブルクロスが敷かれた木のテーブルに、同じく花がらのランチョンマットを用意して、その上にカトラリーを乗せていく。
「ちょっと、お姉さま、一日で音を上げたわけではないでしょう? ちょっと、そこのあなた、お姉さまが生きているかどうか確認してちょうだい」
ケイティの声が聞こえてきてすぐに、躊躇いがちに扉をノックする音が聞こえてきた。
近寄っていき鍵を解錠すると、ゆっくりと扉が開かれ、申し訳なさそうな顔をした若い兵士が顔を出したので尋ねてみる。
「何か御用かしら?」
「勝手に開けてしまい申し訳ございません! ケイティ様からの命令で、ソフィア様の様子を確認するようにと言われたんです」
「残念だけど、ピンピンしていると伝えてちょうだい。朝から迷惑をかけてごめんなさいね」
兵士は私の言葉を聞いて「申し訳ございませんでした」と再度頭を下げると、扉を閉めた。
素早く鍵をかけて、キッチンに戻る。
さあ、スープを温めましょう。
こんな生活をしたことがないから、ドキドキするわ。
心の中で気合いを入れたと同時に、出入り口の扉が乱暴に叩かれる。
「ピンピンしているなんて許せないわ! お姉さま以外に、誰か人が家の中にいるんじゃないの!?」
ああ、うるさいわね。
ケイティがついた嘘を本当のことにしてやろうかしら。
私だって見た目は違えど、お母様の娘だし、小さな頃から護身術は学んでいた。
本気を出したら、ケイティなんて一発で……。
と、駄目よ。
私は公爵令嬢。
暴力はいけないわ。
それに、私が暴力をふるえば他の人に迷惑をかけてしまうもの。
「お姉さまったら、聞いてるの!?」
もう、うるさいわね。
一度点けた火を消してから、鍋つかみを探しながら応える。
「……ケイティ、朝からうるさいのよ。静かにしてちょうだい」
「お姉さま、とにかく顔を見せてよ」
「……顔を見せたら帰ってね」
片手で持てる鍋なので、もう片方の手で鍵を開けると、自動で扉が開いた。
「一人ぼっちの夜はどうでしたか、お姉さま。私は殿下と一緒でしたから、寂しくはありませんでしたけど……って、どうして鍋を持ってるの」
「あなたの顔面にぶちまけてやろうかと思って」
食べ物がもったいないから、そんなことをするつもりはない。
だけど、真顔で言ったことが良かったのか、ケイティは引きつった表情で後退した。
「お姉さま、笑えない冗談はやめてよ」
「……ケイティ、あなたはもう私の妹じゃないの。お姉様と呼ぶのはやめてくれない?」
「そうね。今までだって、姉らしいことをしてくれたわけじゃないものね。なら、あなたのことは、ソフィアと呼ばせてもらうわ」
「ケイティ、あなたは王太子殿下の婚約者かもしれない。でも、偉そうな口を叩かないで。あなたはもう公爵家の人間じゃないのよ」
「ええ。爵位もないし平民よ? だけど、王太子殿下の婚約者であり恋人なの。あなたよりも偉いのよ!」
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ゼント様にも思ったことはあるけれど、どうしたら、自分の都合の良いように全ての物事が運ぶと思えるのか知りたい。
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「何を言っているの? みじめな姿のあなたが見たいのよ。自分で化粧も出来ないから、いつも以上に不細工な顔になっているじゃない」
ノーメイクの顔って、そんなに酷いのかしら。
別にケイティに見られても良いけど、他の人には見られたくないわ。
「そうね。不細工で良いわ。だから、もう帰って」
「嫌よ、その不細工な顔をもっと見せなさいよ!」
どうしてそんなことを命令されないといけないの?
イラッとしたけれど、こんなことで言い合っているのもバカらしい。
鍋の中身をぶちまける代わりに、転びそうになったふりをして頭突きでもしてやろうかしら。
そう思った時、ゼント様が兵士を押しのけて、ケイティの所まで歩いてきた。
そして、ケイティを抱き寄せて口付けると、口付けた状態のまま、彼女の身体を触り始めた。
唇が離れると、ケイティが甘ったるい声を出す。
「いやぁん! ゼント様ったら、人前ですよぉ!」
「何を言ってるんだ。お前はこうしたかったんだろう」
私の前でいちゃつくために、わざわざやって来たらしい。
朝から気持ち悪いものを見せられてしまった。
こんなことをしに来るくらいなのだから、二人共、本当に暇なのね。
ああ、お腹が減ったわ。
二人が自分たちに夢中になり始めたので、私は扉を閉めて朝食の準備を始めることにした。
キッチンに戻って、お鍋の中に入っているスープを温め直す。
少し、お水と調味料を足したほうが良いと言われていたのを思い出して、昨日の内に用意していた水を足した。
「おい、ソフィア、何を無視している! 俺たちの姿を目に焼き付けろ!」
ゼント様の声が聞こえた……けれど、聞こえないふりをして、スープレードルでお鍋の中をかきまぜる。
温まってきたからか、良い匂いがしてきた。
私もやればできるじゃない!
温められただけでもすごいわ!
普通の令嬢なら、温めることもできない人が多いはずだもの。
そういえば、どうなったら完全に温まったことになるのかしら?
それを聞いていなかったわ。
味見してみるしかないわね。
グツグツという音がしてきたので、恐る恐る、鍋の中にスプーンを入れてみる。
こんな、はしたないことをしても、誰からも怒られることはない。
湯気も上がっているし、温かそう。
いつもは毒見役が食べたあとに、そこからまた時間を置いてから食べるから、温かい料理なんて食べられない。
今日は温かな料理をいただけるわ!
そして、初めてのつまみ食い!
小躍りしそうになるのをこらえて、スープをすくったスプーンを口に入れてみた。
「あっつ! 熱い!」
温かさを感じるどころか、ものすごく熱い!
そりゃあ、毒見役も冷ましてから食べるわけだわ。
冷たいとかぬるいだなんて文句を言ってはいけなかった。
火を止めて、今度はお皿を用意する。
無事にお鍋からお皿に食べたい分だけ移すことが出来て満足していると邪魔が入る。
「ちょっと、ソフィア! あなた、私たちに何をさせているのよ!」
「貴様が見ていなければ意味がないだろう!」
何をさせているのよって、あなたたちが勝手にやりはじめたのに文句を言われても困るわ。
このまま、庭先で最後までするのかと思っていたけれど、周りを見る余裕はあったみたいね。
大体、見たくもないものを見ろと言われたから素直に見ている人って、とても性格の良い人にしかできないことだと思うわ。
私のような性格の悪い人間に何を求めているのかしら。
「おい、ソフィア! 聞いているのか! 俺の命令に背くとはいい度胸だな!」
権力をふりかざしてきたということは、相手をしないといけないわね。
ああ、せっかくの温かなスープが……、……温め直せば良いか。
意を決して、扉越しに言葉を返す。
「……命令に背いてはおりませんよ。私は大人しく、ここで罰を受けているだけでございます」
「そうだな。貴様は罪人だからな。こんなに可愛いケイティをいじめるんだ。人の心など持っていないんだろう」
「私はいじめなどしておりません」
声が届きにくいため、玄関の近くにある窓を少しだけ開けて続ける。
「話の通じない相手に根気よく話を続けていられるほど、私は心が広くないんです。……あ、でも、そう考えますと、ゼント様のお心がとても広いことを実感いたしますわ」
ケイティを相手にできるんですものね。
「気付くのが遅かったな。貴様がどれだけ泣こうが喚こうが、俺の気持ちは変わらんぞ。ケイティほどに俺のことを理解してくれる女はいない」
「ば」
馬鹿だから、何でも、はいはいと頷いているだけですよ。
と言いかけて、慌てて言葉をのみ込んだ。
「貴様との婚約を破棄したら、俺は久しぶりにゆっくりと眠ることができた」
「それは良かったですわ。お役に立てて嬉しいです」
「今までは、ケイティがいじめられていないか気になって眠れなかったんだ」
「それならさっさと婚約破棄してくれれば良いものを。……ごほん。私はゼント様が嬉しそうでとても幸せですわ」
「今、何か言葉の毒を吐かなかったか?」
「いいえ」
前半の言葉は毒ではなく、本音だ。
「ケイティ、ソフィアはどうしたら嫌がるんだ?」
「そうですね。ソフィアは偽善者ですから、他の人間が苦しんでいるのを見るほうが辛いと思います」
ケイティは私を見てにこりと微笑んだ。
ケイティの性格が良くないことはわかっていたけれど、ここまで酷かったなんて。
「そうか、じゃあ、近くにいる兵士の一人を燃やしてしまおうか」
「そんなことが出来るんですか!?」
「ああ。俺は王族だからな」
ゼント様はそう言うと、指先に小さな火を浮かび上がらせた。
ムダルガ王国には、魔法が存在する。
といっても、生活に便利な魔法はほとんど存在しないし、魔法を使える人間も限られている。
攻撃魔法は、王家と五大公爵家の血が流れている人間しか使えず、家系によって得意魔法が異なっている。
王家は火の魔法。
ワイアットのレストバーン家は氷の魔法。
私の家は少し変わっていて、攻撃魔法のみを無効化できる魔法が使える。
ただ、その代の1番目の子供に力が集中してしまうため、私の家の場合は兄の力が強く、私はそう大きな魔法は使えない。
「私も魔法を使いたいです!」
「ケイティには無理だが、お前が使えない分、俺が使って、嫌な相手に罰を与えてやろう。おい、そこのお前、避けるなよ。すぐに殺してるから」
ゼント様は大きな火の玉を作り、近くにいた兵士に向けて放つために、魔力を集め始めたのか、手が光り始めた。
逃げようとした兵士に、ゼント様が叫ぶ。
「逃げても違う方法で殺してやる! ソフィアの苦しむ顔が見れるんだからな!」
「ふざけないで下さい」
苛立ちを抑えてパチンと指を鳴らすと、ゼント様の両手から生まれていた大きな火の玉が消えた。
「ソフィア! 貴様、何をする!」
「王太子殿下が何の罪もない兵士を殺そうとするだなんて正気の沙汰ではありません」
窓を大きく開けて叫ぶと、ケイティが言い返してくる。
「ソフィア、今の時代、普通の人間では王にはなれないのよ? 人を簡単に殺せるくらいの精神の強さがないといけないわ!」
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