愛しているだなんて戯言を言われても迷惑です

風見ゆうみ

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32 何も出来ないくせに? これくらいは出来ますわよ?

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 そして、二週間後、ザック様と私は、とある伯爵家の夜会に出席していた。
 結局、未だに私はザック様との婚約を保留にしたままで、お父様には何を迷う事があるのかと言われてしまっている。

 いや、でも迷うでしょ。
 ルキアにいつか返さないといけない体なんだから。

 たぶん、ザック様の事をルキアは嫌っていないと思う。
 だけど、ルキアの好きなタイプはミゲルだったんだよなあ…。
 ルキアの為を思えば、ミゲルを選ばないといけなくなるんだけど、私はそれは絶対に嫌…。
 あんな男と復縁だなんてありえん。
 というか、ミゲルの言葉でショックを受けて、死のうと思ったくらいなんだから、ルキアもさすがによりを戻したくはないよね?
 いや、ルキアの性格だから、どうかわからないんだよなぁ。

「考え事をしてるのか?」
「…申し訳ございません」
「謝らなくてもいい」
「ありがとうございます」

 ザック様の横顔を見てみると、整った顔立ちをしているし、ミゲルに負けていないと思うから、私としては、ザック様派なんだけどなあ…。
 
 ただ、ミゲラーみたいな人もいるから、一概にザック様一択とは言えないし難しいところ。

 ザック様は公爵令息だし、お父様やお兄様のお仕事の手伝いをしているからか、色んな貴族から声をかけられている。
 私も女伯爵になるのなら、自分から話しかけていかないと駄目なんだろうけど、まだ、お父様から認められていなくて、仕事を任せてもらえない。

 お父様も、また、中身がルキアに戻った時の事を考えているのかもしれない。
 昔のルキアが女伯爵になったとしたら、たちまち家が潰れそう。

 お手洗いに行きたくなったので、化粧を直してくると伝えると、ザック様は、今いる場所で待っていると言ってくれた。
 急いで、お手洗いに向かっていると、男性用のお手洗いから出てきた若い男達が私を見て足を止めた。

「レイング伯爵令嬢だよな?」
「……そうですけど」

 二人の内の一人は酔っ払っているのか顔が赤くて、足取りもフラフラしている。
 パートナーがいるのかどうかはわからないけど、いたとしたら、こんな奴のパートナーになって、お気の毒としか言いようがない。

 酒は飲んでも飲まれるな。

 と日本では聞いた事があるけれど、そっち系の話なのか、それとも、気が大きくなっちゃってるだけなのか、よくはわからないけど、公爵令息のパートナーに絡んでくるのだから、賢い人間ではなさそう。

「本当に伯爵になる気か? ただでさえ女が、そんな出しゃばった事を言うだけでも腹が立つのに、お前みたいな女が伯爵になるだなんて、地に足をつけて物を言え!」
「お好きな様に言って下さい。あなたにどうこう言われる筋合いはありませんから」

 こっちは、お手洗いに行きたい。
 とても、我慢している。
 
 だから、会話を終えて、女性用のお手洗いに入ろうとした時、肩をつかんで止められた。

「おい、話は終わってないぞ」
「私の中では終わりました。それから、気軽に触らないで下さい」
「偉そうに!」
「おい、やめとけって! 相手は」
「うるさいな、何をビビってんだよ!」

 一緒にいた男性が止めようとしたけど、酔っぱらいのひょろりとした体型の男は叫ぶ。

「俺はこんな女、怖くないからな。ほら、伯爵になんてなりませんて言えよ!」
「いいかげんにしてくれませんか?」
「あ? なりませんって言えば許してやるよ」
 
 イライラする。
 ここ最近は特に、色々と悩んでいたから余計に精神が不安定だった。
 調子が出ない。

 …そうか。
 調子が出ない理由は私らしくないからだ。

「ちょっと一緒に来ていただけます?」

 トイレに行きたい!
 だけど、大人としてやらないといけない事がある!

「あなたのお名前は? おいくつ?」
「伯爵家のバロンだよ。20歳だよ。何か文句あるか?」

 パーティー会場に戻りながら、情報を聞き出す。

「バロン伯爵家の令息? パートナーは?」
「そうだよ。パートナーは会場にいる。だから何か文句あるかって言ってるだろ!」
「おい、やめろって!」

 友人の方は私が何をしでかすかわからないと警戒しているのか、必死にバロン伯爵令息を止めようとしているけど、彼の言葉は止まらない。

「公爵家の力を借りないと何も出来ないくせに」
「何も出来ないとは失礼ですわ。これくらいは出来ますわよ?」

 パーティー会場内に入り、大きく息を吸ってから叫ぶ。

「黒のタキシードを着た、バロン伯爵令息と仰る、20歳の大きなお子様がパートナーの方と、はぐれてしまいました。こちらでお預かりしておりますので、お引取り願えませんでしょうか? 繰り返します、黒のタキシードを着た、バロン伯爵令息と仰る大きなお子様が」
「や、やめろ!」
「何も出来ないというので、まずは、あなたのパートナー探しを」
「そんな事、頼んでない!」

 バロン伯爵令息が私に向かって、手を出そうとした時だった。

 ザック様が現れ、彼が伸ばしてきた腕を掴むと、もう片方の腕で、バロン伯爵令息の首を掴んだ。

「僕のパートナーに手荒な真似をするな」
「……っ! も、申し訳ございませんでした!」

 私の叫び声で、ザック様は気が付いてくれたらしい。
 そして、ザック様とバロン伯爵令息とのやり取りで、一斉に、私達に注目が集まった。

 バロン伯爵令息は酔いが一気に冷めたのか、涙目でザック様に謝る。

「本当に申し訳ございません…。もう、二度とこんな事は致しませんから…」
「当たり前だ。で、この、大きなお子様のパートナーは?」

 ザック様が手をはなし、周りを見回すと、一人の女性が震えながら、ザック様の前に現れた。
 ザック様は女性を一瞥してから口を開く。

「君のせいだとは言わないが、酒を飲んだら分別のつかなくなる人間に、こんな場所で酒を飲ませない方がいい。君が頼んでも飲む様なら、それまでの男だ。大きなお世話かもしれないが、冷静に判断するんだな」

 ザック様はそう言うと、私の手を取って歩き出す。

「帰るぞ」
「あの、ザック様、ありがとうございました」
「気にするな」
「あの、ザック様」
「何だ?」
「お手洗いに行きたいです!」

 私の言葉を聞いたザック様は、目を丸くして立ち止まった。

 いや、だって、あの男のせいでお手洗いに行けてないんです!

 そう言おうとした時、ザック様が笑った。

「やっと、君らしくなったな」
「……」

 様子がおかしい私を心配してくれていたんだなぁ。

 ザック様の優しさを感じて、心が温かくなった。

「大丈夫です。吹っ切れましたから。ウジウジしてるのは性に合いません! そして、生理現象も我慢できませんので、申し訳ございませんが、失礼します! すぐに戻りますから!」
「僕の事は気にするな。早く行くんだ。我慢は良くない」

 ザック様に見守られながら、私はお手洗いへと急いだのだった。
 
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