愛しているだなんて戯言を言われても迷惑です

風見ゆうみ

文字の大きさ
2 / 34

2  別人じゃないか? そうですけど、何か?

しおりを挟む
 次の日、疲れもあったのか、それとも毒の影響なのか、はたまた、私がルキアの中に入り込んだからかはわからないけれど、ぐっすり眠っていた様で、目が覚めた時には、もう昼前の時間になっていた。

 ベッドから出て、3つある窓のカーテンを開けてから、近くにあった化粧台の鏡を見ると、鏡の中のルキアは青白い顔をしていて、今にも死んでしまうのではないかと心配になるくらいに生気がない。

 ルキアの記憶はちゃんと残っているし、日本人で営業事務をしていた、私、水瀬スズの記憶も鮮明に残っている。

 ルキアの人格は、私によって消されてしまったんだろうか。
 それとも、私が彼女の状況を、彼女が生きやすいものに変えたら、ひょっこり顔を出したりするのだろうか…。

 それとも、死んだ彼女の体を借りて、人生をやり直せという事?

 あー、わからない!

「とにかく、お腹が減ったわ! それに、ルキアったら、どうして、こんなに痩せてるのよ! 伯爵令嬢ってお金持ちの娘なんじゃないの!?」

 鏡に映るルキアは、痩せているを通り過ぎて、病的なくらいに細かった。

「少しずつ、体力をつけていかないと…。あと、令嬢が起きてこないのに、どうして、誰も様子を見に来ないのよ」

 洗面所やトイレも備え付けてある部屋なので、まずは顔を洗い、歯を磨いた。
 歯を磨きながら、状況を整理してみると、過去に巻き戻ったとかいうわけではなく、私がいた世界とは違う、別世界に転生したみたいだった。

 その後は、部屋の中にあるウォークインクローゼットの扉を開き、動きやすそうな服を引っ張り出してきて着替える。

 ルキアの記憶を探ると、馬鹿にしてくるメイドもいたけれど、基本は優しいメイドが多そうだし、とりあえず、性格の良さそうなメイドを探して、朝食を持ってきてもらう事にする。

 扉を開けて、廊下に出ると、たまたま近くを歩いていたメイドが、ルキアにいつも優しくしてくれていたメイドだったので、声を掛ける。

「おはよう、メアリー。悪いんだけど、食事を持ってきてくれない?」
「おはようございます、お嬢様! …ではなく、若奥様!」
「それ、止めてくれる? ルキアでいいわ」
「ですが、昨日、ご結婚なされましたし…」
「いいの。離婚予定だから」
「り、離婚!?」

 メアリーはとても人の良い子で、ルキアの記憶では、何かあると、いつも自分の事の様に相談に悩んでくれていた。
 メアリーの友人のカトリーヌとロザンヌも、性格のタイプは違うけれど、良い子で、彼女達は信用できる。

「離婚って、そんな! まだ一日目ですよ?」
「ちょっと、メアリー。声が大きいわ。中に入って」

 黒のメイド服を着て、茶色の髪を2つに分けて三編みにしているメアリーは、ナチュラルメイクの素朴な雰囲気の少女だ。
 メアリーは可愛らしい顔を歪めて聞いてくる。
 
「あの、一体、どういう事なのでしょうか? 私、昨日、夜勤ではなかったので、詳しい事はわからないんですが…」
「メアリー、信じられないかもしれないけど聞いて。私、ルキアじゃないの」
「え?」
「あなたの知ってるルキアは、こんなにはっきり話をしなかったでしょう!?」
「は、はい! ルキア様はいつも優しく微笑まれて、声も小さかったです!」

 メアリーがぶるぶる震えながら、首を縦に振った。

「というわけで、今までのルキアと違う事を言い出すかもしれないけど、よっぽどじゃない限り止めないでくれない?」
「え? 止めてくれじゃなくて、止めるな、なんですか?」
「ええ。無茶な事をするつもりはないけど、今までのルキアからしてみれば、無茶な事をするつもりだから」
「い、意味がわかりません! 失礼ですが、どこかで、頭を打たれたとか? もしくは、寝ぼけていらっしゃるとかですかですか?」
「どっちでもいいわ! とにかく、今までのルキアじゃないから!」
 
 若いルキアとは違い、私は彼女よりも云十年は生きている経験がある。
 ちょっとやそっとの罵声を浴びせられても気にならない。
 なぜなら、勤める会社がブラック企業ばっかりだったからね!

 おっさんの罵声なんて聞き慣れてるし、お局の対処もバッチリよ。
 って、ここでは、私がつぼねの立場じゃない?

 いやいや、だからって、人をいじめるのは良くない。
 ただ、自分に何かされたら、文句を言うのは良しという事にしよう。
 
「とにかく、お腹が減ったの。朝ごはんを用意してくれない?」
「朝ごはん…? 朝食の事でしょうか?」
「そう! 朝食!」
「ルキア様は朝食は召し上がらなかったですし、今はもう、お昼ですね…」

 メアリーが窓の外を見て呟くように言った。

「じゃあ、昼食を取るわ! 用意をお願いできる?」
「承知いたしました!」

 メアリーはまだ戸惑っている感じだったけれど、頷いてから部屋を出ていこうとして、扉を開けた。
 すると、目の前に不機嫌そうな顔をした、ミゲルという男が立っていて、メアリーは驚いて扉を閉めてしまった。

「何してるの」

 笑うのをこらえて聞くと、メアリーは泣きそうな顔でこちらを振り返る。

「わたし…クビでしょうか」
「大丈夫よ」

 苦笑してから、私が扉を開けると、ミゲルは先程の状態のまま、廊下に立っていた。

「おい、いつまで寝ているつもりだ? それに、さっきのメイドはどうなってるんだよ」
「あなたが怖い顔をしてるからでしょう。それから、何の用ですか? 私の顔なんて、見たくないんじゃなかったでしたっけ?」
「何だよ、その態度は…。昨日とはまるで別人じゃないか?」

 ミゲルは眉を寄せて、小柄であるルキアの姿を見下ろして言った。

 そう。
 ミゲルくん。
 君の言ってる事は間違ってない。

「そうですけど、何か?」

 どうせ信じてもらえないのだし、隠す必要もないので、笑顔で聞き返した。
しおりを挟む
感想 92

あなたにおすすめの小説

新しい人生を貴方と

緑谷めい
恋愛
 私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。  突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。  2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。 * 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。

なんでも思い通りにしないと気が済まない妹から逃げ出したい

木崎優
恋愛
「君には大変申し訳なく思っている」 私の婚約者はそう言って、心苦しそうに顔を歪めた。「私が悪いの」と言いながら瞳を潤ませている、私の妹アニエスの肩を抱きながら。 アニエスはいつだって私の前に立ちはだかった。 これまで何ひとつとして、私の思い通りになったことはない。すべてアニエスが決めて、両親はアニエスが言うことならと頷いた。 だからきっと、この婚約者の入れ替えも両親は快諾するのだろう。アニエスが決めたのなら間違いないからと。 もういい加減、妹から離れたい。 そう思った私は、魔術師の弟子ノエルに結婚を前提としたお付き合いを申し込んだ。互いに利のある契約として。 だけど弟子だと思ってたその人は実は魔術師で、しかも私を好きだったらしい。

理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました

ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。 このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。 そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。 ーーーー 若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。 作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。 完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。 第一章 無計画な婚約破棄 第二章 無計画な白い結婚 第三章 無計画な告白 第四章 無計画なプロポーズ 第五章 無計画な真実の愛 エピローグ

姉の婚約者であるはずの第一王子に「お前はとても優秀だそうだから、婚約者にしてやってもいい」と言われました。

ふまさ
恋愛
「お前はとても優秀だそうだから、婚約者にしてやってもいい」  ある日の休日。家族に疎まれ、蔑まれながら育ったマイラに、第一王子であり、姉の婚約者であるはずのヘイデンがそう告げた。その隣で、姉のパメラが偉そうにふんぞりかえる。 「ぞんぶんに感謝してよ、マイラ。あたしがヘイデン殿下に口添えしたんだから!」  一方的に条件を押し付けられ、望まぬまま、第一王子の婚約者となったマイラは、それでもつかの間の安らぎを手に入れ、歓喜する。  だって。  ──これ以上の幸せがあるなんて、知らなかったから。

私が嫌いなら婚約破棄したらどうなんですか?

きららののん
恋愛
優しきおっとりでマイペースな令嬢は、太陽のように熱い王太子の側にいることを幸せに思っていた。 しかし、悪役令嬢に刃のような言葉を浴びせられ、自信の無くした令嬢は……

幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係

紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。 顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。 ※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)

【完結】婚約破棄に感謝します。貴方のおかげで今私は幸せです

コトミ
恋愛
 もうほとんど結婚は決まっているようなものだった。これほど唐突な婚約破棄は中々ない。そのためアンナはその瞬間酷く困惑していた。婚約者であったエリックは優秀な人間であった。公爵家の次男で眉目秀麗。おまけに騎士団の次期団長を言い渡されるほど強い。そんな彼の隣には自分よりも胸が大きく、顔が整っている女性が座っている。一つ一つに品があり、瞬きをする瞬間に長い睫毛が揺れ動いた。勝てる気がしない上に、張り合う気も失せていた。エリックに何とここぞとばかりに罵られた。今まで募っていた鬱憤を晴らすように。そしてアンナは婚約者の取り合いという女の闘いから速やかにその場を退いた。その後エリックは意中の相手と結婚し侯爵となった。しかしながら次期騎士団団長という命は解かれた。アンナと婚約破棄をした途端に負け知らずだった剣の腕は衰え、誰にも勝てなくなった。

【完結】私を捨てて駆け落ちしたあなたには、こちらからさようならを言いましょう。

やまぐちこはる
恋愛
パルティア・エンダライン侯爵令嬢はある日珍しく婿入り予定の婚約者から届いた手紙を読んで、彼が駆け落ちしたことを知った。相手は同じく侯爵令嬢で、そちらにも王家の血筋の婿入りする婚約者がいたが、貴族派閥を保つ政略結婚だったためにどうやっても婚約を解消できず、愛の逃避行と洒落こんだらしい。 落ち込むパルティアは、しばらく社交から離れたい療養地としても有名な別荘地へ避暑に向かう。静かな湖畔で傷を癒やしたいと、高級ホテルでひっそり寛いでいると同じ頃から同じように、人目を避けてぼんやり湖を眺める美しい青年に気がついた。 毎日涼しい湖畔で本を読みながら、チラリチラリと彼を盗み見ることが日課となったパルティアだが。 様子がおかしい青年に気づく。 ふらりと湖に近づくと、ポチャっと小さな水音を立てて入水し始めたのだ。 ドレスの裾をたくしあげ、パルティアも湖に駆け込んで彼を引き留めた。 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ 最終話まで予約投稿済です。 次はどんな話を書こうかなと思ったとき、駆け落ちした知人を思い出し、そんな話を書くことに致しました。 ある日突然、紙1枚で消えるのは本当にびっくりするのでやめてくださいという思いを込めて。 楽しんで頂けましたら、きっと彼らも喜ぶことと思います。

処理中です...