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16 え、私を盾にするんですか?

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「ちょうどお主らと話をしたいと思っておったのだ」

 王太子はそれはもうご機嫌な様子で話しながら、庭園内を歩く。
 昼間に来れば景色が楽しめるのだろうけど、暗くてほとんどはっきり見えないので、庭園の良さがさっぱりわからない。
 
 お腹へったな。
 お肉食べたい。

 そんな事を思った時だった。
 何か不穏な空気を感じて後ろを振り返る。
 まさか、王太子が何かを?

 なんて思ったけれど、私達の前を歩く彼は、ずっとご機嫌に話し続けているだけで、先程と変わった様子はない。

「リア」
「うん、わかってる。でも二人よ。しかも、こんなに殺気をだだ漏れにしてるくらいだから、なんとかなりそう」
「殺気?!」
「私達にじゃないわよ。もれなく王太子殿下に」
「え?!」

 なんで自分の国でパーティ開いてる日に刺客に狙われてるの?!
 あ、でも、女性関係の恨みとか?

「どうかしたか?」
「あ、いえ」

 リアは立ち止まると、道の左右に植えられている低木の一つに目をやる。
 すると、王太子は笑って言った。

「気付いておったのか?! お主のように気付いた女性は初めてだぞ!!」

 王太子は嬉々とした表情で言う。

 え、何回もこんな状況があるんですか?

「王太子殿下のお知り合いで?」
「いや、知らぬ。ただ、ここ最近、こういう輩が多くてなあ」

 王太子が笑いながら言うと、自分達に気付いている事がわかった、刺客二人は低木の向こうから、私達の後方の小道へと姿を現した。

 全身真っ黒で覆面をしていて、体格は王太子より一回り以上小さく、男性でいえば一般体型が一人、もう一人は明らかに子供な感じで、私達より少し背が高いくらいの華奢な体型が一人の合計二人。
 物騒な事に二人共、長剣を手にしていた。

「今日こそは消えてもらうぞ!」

 今日こそは?

 声を聞くかぎり若い男性と思われる、小柄な方の刺客らしき人物から飛び出した言葉に、私は王太子の方に振り返って尋ねる。

「何度か狙われてらっしゃる?」
「今まではなかったのだが、ここ最近、この二人はよく来ておるよ」
「警備はどうなってるんですか?!」

 呑気そうに答える王太子にリアが叫ぶと、代わりに大きい方の刺客が答えた。

「僕達に入れぬ場所はない!」
「いやいや」

 素人の私にまで気付かれてるんだから、そんな訳ないでしょ。

「どこの御令嬢か知らないが、貴殿らに危害を加えるつもりはない。ここは危険なので立ち去ってくれ」
「そうなんですか! では、お言葉に甘えて」

 リアがにっこり笑い、私の方を向いて口を開こうとした時だった。

「なぜ余を護らぬのだ!」
「は?」

 王太子に聞き返すリアの表情は歪んでいた。

「女は余のために生き、余のために死ぬべきだ」

 意味わからん!
 なんでそうなるの?!
 
「私達は自分の命が大事なので、では王太子殿下はお一人でどうぞ」

 リアは私の腕をつかみ、さっさと刺客のいない方に歩き始めるが王太子は付いてくる。

「いや、だからお主らが盾になれと言っておる」
「コイツ、バカなの?」
「だと思う」

 リアが我慢しきれなくなったのか聞いてきたので、私も素直に答えた。

「ん、何か言ったか?」
「何も言っておりません」
「殿下、お元気で!」

 私は笑顔で手を振って足を早める。
 
 刺客は何だか弱そうだし、王太子一人で相手にできるだろうから、か弱い私達は助けを呼びに行くか。

「なぜだ! なぜ、余を助けぬ?!」
「ごめんなさい、私、婚約者がいるので」
「リアに同じです」
「世の全ての女は余のために生きてるはずだぞ!」

 んな訳あるか。
 少なくともそうでないのがここに二人いますよ!

 そんなやり取りをしていたら、刺客は王太子めがけて剣を向けて突進してきた。
 すると、あろうことか、王太子は私を引っ張ると自分の前に押し出した。

 なんなの、この人!

 パニックで足が動かなくなる。
 刺客も素人なのか、目をつぶって向かってきているため、狙う相手が違う事に気付いていない。
 剣先が私に近づいたその時、刺客の腕に小型のナイフが刺さり、男は剣を落として叫ぶ。

「痛い!」

 そこへ、リアがドレス姿でひらりと舞い、刺客の首に足をかけると、全体重をかけ後ろへ倒れ込ませ、そのまま絞め技に入った。

「何を考えてるんですか!」

 リアは絞め技をかけたまま、王太子に向かって叫ぶ。

「だから余のために!」
「人を盾にするなんて!」
「お主は強いから良いではないか!」
「そういう問題じゃないです! 大体、あなたが盾にしたのは私じゃありません!」

 リアは刺客の動きが鈍くなったのを確認すると、絞めていた腕をといて立ち上がり、落ちていた剣を拾い、小道に沿っている低木の向こうへ放り投げた。
 そこで我に返った私は、ピンチの時にとラス様にもらったイヤーカフに魔力をこめる。

 まさか、使うはめになるとは。
 王太子がほっといてくれれば、使わなくて済んだのに!

 すると、私の魔力に反応したのか、イヤーカフが一瞬あたたかくなった。
 そしてすぐに、ラス様の声がイヤーカフから届く。

「パーティー会場の外ですね。すぐ向かいます」

 探知魔法で居場所を把握してくれたらしい。
 ホッと安心したのも束の間。

「早く余を守れ!」

 王太子はそう言ってまた私を盾にする。

 ほんと、この人勘弁してほしい。
 
 苛立ちがおさえきれなくなり、私は故意ではないふりをして、ヒールで足を踏みつけた。

「痛いぞ!」
「申し訳ございません。そんな所に立っていらっしゃるから」
「ぎゃあ! また踏んだぞ!」

 このまま連続で踏みたくっていたいけど、王太子だしやめておく。
 リアはレッグホルダーから取り出したナイフを持ち、もう一人の刺客と対峙していた。

「あなた達に危害を加えるつもりはないんだ! だから退いてくれ」

 刺客が叫ぶと、リアが答える。

「王太子殿下は私の友人を盾にしようとするんだから無理です。あなた達が諦めて」

 その時、リアと刺客の間に光が走った。

 光魔法?!
 と思ったが、それは目くらましで、光が走ったところにはユウヤくんとユウマくんが立っていた。

「リア、怪我は?」
「ない!」
「ユーニちゃんは?」
「大丈夫!」

 ユウマくんに私は笑顔で答える。

「な、なんで、どこから?!」

 リアに倒されていた小さい方が起き上がって叫ぶ。

「魔道具に決まってんだろ」

 ユウマくんはわざと律儀に答える。
 ラス様の転移魔法を知られるわけにはいかないからだと思う。

「ユウヤ殿下とユウマ殿下?」

 大きい方はユウヤくん達を知っているようで、困惑するような声を上げた。

「その声」

 ユウヤくんも聞き覚えがあるのか、刺客を凝視する。

「今日は引くぞ!」
「はい、兄上!」

 刺客は兄弟だったらしい。
 リアになげすてられた剣を拾うことなく逃げて行ってしまった。
 なんか、刺客って感じではないけど。

「大丈夫か?!」
「大丈夫! ちょっとドキッとした事はあったけど、あんまり怖くなかったし」

 ユウヤくんが駆け寄ってきて、私の両肩を持って聞いてきたので笑顔を作って答える。

 まあ正直、死ぬかと一瞬思った時はあったけど。

「リア、さっきはありがとう!」
「無事で良かったわ」

 助けてもらったお礼を言えてなかったので、リアに手を振りながら言うと、笑顔を返してくれた。

「一体、何事ですか?!」

 ラス様が刺客が逃げていった方向とは逆の方向から走ってきて、私とリアに尋ねる。

「なんか、王太子殿下が狙われてたみたいで」
「殿下が?!」
 
 リアが答えると、ラス様は私達の様子をのんびり眺めている王太子に向かって話しかける。

「お怪我はありませんか?」
「やっと聞いてくれたか! ユウヤ殿もユウマ殿も自分の婚約者に必死で、余の事など目もくれもせん」
「アスラン殿下は女性を大切にしておられますし、気持ちを配慮いただけますと有り難いのですが」

 全然、大事にしてないですよ!
 その人、私を盾にしようとしてましたよ!

 ラス様の言葉に異論を唱えたくなったけど止めた。

「まあ、そうだな。ユーニ嬢には申し訳ないことをした」
「あ、いえ」
「それはどういう事でしょう?」

 ユウヤくんが王太子と私の間に入って尋ねると、なぜか、王太子はラス様の方をちらりと見る。
 視線に気が付いたラス様は、小さくため息を吐くと王太子に言う。

「私は何も見ていないんですがね」
「状況把握に長けてると聞いておるぞ」

 王太子はにやりと笑う。
 ラス様が私を見たので、彼にさっきまでの話を伝える。
 盾にした事を伝えた時には、ユウヤくんの表情が変わったため、腕を掴んで落ち着けさせた。

「いつも来る間抜けな刺客、女性を盾に、ですか」

 ラス様はそう呟いたあと、王太子に向かって言った。

「わざとユーニさんを盾にして反応を見るおつもりでしたか」

 んん?
 どういう事ですか?
 反応を見る、とは?
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