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使用人たちと一緒に来たというのに、彼らに持たせることはせず、お母様は片方の手には大きな樽、もう片方の手には、大きな袋を抱えていた。
「お久しぶりです、お母様」
「本当にそうよ! 早く帰ってきてほしいわ! ソフィーがいないと、食卓がむさ苦しくてしょうがないんだよね! あたしもガサツで女性らしくないからさぁ! あ、これはお土産よ」
そう言って樽を床に、袋はテーブルの上に置いた。
水は顔を洗ったりするために使えば良いと言われ、袋の中身は保存食だった。
お母様は家族やミーデンバーグ家の使用人たちの前では自分のことをあたし、という。
部族長の娘だったので、礼儀はしっかり教えられているのだけれど、家の中ではお祖父様やお祖母様も、言葉使いが荒い。
だから、たまに遊びに行くと、平民のような言葉遣いが普通に飛び交っている。
私はその言葉遣いが嫌いではないし、お母様のおかげで身近に感じているというのもあり、大して違和感も感じない。
そんなお母様が私は大好きだし、お父様は人前では隠しているけれど、家の中ではお母様にメロメロだったりする。
……メロメロって言葉は貴族は使うのかしら。
使わないのなら、お母様の影響ね。
「むさ苦しい、ですか。私はお父様に似ているとよく言われますから、お父様に女装でもしていただいたらどうでしょうか? 私のように見えるかもしれません」
「顔はいけるかもしれないけど、体つきは男性だからね。私の可愛いソフィーとは全く違うわよ」
お母様は荷物を置くと、私を恐る恐る抱きしめた。
お父様は何度か骨をおられたことがある。
お母様の部族の中には回復魔法を使える人がいるので、嫁入りと一緒に付いてきてくれていて、毎回すぐに治してくれている。
お兄様が生まれてすぐに、我が子を抱けないことがショックで、力加減を覚えていったのだそうだけど、興奮すると加減を忘れてしまうから命にかかわる。
「で、話したいことって何なの? そろそろ殿下の首をとってもいいっていう話?」
「違いますよ。国王陛下についての話です。お母様は陛下が何者かに命を狙われていたという話を知っておられますか?」
毒の話を知っているかわからないので、遠回しに聞いてみると、お母様は椅子に座って長い足を組んだあとに、大きく頷く。
「知ってるわ。誰かに毒を飲まされていたんでしょ? どういうこと? 犯人がわかったの? で、そいつに毒を飲ませ返すの? どうせ犯人はバカか裏切り女なんでしょ? ソフィーに嫌な思いをさせたんだから、晒し首にでもする? それとも、生かしておいて1つ1つ指を切り落としていくとかがいい?」
「お母様、落ち着いてください! そんなことをしたら、ケイティと同じレベルになってしまうじゃないですか」
「全然違うわよ。相手は罪人なんだから罰を与えるだけよ」
「罰といえば、また違ってくるかもしれませんが……」
ゼント様は認めていないけれど、ケイティは罪を認めたようなものだし、彼女は平民だ。
これだけ、王家を掻き乱しているんだから、それくらいの罰を与えられてもおかしくはない。
本人は自分がそんなに大変なことをしているなんて、思ってもいないんでしょうけれど……。
「ソフィー、あなたの優しいところは大好きだけど、それが時には良くないこともあるわよ。あまりゆっくりしていると、傷付かなくていい人間が傷付く可能性があるわ。深く考えないことも時には必要なんじゃない? 元を断ち切ればそれでいいんだから」
「王太子殿下がいなくなれば、この国はどうなると思いますか?」
「……ソフィー、何とかなるわよ」
「はい?」
「国王陛下が生きていらっしゃる以上、王太子がいなくなっても国はまわるわ。平民の暮らしも、そう大きくは変わらない」
「そ、それはそうかもしれませんが……」
「あのね、ソフィー、王太子がいなくなったらどうするかは、あなたが考えることじゃないのよ。それは他の人間が考えること。あなたは自分のすべきことをやればいいのよ」
お母様は立ち上がって、優しく私の両肩に手を置いて続ける。
「あたしはソフィーの母よ。娘の仕出かしたことの責任は取るわ。もちろん、ソフィーが本当に悪い場合は、ソフィーだからって容赦はしないわ」
お母様は悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
私も笑顔になって大きく頷く。
「それはもちろんわかっています。ですが、自分が考えることではないと、最初から何も考えないのも良くないのではないかと思ったんです」
「でも、考えてたって一緒じゃない? どうせ答えなんてすぐに出ないんだから、何も始まらないわ。とにかく動いてみましょ。なんとかなるから」
「お母様のような楽観的な性格でしたら苦労はしておりません」
「深く考えてばっかりでも疲れるだけよ! たまにはこっちから仕掛けるのもいいと思うわよ!」
「穏便に済ませたいのですけど」
「ソフィーは父親似よねぇ!」
少し呆れた表情で答えると、お母様は気分を悪くした様子もなく、明るい笑顔を見せてくれた。
お母様の言うことも一理ある。
相手のミスを待っていてもしょうがないわ。
無謀ではなく計画を立てて、こちらから仕掛けてみるのもいいのかもしれない。
もちろん、お母様の言うような、首をとる、とかではなく。
まずは、殿下とケイティの仲を揺さぶってみることにしましょうか。
「お久しぶりです、お母様」
「本当にそうよ! 早く帰ってきてほしいわ! ソフィーがいないと、食卓がむさ苦しくてしょうがないんだよね! あたしもガサツで女性らしくないからさぁ! あ、これはお土産よ」
そう言って樽を床に、袋はテーブルの上に置いた。
水は顔を洗ったりするために使えば良いと言われ、袋の中身は保存食だった。
お母様は家族やミーデンバーグ家の使用人たちの前では自分のことをあたし、という。
部族長の娘だったので、礼儀はしっかり教えられているのだけれど、家の中ではお祖父様やお祖母様も、言葉使いが荒い。
だから、たまに遊びに行くと、平民のような言葉遣いが普通に飛び交っている。
私はその言葉遣いが嫌いではないし、お母様のおかげで身近に感じているというのもあり、大して違和感も感じない。
そんなお母様が私は大好きだし、お父様は人前では隠しているけれど、家の中ではお母様にメロメロだったりする。
……メロメロって言葉は貴族は使うのかしら。
使わないのなら、お母様の影響ね。
「むさ苦しい、ですか。私はお父様に似ているとよく言われますから、お父様に女装でもしていただいたらどうでしょうか? 私のように見えるかもしれません」
「顔はいけるかもしれないけど、体つきは男性だからね。私の可愛いソフィーとは全く違うわよ」
お母様は荷物を置くと、私を恐る恐る抱きしめた。
お父様は何度か骨をおられたことがある。
お母様の部族の中には回復魔法を使える人がいるので、嫁入りと一緒に付いてきてくれていて、毎回すぐに治してくれている。
お兄様が生まれてすぐに、我が子を抱けないことがショックで、力加減を覚えていったのだそうだけど、興奮すると加減を忘れてしまうから命にかかわる。
「で、話したいことって何なの? そろそろ殿下の首をとってもいいっていう話?」
「違いますよ。国王陛下についての話です。お母様は陛下が何者かに命を狙われていたという話を知っておられますか?」
毒の話を知っているかわからないので、遠回しに聞いてみると、お母様は椅子に座って長い足を組んだあとに、大きく頷く。
「知ってるわ。誰かに毒を飲まされていたんでしょ? どういうこと? 犯人がわかったの? で、そいつに毒を飲ませ返すの? どうせ犯人はバカか裏切り女なんでしょ? ソフィーに嫌な思いをさせたんだから、晒し首にでもする? それとも、生かしておいて1つ1つ指を切り落としていくとかがいい?」
「お母様、落ち着いてください! そんなことをしたら、ケイティと同じレベルになってしまうじゃないですか」
「全然違うわよ。相手は罪人なんだから罰を与えるだけよ」
「罰といえば、また違ってくるかもしれませんが……」
ゼント様は認めていないけれど、ケイティは罪を認めたようなものだし、彼女は平民だ。
これだけ、王家を掻き乱しているんだから、それくらいの罰を与えられてもおかしくはない。
本人は自分がそんなに大変なことをしているなんて、思ってもいないんでしょうけれど……。
「ソフィー、あなたの優しいところは大好きだけど、それが時には良くないこともあるわよ。あまりゆっくりしていると、傷付かなくていい人間が傷付く可能性があるわ。深く考えないことも時には必要なんじゃない? 元を断ち切ればそれでいいんだから」
「王太子殿下がいなくなれば、この国はどうなると思いますか?」
「……ソフィー、何とかなるわよ」
「はい?」
「国王陛下が生きていらっしゃる以上、王太子がいなくなっても国はまわるわ。平民の暮らしも、そう大きくは変わらない」
「そ、それはそうかもしれませんが……」
「あのね、ソフィー、王太子がいなくなったらどうするかは、あなたが考えることじゃないのよ。それは他の人間が考えること。あなたは自分のすべきことをやればいいのよ」
お母様は立ち上がって、優しく私の両肩に手を置いて続ける。
「あたしはソフィーの母よ。娘の仕出かしたことの責任は取るわ。もちろん、ソフィーが本当に悪い場合は、ソフィーだからって容赦はしないわ」
お母様は悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
私も笑顔になって大きく頷く。
「それはもちろんわかっています。ですが、自分が考えることではないと、最初から何も考えないのも良くないのではないかと思ったんです」
「でも、考えてたって一緒じゃない? どうせ答えなんてすぐに出ないんだから、何も始まらないわ。とにかく動いてみましょ。なんとかなるから」
「お母様のような楽観的な性格でしたら苦労はしておりません」
「深く考えてばっかりでも疲れるだけよ! たまにはこっちから仕掛けるのもいいと思うわよ!」
「穏便に済ませたいのですけど」
「ソフィーは父親似よねぇ!」
少し呆れた表情で答えると、お母様は気分を悪くした様子もなく、明るい笑顔を見せてくれた。
お母様の言うことも一理ある。
相手のミスを待っていてもしょうがないわ。
無謀ではなく計画を立てて、こちらから仕掛けてみるのもいいのかもしれない。
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