52 / 59
44 懲りない男②
しおりを挟む
フィルと一緒にメイドに案内されたのは、わたしも何度か訪れたことのある応接室だった。
すでにリアド辺境伯は部屋の中にいて、向かって左側の黒い革張りのソファに座っていた。
その向かい側にはアフック様と見知らぬ女性が座っている。
アフック様はわたしの姿を見て、びくりと体を震わせた。
あんなに偉そうにしていたのに、セルロッテ様に怒られただけで大人しくなっているのね。
もっと早くにセルロッテ様が関わってくれていれば、多くの被害が防げたのかもしれない。
そんな風に思いながらも、関わっていたけれどもみ消していたことを思い出して複雑な気持ちになった。
「ど、どうして君がここに」
「アフック様、余計なことや失礼なことを言うようでしたら、この部屋から追い出してもらいます。それから、セルロッテ様にもご報告いたします」
「そ、それは待ってくれ!」
アフック様は中腰になって訴えてくる。
「あなたから連絡があった時点で、エルモード伯爵家から除籍すると言われているんです」
「リアド辺境伯から呼ばれて、わたしはここに来ただけですから、先程も言いましたように余計なことや失礼なことを言わなければ報告はいたしません」
冷たい声で応えると、アフック様は葛藤するように目を彷徨わせてから口を閉ざした。
「アフック様、どうかなさいましたか?」
アフック様の隣に座っている、金色の髪をシニヨンにした細身の若い女性が心配そうな顔をして話しかけた。
「いや、それは」
アフック様が言葉に詰まったその時、リアド辺境伯がフィルに尋ねる。
「フィル、お前はここにいる女性に心当たりはあるのか」
「……いいえ」
フィルは女性の顔を見て確認したあと、首を横に振った。
整った顔立ちの女性で、雰囲気はルララ辺境伯令嬢に似ているような気がする。
でも、わたしも見たことのない顔だと思ったので、貴族だとしても、あまり社交場には顔を出していないのかもしれない。
ピンク色のドレスに身を包んだ女性は、正面に座ったわたしの視線に気がついて、にこりと微笑んできた。
やはり、思い出せない。
無言で隣に座るフィルを見ると、彼も困惑したような表情を浮かべていた。
すると、リアド辺境伯が話し始める。
「そこにいる女性はヒスティー嬢と言う。平民らしい」
平民とアフック様がどうして一緒にいるのかしら。
アフック様は平民を嫌っていそうなのに。
わたしとフィルが無言で先を促すと、リアド辺境伯はとんでもない話を教えてくれた。
「ヒスティー嬢はフィルと体を重ねたと言っている。しかも、ここ最近だったか?」
「はい。アルミラ様との婚約が決まったあとですわ」
ヒスティー嬢は恥ずかしそうに頬を赤く染めて頷いた。
「息子は君を知らないと言っているが?」
「アルミラ様の前では真実を話せないのでしょう」
自信満々の表情を浮かべるヒスティー嬢だけれど、これだけでわたしが彼女の言葉を信じるわけがない。
わたしが口を開く前に、フィルがヒスティー嬢に話しかける。
「俺は君のことを知らない」
「何を言っていらっしゃるのです。あんなにも熱い夜を何度も過ごしたではありませんか」
「君はそうなのかもしれないが相手は俺じゃない」
「私はあなただと思っています」
自信を持って否定するフィルに、ヒスティー嬢も怯む様子は見えない。
フィルが嘘をついているとは思えない。
先程からアフック様が焦った顔をしているので、余計にフィルを信じることができた。
リアド辺境伯に許可をとってから、ヒスティー嬢に話しかける。
「ヒスティー嬢に聞きたいことがあるのだけど」
「何でしょうか」
「あなたが嘘をついていた場合、どうなるのか理解はされていますわよね?」
「そ、それは、はい、わかっています」
ヒスティー嬢は助けを求めるかのようにアフック様を見た。
けれど、アフック様は彼女と視線を合わせない。
「アフック様、あなたはわたしに内緒でフィルを脅すつもりだったのですか?」
わたしの問いかけにアフック様は悔しそうに唇を噛んだのだった。
すでにリアド辺境伯は部屋の中にいて、向かって左側の黒い革張りのソファに座っていた。
その向かい側にはアフック様と見知らぬ女性が座っている。
アフック様はわたしの姿を見て、びくりと体を震わせた。
あんなに偉そうにしていたのに、セルロッテ様に怒られただけで大人しくなっているのね。
もっと早くにセルロッテ様が関わってくれていれば、多くの被害が防げたのかもしれない。
そんな風に思いながらも、関わっていたけれどもみ消していたことを思い出して複雑な気持ちになった。
「ど、どうして君がここに」
「アフック様、余計なことや失礼なことを言うようでしたら、この部屋から追い出してもらいます。それから、セルロッテ様にもご報告いたします」
「そ、それは待ってくれ!」
アフック様は中腰になって訴えてくる。
「あなたから連絡があった時点で、エルモード伯爵家から除籍すると言われているんです」
「リアド辺境伯から呼ばれて、わたしはここに来ただけですから、先程も言いましたように余計なことや失礼なことを言わなければ報告はいたしません」
冷たい声で応えると、アフック様は葛藤するように目を彷徨わせてから口を閉ざした。
「アフック様、どうかなさいましたか?」
アフック様の隣に座っている、金色の髪をシニヨンにした細身の若い女性が心配そうな顔をして話しかけた。
「いや、それは」
アフック様が言葉に詰まったその時、リアド辺境伯がフィルに尋ねる。
「フィル、お前はここにいる女性に心当たりはあるのか」
「……いいえ」
フィルは女性の顔を見て確認したあと、首を横に振った。
整った顔立ちの女性で、雰囲気はルララ辺境伯令嬢に似ているような気がする。
でも、わたしも見たことのない顔だと思ったので、貴族だとしても、あまり社交場には顔を出していないのかもしれない。
ピンク色のドレスに身を包んだ女性は、正面に座ったわたしの視線に気がついて、にこりと微笑んできた。
やはり、思い出せない。
無言で隣に座るフィルを見ると、彼も困惑したような表情を浮かべていた。
すると、リアド辺境伯が話し始める。
「そこにいる女性はヒスティー嬢と言う。平民らしい」
平民とアフック様がどうして一緒にいるのかしら。
アフック様は平民を嫌っていそうなのに。
わたしとフィルが無言で先を促すと、リアド辺境伯はとんでもない話を教えてくれた。
「ヒスティー嬢はフィルと体を重ねたと言っている。しかも、ここ最近だったか?」
「はい。アルミラ様との婚約が決まったあとですわ」
ヒスティー嬢は恥ずかしそうに頬を赤く染めて頷いた。
「息子は君を知らないと言っているが?」
「アルミラ様の前では真実を話せないのでしょう」
自信満々の表情を浮かべるヒスティー嬢だけれど、これだけでわたしが彼女の言葉を信じるわけがない。
わたしが口を開く前に、フィルがヒスティー嬢に話しかける。
「俺は君のことを知らない」
「何を言っていらっしゃるのです。あんなにも熱い夜を何度も過ごしたではありませんか」
「君はそうなのかもしれないが相手は俺じゃない」
「私はあなただと思っています」
自信を持って否定するフィルに、ヒスティー嬢も怯む様子は見えない。
フィルが嘘をついているとは思えない。
先程からアフック様が焦った顔をしているので、余計にフィルを信じることができた。
リアド辺境伯に許可をとってから、ヒスティー嬢に話しかける。
「ヒスティー嬢に聞きたいことがあるのだけど」
「何でしょうか」
「あなたが嘘をついていた場合、どうなるのか理解はされていますわよね?」
「そ、それは、はい、わかっています」
ヒスティー嬢は助けを求めるかのようにアフック様を見た。
けれど、アフック様は彼女と視線を合わせない。
「アフック様、あなたはわたしに内緒でフィルを脅すつもりだったのですか?」
わたしの問いかけにアフック様は悔しそうに唇を噛んだのだった。
230
あなたにおすすめの小説
私を愛すると言った婚約者は、私の全てを奪えると思い込んでいる
迷い人
恋愛
お爺様は何時も私に言っていた。
「女侯爵としての人生は大変なものだ。 だから愛する人と人生を共にしなさい」
そう語っていた祖父が亡くなって半年が経過した頃……。
祖父が定めた婚約者だと言う男がやってきた。
シラキス公爵家の三男カール。
外交官としての実績も積み、背も高く、細身の男性。
シラキス公爵家を守護する神により、社交性の加護を与えられている。
そんなカールとの婚約は、渡りに船……と言う者は多いだろう。
でも、私に愛を語る彼は私を知らない。
でも、彼を拒絶する私は彼を知っている。
だからその婚約を受け入れるつもりはなかった。
なのに気が付けば、婚約を??
婚約者なのだからと屋敷に入り込み。
婚約者なのだからと、恩人(隣国の姫)を連れ込む。
そして……私を脅した。
私の全てを奪えると思い込んでいるなんて甘いのよ!!
私を裏切った運命の婚約者、戻って来いと言われても戻りません
迷い人
恋愛
竜と言う偉大な血が民に流れる国アクロマティリ。
偉大で狂暴で凶悪で、その身に膨大なマナを持つ民。
そんな彼等は世界の礎である世界樹を枯らした。
私は、世界樹を復活させるために……愛の無い夫婦の間に生まれた子。
それでも、家族は、母が父を呪いで縛り奪ったにも拘らず愛してくれた。
父 ジェフリー
義母 ニーヴィ
腹違いの姉 ヴィヴィアン
婚約者 ヨハン
恨むことなく愛を与えてくれた大切な家族。
家族の愛を信じていた。
家族の愛を疑った事は無かった。
そして国を裏切るか? 家族を裏切るか? 選択が求められる。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
【完結】 私を忌み嫌って義妹を贔屓したいのなら、家を出て行くのでお好きにしてください
ゆうき
恋愛
苦しむ民を救う使命を持つ、国のお抱えの聖女でありながら、悪魔の子と呼ばれて忌み嫌われている者が持つ、赤い目を持っているせいで、民に恐れられ、陰口を叩かれ、家族には忌み嫌われて劣悪な環境に置かれている少女、サーシャはある日、義妹が屋敷にやってきたことをきっかけに、聖女の座と婚約者を義妹に奪われてしまった。
義父は義妹を贔屓し、なにを言っても聞き入れてもらえない。これでは聖女としての使命も、幼い頃にとある男の子と交わした誓いも果たせない……そう思ったサーシャは、誰にも言わずに外の世界に飛び出した。
外の世界に出てから間もなく、サーシャも知っている、とある家からの捜索願が出されていたことを知ったサーシャは、急いでその家に向かうと、その家のご子息様に迎えられた。
彼とは何度か社交界で顔を合わせていたが、なぜかサーシャにだけは冷たかった。なのに、出会うなりサーシャのことを抱きしめて、衝撃の一言を口にする。
「おお、サーシャ! 我が愛しの人よ!」
――これは一人の少女が、溺愛されながらも、聖女の使命と大切な人との誓いを果たすために奮闘しながら、愛を育む物語。
⭐︎小説家になろう様にも投稿されています⭐︎
全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。
彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。
王太子殿下から婚約破棄されたのは冷たい私のせいですか?
ねーさん
恋愛
公爵令嬢であるアリシアは王太子殿下と婚約してから十年、王太子妃教育に勤しんで来た。
なのに王太子殿下は男爵令嬢とイチャイチャ…諫めるアリシアを悪者扱い。「アリシア様は殿下に冷たい」なんて男爵令嬢に言われ、結果、婚約は破棄。
王太子妃になるため自由な時間もなく頑張って来たのに、私は駒じゃありません!
妹は謝らない
青葉めいこ
恋愛
物心つく頃から、わたくし、ウィスタリア・アーテル公爵令嬢の物を奪ってきた双子の妹エレクトラは、当然のように、わたくしの婚約者である第二王子さえも奪い取った。
手に入れた途端、興味を失くして放り出すのはいつもの事だが、妹の態度に怒った第二王子は口論の末、妹の首を絞めた。
気絶し、目覚めた妹は、今までの妹とは真逆な人間になっていた。
「彼女」曰く、自分は妹の前世の人格だというのだ。
わたくしが恋する義兄シオンにも前世の記憶があり、「彼女」とシオンは前世で因縁があるようで――。
「彼女」と会った時、シオンは、どうなるのだろう?
小説家になろうにも投稿しています。
[完結中編]蔑ろにされた王妃様〜25歳の王妃は王と決別し、幸せになる〜
コマメコノカ@女性向け・児童文学・絵本
恋愛
王妃として国のトップに君臨している元侯爵令嬢であるユーミア王妃(25)は夫で王であるバルコニー王(25)が、愛人のミセス(21)に入り浸り、王としての仕事を放置し遊んでいることに辟易していた。
そして、ある日ユーミアは、彼と決別することを決意する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる