その場しのぎの謝罪なんていりません!

風見ゆうみ

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8   幼い刺客

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 陛下からの書状は私にとって有利なものであり、何かあった時の切り札として使わせてもらうことにした。

 有り難く特権を使わせてもらう旨を陛下に伝えてほしいとお願いすると、ワイアットは先程の話をしてくる。

「王太子殿下に何もされませんでしたか?」

 私よりも頭一つ分、背が高いワイアットは、乱れていた私の髪の毛に触れて整えてくれる。

「あなたも見たと思うけど、何もされていないとは言わないわ。だけど、この借りは自分で返すつもりよ? だから心配しないで」

 ワイアットが来なかったら、私はゼント様の手首の骨をへし折っていたと思う。
 かといってそれをすると、さすがに問題になるところだったので、良いタイミングで来てくれて助かった。

 やるなら、事故や偶然に見せかけてやらないといけないわよね。
 正当防衛を訴えても過剰防衛だと言われる恐れもある。
 自分がやりすぎだと思わなくても、一般の人がやり過ぎだと思えば、それで終わりなのよね。
 あくまでも自然に起こった出来事に見せかけないと駄目よ。

 正直なところ、あの時、すぐに力を弱められたのは、ワイアットに怪力を見せたくなかったからということもある。
 ゼント様と結婚しなければいけないから、恋心を封印した私だけれど、無事にゼント様と婚約破棄できた今は、婚約者だって選びたい放題なはずだわ。

 ……婚約破棄された女性に貰い手がないというのは、世の常識であることは知っているけど、ゼント様の頭がお花畑だということも、貴族内で知れ渡ったはずだから大丈夫よね。
 
「ソフィー、顔がほころんでいますよ」
「え? そんなことないでしょう」

 邪な考えが顔に出ていたかしら?

 焦って言うと、ワイアットは殿下に殴られたほうの頬を指さして言う。

「それから、頬が赤くなっています。鏡を見て下さい」
「あ、えーと、まあ、そうかもしれないわね」

 平手打ちの話をしたら、手首をへし折ってやろうとした話をしなければならない。

 いや、平手打ちをされたからやり返すのは悪くないことだから、言っても良いのかしら。

「本当に何があったんですか。まさか、叩かれたわけじゃないですよね」
「ワイアット。心配してくれてありがとう。色々とあったけど、私は大丈夫よ。それに、朝早くから様子を見に来てくれて、本当にありがとう! 良かったら、スープでも」

 そこまで言って気が付いた。
 今の私はノーメイクだということに!

 酷い顔とまではいかなくても、いつもの顔ではない。

 目線を合わせないようにしていると、ワイアットは「そんなに嫌なら聞きません」と笑ってくれた。

 いや、それが理由じゃないんですけどね。


*****


 ワイアットが帰ってしばらくするとメイドや使用人たちが新居にやって来てくれた。

 使用人たちは冷めたスープを温め直し、持参してくれたパンをテーブルに並べてくれた。
 来てくれた料理人や毒見役、メイドたちに感謝の気持ちを述べると、なぜか慌てられてしまった。

 今まで、そんなことを改めて言われたことが無かったからかもしれない。
 言わなくても感謝は伝わっていると思い込んでいたけど、口にすることも大事な時もあるのね。

 食事を終えて、メイドにメイクの仕方を教えてもらいながら、ワイアットや兵士たちにノーメイクの自分を見られてしまったことを嘆いていると、話を聞いていた使用人たち皆が慰めてくれる。

「化粧をしていないお嬢様も、十分、お綺麗です。雰囲気が違って、ワイアット様も驚かれたはずですよ」
「化粧をしなかったら、こんなに酷いのかって驚かれたということ?」
「そうではありません!」

 自分でも気が強いと自覚はしているけれど、嫌っていない人に対する対人面には気の強さが発揮されない。
 ゼント様が婚約者の時は、彼に嫌われても良かったので、常識外のことをしようとしたら、遠慮なく止めていたけど、使用人たちにはできれば嫌われたくない。

 ……今思えば、止めるという行為は彼が私と婚約破棄したくなった原因の一つでもあるかもしれない。

 誰だって、自分が信じていることを容赦なく否定されれば嫌な気持ちになるからだ。

 もう少し優しくしていれば、ゼント様はケイティに惑わされなかったのかしら。

 ――いや、そんなことはないわよね。

 ゼント様はケイティのように自分の全てを肯定してくれる人じゃないと駄目な人だもの。

「お嬢様、お疲れのようですし、メイクを落として、お休みになられますか?」
「大丈夫よ。今晩はゆっくり眠るつもりだから。それに、まだ昼にもなっていないわ。もし、どうしても眠くなったら、お昼寝をさせてもらうから、その時はよろしくね」

 なるべく、色々なことを自分でできるようにならなくちゃ。

 そんなことを思いながらルージュを引くと、思い切りはみ出してしまい、口が裂けた人になってしまった。
 それを見たメイドが必死に笑いをこらえているのを見て、はしたないとわかっていつつも、私は声を上げて笑った。


 メイクの練習後は、髪の毛の手入れの仕方などを教えてもらい、そうこうしている内に、昼食の時間になった。
 その頃には私の友人たちや、祖父母からの手紙が届き、昼食が出来るのを待っている間に、届いた手紙を読んでいくことにした。

 検閲が入ることはわかっているはずなのに、母方の祖父母たちからの手紙には、ゼント様への罵詈雑言が書かれていたようで、その部分が黒く塗りつぶされていて、手紙の半分以上が黒くなってしまっていた。

 父方の祖父母は貴族だから、はっきりとした批判の言葉はなく、私を心配してくれている内容ばかりだった。

 どちらの祖父母も私を心配してくれていることだけはわかって、気持ちはすごく嬉しい。

 でも、お母様のほうの祖父母は本気でゼント様をどうにかしようとしているので、そこは考えなければならない。

 お母様の妹である叔母様も気の強い人で、暗殺部隊を持っているという噂……、というよりも、実際に持っていることを私は知っている。

 暗にその部隊を使うような書き方だったので、少し焦ってしまっている。

 気持ちはありがたいのだけれど、反逆罪になるんだから、証拠に残るようなものはやめてほしい。
 
 検閲をしてくれているのが、ワイアットの息のかかった人だから、黒く塗りつぶされたりしただけで済んでいるから助かった。

 ワイアット曰く、ゼント様は城内で働いている多くの人間に嫌われているらしく、彼がいなくなってくれればと、密かに思っている人も多いそうだ。
 だから、この手紙を読んで、祖父母を反逆罪で告発する人はいない。
 まあ、反逆罪で訴えられたとしても、私の親族は結託して戦うだろうから、王家は無傷では済まない。
 それに、他の貴族が私たち側に付くでしょうし、向こうも問題にはしにくいでしょうけどね。

 手紙には国王陛下の体調を気にする内容も書かれていた。

 そういえば、国王陛下の命を狙っているのって、ゼント様よね?
 そんな人が王太子だなんてありえないわ。

 現在の王家には子供は彼しかいないから、跡継ぎがゼント様しかいない。
 どこか、他の貴族から養子を取るにしても、ゼント様に王位継承権がある今は動きにくい。

 どうすれば良いのか必死に考えていると、目の前に果実のジュース、チーズや野菜の入ったサンドイッチが置かれたので、運んできてくれたメイドに礼を言うと、なぜか、浮かない顔をして話しかけてきた。

「あの、お嬢様、城のメイドが昼食をお持ちしたと言っているんですが、どうされますか?」
「おかしいわね。食事は希望していないのよ」
「持ち帰るように伝えたのですが、お嬢様にお会いするまでは帰れないと言うんです」
「……よくわからないわね。どうして私に会わないと駄目なのかしら?」

 気にせず追い返せばいいのに、それができない理由があるのかと思い、立ち上がって玄関に向かうと、スープやパンがのせられたトレイを持つ、ぶかぶかのメイド服を着た幼い少女が今にも泣き出しそうな顔をして立っていた。

「ど、どうかしたの?」

 駆け寄って尋ねると、年齢を高めに見積もっても10歳くらいにしか見えない少女は、目を潤ませながら答える。

「あの、申し訳ございません。食べていただくように命令されたんです」
「私が食べないと、あなたが怒られるの?」
「はい。……でも、食べないでほしいです」
「どうかしたの? 食べないと怒られるんでしょう? それなのに食べないでなんておかしいわ。とにかく、中で話を聞かせてくれる?」

 何か事情がある気がして、少女に家の中に入るように促すと、彼女は泣きながら訴える。

「あの、私は、城に住み込みで働いているナンシーです! ビーチ村に家族がいます!」
「え? はい? あ、そうなの?」
「こんなお願いをすることが駄目だってことはわかっています。でも、私は悪いことはしなかった、と、家族に伝えてもらえませんか?」
「何の話をしてるの?」
 
 何だか嫌な予感がして、彼女に近付こうとすると「危険です」と言われ、屋敷のメイドたちに止められた。
 
 その間に少女は持っていたトレイを下に置くと、スプーンでスープを一口すくい、勢い良く、口の中に入れた。
 数秒後、少女は床に倒れて苦しみ始めた。

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