その場しのぎの謝罪なんていりません!

風見ゆうみ

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22  上書の威力

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 ララベルから、彼女の婚約者のことで気分が悪くなる話を聞いたあとに、婚約を破談に出来ないのか尋ねてみた。

 すると、お父様から反対されたのだと言った。

 断ったあとに良い縁談が見つからないかもしれないということや、結婚すれば変わってくれるかもしれないと言われたそうだ。

 相手は辺境伯家で、公爵家よりも爵位は下だ。

 でも、この国では女性よりも男性の立場が強いため、いくら公爵家といっても、女性問題については、お願い程度しか出来ないのだという。

 これが男女の立場が逆転しているのなら別だ。
 
 ララベルの場合は彼女が当主になるので、婚約者はララベルの性を名乗ることになる。

 辺境伯家側からしたら、次男といえども、息子を公爵家に差し出してあげる、といった感じで思っているようだった。

 ララベルは結婚はするけれども、我慢できなくなったら、すぐに離縁するつもりでいるらしい。
 その際には、自分の跡継ぎは、一度、弟に譲渡後、弟の子供に継がせると言っていた。

 貴族の男性は、どうして良い人と悪い人が、こうもはっきりと分かれてしまうのかしら。
 私の近くの男性だけがそうなだけで、普通はもっと違うものなのかしら。

 それに、ララベルのお父様だって、もっとララベルの気持ちを考えてあげてほしいと思ってしまう。
 結婚したら、相手の態度が変わる可能性もあるけど、変わらない可能性だってある。

 結局、答えは出ないまま、ララベルと別れた私は預かった封筒を胸に大事に抱え、ゼント様の部屋へと向かった。

 ゼント様の部屋の扉を護衛の兵士がノックすると、側近らしき人物の声が聞こえた。

 約束もせずに来たことを詫びると、入室の許可がおりたので、部屋の中に足を踏み入れる。

 出迎えてくれた側近は、恭しく私に頭を下げた。

 肩まである茶色のストレートの髪が綺麗な、柔和そうな顔立ちの青年は笑顔で言う。

「ソフィア様、足を運んでいただき、ありがとうございます。殿下は向かって左側の部屋にいらっしゃいます」
「ありがとう。でも、一人でゼント様のプライベートルームに入るわけにはいかないわ」

 中に入ってすぐに応接ルームがあり、その左右に扉がある。

 一つは寝室、一つはプライベートルームになっていて、今、通された場所が応接ルームだ。
 向かって左側がプライベートルーム、右側が寝室と知っている私が言うと、側近は苦笑する。

「ミーデンバーグ様にご迷惑でなければ、私も中に入らせていただきます。今のお立場は昔のお立場とは違っていますからね。もし、何か言われるようでしたら、殿下に相談願えますか」
「ありがとう。そうしてもらえると助かるわ。あと、ケイティは中にはいないわよね?」
「はい。いらっしゃいません。そういえば、今日は昼から一度も姿を見ていませんね」

 側近は、そう言った後、私が胸に抱えている封筒を見て、眉根を寄せる。

「ミーデンバーグ様、そちらはもしかして……」
「どうかした?」
「いえ。なんとなくですが、持っておられる封筒から強い魔力を感じたもので」
「魔力を感じることができるなんてすごいわね」
「私は魔法を使うことは出来ませんので、感じられても意味がありません。それより、やはり、そんなに悪い状態に陥っているのですね」
「そうね」

 側近は目を伏せると、大きく息を吐いてから、ゆっくりと目を開けた。

「覚悟を決めておかねばならないというこおでしょうか」
「あなたは、この封筒の意味をわかっているのね? それなら出来れば、こちら側に付いていただけると有り難いけれど」
「申し訳ございませんが、ここではお答えを控えさせていただきます」
「それはそうよね。無神経なことを言ってしまって、ごめんなさい」
「とんでもないことでございます」

 側近は首を横に振ると、ゼント様のプライベートルームの扉をノックした。

「ソフィア様がお見えです」
「ソフィアだと? まあ、いい。通せ」

 ゼント様の声が聞こえ、側近が扉を開けてくれる。

「どうぞ、お入りください」
「失礼いたします」

 ゼント様のプライベートルームは質素なもので、書き物机と安楽椅子、それから、本棚くらいしかなかった。
 ゼント様は、窓際に置かれている安楽椅子にふんぞり返って座っていて、不機嫌そうに顔だけ向けてきた。
 
 胸に封筒を抱えているので、深々と頭を下げて挨拶をすると、ゼント様が話しかけてくる。

「俺に用とは珍しいな。とうとう、俺に愛を求めたくなったのか?」
「何を言ってらっしゃるのか理解できません」
「まったく、可愛げのない女だ。違うというのか。それなら、何の用だ」

 ゼント様は私が大事に抱えている封筒に目を向けた途端に叫ぶ。

「それは……っ! なぜ、貴様がそれを持っているんだ!? しかも、何通もあるのか!?」

 ゼント様は封筒が何だかわかったようだった。

 立ち上がって、私に近寄ってこようとしたけれど、側近が間に入ってくれた。

「失礼します、殿下。未婚の女性に必要以上に近付くのは、いくら殿下といえど許されることではありません。それに、ミーデンバーグ様は殿下が婚約の破棄したお方ですよ?」
「うるさい! そんなことはどうでも良い! お前だって、ソフィアが抱えている封筒が何か知っているだろう!?」
「学園に通っている頃に教科書で見たことはありますが、実物は初めてです」
「俺だって同じだ!」

 側近の言葉にゼント様は怒りながら叫ぶと、側近越しに私を指差して叫ぶ。

「貴様は俺のことがそんなに嫌いなのか!? だから、そんなものを用意したのか!」
「何を言っているのでしょうか。婚約を破棄してきたのはあなたです。嫌っているのは、ゼント様のほうじゃないですか」
「その封筒の中身は上書なのだろう!? それが何を意味するのかわかっているのか!?」
「もちろんです」

 持っていた封筒の中から、ミーデンバーグ家の家紋の封蝋が押されたものを探し、中身を取り出してから、殿下に差し出して続ける。

「前回のように奪おうとするのはかまいませんが、もし、この原本が破られる、火で燃やされるなどのことがありましたら、ゼント様がミーデンバーグ家に対して宣戦布告したと受け取ります。それは他の公爵家も同じです。ミーデンバーグ家以外の公爵家からも同じものをお預かりしています。それから、この上書に何かせずとも、私の命を狙ったり、もしくは、私の命が奪われた場合も、上書に何かしようとした時と同じ扱いになることも覚えておいて下さいませ」
「貴様、俺を脅すつもりか!」
「脅してなどおりません。警告です。また無関係な命が奪われるようなことがありましたら、その場合についても考えさせていただきます。ですので、何か行動される場合は、しっかりと考えて行動なさるようにお願いいたします」
「生意気な口を!」

 殿下はそこまで言ったあとに立ち上がる。

 でも、上書を確認することもせずに視線をそらし、安楽椅子に倒れ込むように座った。

「なぜだ、なぜ、こうも上手くいかん! 俺は間違ったことなどしていない!」
「ケイティを愛したことが間違いだとは言いませんが、順番が間違っておりましたね。私との婚約を破棄してから、お付き合いなさるべきでした。それに、私を処刑しようだなんて言い出したこともおかしいです」
「貴様がケイティにしたことを考えたら、正しい判断のはずだ! 自分が幸せになるためにケイティを犠牲にし、彼女から色々なものを奪っていたんだろう!? 一時は貴様を信じ、貴様のような人間を妻にしようとしていた自分がおぞましい!」
「ゼント様、どうして、ケイティの言うことばかりを信じ、私には真相がどうであるか、確認しようとしないんですか?」
「そ、それは、ケイティが嘘をつく必要なんてないからだ!」

 ゼント様が焦った様子で私に言い返した時、私の背後の扉が勢いよく開け放たれた。
 
「誰もいないみたいだから、入りますね! 殿下、お話したいことがあるんですけど!」

 ケイティの声が聞こえてきたので振り返ると、ケイティが叫ぶ。

「殿下、聞いてください! ソフィアが酷いんです! それに大変ですよ! ワイアット様が国王陛下の毒の件で」
「ケイティ!」

  ゼント様は叫び、ケイティの言葉を止めさせた。

 けれど、私にも側近の耳にもしっかり、ケイティの言葉は届いていた。

 ケイティは国王陛下の毒の件で、と言った。

 毒のことを知っているのは、ワイアットや彼の同僚、他には数少ない人しか知らないはず。
 ワイアットたちがケイティに、そんなことを教えるはずがない。

 側近が困惑の表情を浮かべて私を見てきたけれど、それに対して、私も初めて聞いたふりをして、殿下に尋ねてみる。

「今、ケイティは国王陛下の毒の件でと言っていたように思うのですが、一体、どういうことなのでしょうか?」

 殿下は唇を噛んだかと思うと、何も言わずに俯く。
 すると、ケイティはやっと、私の存在に気がついた。

「……って、ソフィア、どうしてここにいるのよ!?」

 ケイティは、私と側近の姿を見て、両手で口を覆った。
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