その場しのぎの謝罪なんていりません!

風見ゆうみ

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7   国王陛下からの書状

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「お、俺は殺されたくない!」
「ゼント様を殺せる人なんていませんから大丈夫ですよ!」

 怯えた表情を見せるゼント様をケイティが励ます。

 実際はそうでもないけどね。
 私にも、私の家族も可能なことだわ。

 それにしても、ケイティの考えは過激すぎる。

「ケイティ、あなたは王妃になるんでしょう。そんな馬鹿な発言をしても良い立場じゃないことを自覚しなさい」
「どうして? 国王陛下ってこの国で一番偉い人間になのよ。それなら、誰もゼント様に文句を言えなくなるじゃないの! その妻になるわたしなら、何を言っても良いでしょう?」
「そんな訳ないでしょう! 国王陛下だって、やってはいけないことだってあるわよ!」

 あまりの発言に、私が窓から身を乗り出して叫ぶと、殿下が私に近づいてきて手を振り上げた。

 避けることもできるけど、普通の令嬢は避けない。

 そう思って、わざと避けずにいると、ゼント様は予想外にも拳を作って頬を殴ってきた。

 といっても、素直に受けるわけもなく、彼の力の方向に合わせて顔を動かしたので、そう大したダメージはない。
 ゼント様はそんなことにも気づかずに叫ぶ。

「このクソ女が! 痛いだろう! 俺に殴られたことは天罰だと思え! 貴様ごときがケイティに生意気な口を叩けると思うなよ!」
「おやめください、殿下!」

 兵士たちが私を助けるために近寄ってくると、まるで力を誇示するように、ゼント様は私の髪の毛を掴んだ。

 お願いだから、これ以上馬鹿なことはしないでね。
 大勢の前で本当の力を見せたくないのよ。

「止めるな! 貴様たちに俺を止める権利はない! 俺は偉いんだ! それなのに、この女は無効化の魔法が使えるからと大きな顔をしやがって!」
「大きな顔なんてしていません」
「うるさい! この外道が」

 あまりの暴挙に腹が立った私は、髪を掴んでいるゼント様の手首を掴んだ。

「警告します。今すぐにこの手を離してください」
「偉そうにするなと言っているだろう!」
「10秒待ちます」
「うるさい! 助けてほしいなら助けてと言えよ!」

 口には出さずにカウントダウンする。

 はい、時間切れです。

「え、あ、ぐっ、ぐあぁっ!」

 お母様と外見は似ていないけど、握力や腕力の強さを受け継いでいた。
 私の場合はコントロールが出来るから良いけれど、お母様は、それが難しいから大変なのだ。

「いい、痛い! 放せっ!」

 殿下は私の手を振り払おうとするけれど、それは無理だった。

 ミシミシと殿下の手首から音が聞こえる。

「あああああ、手首がぁっ!」

 ゼント様が私の髪から手を放したので、手首を掴む手を緩めて話しかける。
 
「あら、女性に握られたくらいで骨が折れたとでも? そんなみっともないことはおっしゃいませんよね?」
「そ、それは……っ」

 私の手を自分の手首から引き剥がそうとしながら、ゼント様が歯を食いしばった時だった。

「何をしているんですか」

 ワイアットの声が聞こえたので、私は慌ててゼント様の手首を放した。

「ソフィア、貴様!」
「みっともない話をされたくなければ、今のことは黙っておいたほうがよろしいですわよ」

 ゼント様はプライドが高いところがある。
 ワイアットに女性に負けたなんて思われたくないのか、ゼント様は手首を押さえながら後退り、何もなかったかのような顔をして、ワイアットに話しかける。

「おはよう、ワイアット。どうしてお前がここにいるんだ?」
「王太子殿下、おはようございます。ご質問にお答えしたいところですが、まず、先にお聞きしたい。なぜ、殿下がこちらにいらっしゃるのでしょうか」
「ちょっと様子が気になっただけだ。お前こそ、どうしてここに?」
「彼女の様子を定期的に見てほしいと、彼女の兄から頼まれたんです」

 ワイアットは私とゼント様の間に入ると、笑顔を作って続ける。

「王太子殿下、補佐官が探しておりましたよ。戻られたほうがよろしいのではないでしょうか」
「……そうだな。ケイティ、腹も減っただろう? 帰って飯にしよう」
「はーい! でも、ゼント様、次こそは、カッコいいところを見せてほしいです!」
「わかっている。今度はバレないように殺すことにしよう」
「わたしにはわかるようにしてくださいね!」

 とんでもない会話を交わしながら、ケイティとゼント様は、私とワイアットに背を向けて歩き出した。
 でも、すぐにケイティが足を止めて振り返る。

「命拾いしたわね、ソフィア」
「それはこっちのセリフよ」

 笑顔で返すと、ケイティは蔑んだ目で私を見たあと、ゼント様の腕に頬を寄せた。
 それを合図にするかのように、ゼント様がまだ歩みを再開したので、ケイティも歩き出した。

「ワイアット、ありがとう。助かったわ」

 二人の姿が見えなくなってから、ワイアットに礼を言うと、彼は眉間にシワを寄せる。
  
「一体、何があったんです?」
「それは……そうね。何から話せば良いのか」

 話の内容を整理しなければと考えていると、助けた兵士が駆け寄ってきて、ワイアットに簡単に事情を説明してくれた。
 その話を聞いたワイアットは難しい顔のまま、私を見る。

「面倒なことになりましたね」
「私は悪くないでしょう。それに、殿下が私を憎んでいる理由はわかったわ」
「どういういことです?」
「自分の魔法が無効化されるのが気に食わないみたい」
「あなたたちの魔法は、無駄な争いを防ぐためのものですから、王太子殿下には邪魔な力といったところでしょうか」
 
 ワイアットは小さく息を吐いてから、吐き捨てるように言う。

「あんな人が王太子では、国が滅びますね」
「ねえ、ワイアット、ゼント様を国王になんてさせないわよね?」
「残念ながら、現状のままではいつかは彼が国王になります。ですから、どうにかしなければなりません」

 ワイアットはそう言ったあと、一枚の白い紙を差し出してきた。

「これは?」
「国王陛下からです」
「陛下から?」

 急いで受け取って、内容に目を通す。

 国王陛下からの書状には、私を、とある役職に任命すること、そして、その役職に就いたことによる権限についての説明が書かれていた。


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