あなたの妻にはなりません

風見ゆうみ

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2   疑念

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 レイズの遺体は誰か判断がつかないくらいに、酷い状態で川辺に捨てられていた。

 どうして、レイズかとわかったのかというと、髪型に髪色、体型、所持していた身分証から判断され、ディール様に連絡がいったらしい。

 指にはわたしとお揃いの結婚指輪をしていて、その指輪を見たわたしがレイズのものだと認めると、彼の死は確定された。

「可哀想に、結婚したばかりだったんでしょう」
「子供がいないのが救いね。子供がいたら、どれだけ若くて美しくても再婚は難しいでしょうから」

 告別式で、顔見知り程度の付き合いしかない人たちが、陰でそんな話をしているのを聞いた。

 子供がいなかったから良かった?
 逆だわ。

 子供がいたら良かった。

 そうすれば、レイズが生きていた証があるのに。

 その子のことを思って生きていけるのに。

「ミリル、伯爵家の仕事は私がやるから、君は実家に戻って休みなさい」

 義父も悲しいはずなのに、わたしを気遣ってくれた。

 葬儀の手配をしてくれたのも、全部、義父だった。

 わたしは情けないことに義母と一緒にずっと泣いていたからだ。

 実母から「悲しい気持ちはわかるけれど、あなたは妻なんだから夫をちゃんと見送ってあげなさい」と言われた。

 そこで、何とか気持ちを切り替えて、喪主がやるべきことをした。
 お別れをと言われたけど、顔がわからなくなった彼を見ることはできなかった。

 それに、さよならなんてしたくない。

 わたしも一緒に連れて行ってほしい。

 我慢しきれなくなって、棺にすがりついて大声を上げて泣いた。

 最終的にわたしはお父様に無理やり引き剥がされ、別れを告げることはできなかった。


******


 葬儀が終わって数日経つと、泣いている時間は減ってきた。

 でも、彼を思い出すと涙が溢れて止まらないことは変わらなかった。

 日にち薬だと、周りは言う。

 わたしも、そうだと思っている。

 どれだけ経てば、彼のことを口にする時に泣かずにいられる日が来るのだろうか。

 そんなことを思えるようになったある日の午後、ディール様がわたしを訪ねて、実家にやって来た。

 彼はレイズを守れなくて悪かったと何度も詫びてくれた。

 なぜ、レイズが夜に一人で宿から出たのかわかるか聞いてみると、彼は少し躊躇ってからわからないと答えた。

「見当がつくなら教えてください。レイズは自分から危険なことをするような人ではありません。よっぽどのことがあったのだと思うんです」

 身を乗り出して言うと、ディール様は重い口を開く。

「……そうだな。よっぽどのことだったかもしれない」
「……理由を知っているんですね」
「ああ。本当は君に伝えたくなかったんだが、知りたいようだから伝えよう」
 
 黒く長い髪を後ろに一つにまとめたディール様は、薄い黒色の瞳をわたしに向けて続ける。

「レイズには愛人がいたのではないかと思う。そして、あの夜は、その愛人に会いに行ったんだと思われる」
「……レイズに愛人ですって?」

 そんな馬鹿なこと、あるはずがないわ。

 レイズの両親は浮気なんて許さないし、彼の浮気に気づかないわけがない。

 レイズとは結婚してからずっと一緒にいた。
 そんな素振りは一切なかった。

 愛人がいただなんて信じられない。

「君は知らなかったんだろうが、昔からレイズには仲の良い令嬢がいたんだ」
「……そんな人がいたら、レイズでなくとも誰かが教えてくれているはずです」
「信じられない気持ちはわかる。でも、本当の話なんだ」

 絶対に嘘よ。
 レイズはそんな人じゃない。

 口を開くと、涙が溢れそうなので何度も無言で首を横に振った。

「悲しい話をして悪かった。レイズから自分に何かあった時には君を頼むと言われているんだ。レイズの代わりにはなれないが、できる限りのことはするつもりだ」
「……ありがとうございます。わたしから聞いておいて失礼な態度を取って申し訳ございません」

 それだけしか言えなかった。

 レイズに本当に愛人がいたのかしら。

 調べてみたい。
 だれかに話を聞いてみたい。

 そんな気持ちが湧き上がってくる。

 でも、彼の笑顔を思い出すと、すぐにそんな気持ちはなくなった。

 レイズは浮気なんてしていない。
 わたしが信じなくてどうするの。

 ディール様を乗せた馬車が走り去っていくのを見送りながら思う。

 いつまでも悲しんでいては駄目だ。

 そうじゃないと、レイズは天国に行きづらくなる。

「ごめんなさい。まだ、さよならは言えないの。でも、わたしは大丈夫だから」

 雲一つ無い青空を見上げて、わたしは見守ってくれているであろう、レイズに話しかけた。




******


 月日はあっという間に過ぎた。

 五十日も過ぎると、涙を流す回数は格段に減った。

 レイズを思い出して泣かない日はまだ少ないけど、彼の思い出話はできるようになってきた。

 気持ちが落ち着いてからは、トルキス伯爵家に戻り、義父の仕事を手伝った。

「良い人が見つかれば、レイズのことは気にせずに結婚すれば良いんだよ」

 ディール様が頻繁に訪ねてくるので、義父はそんなことを言うようになった。

 わたしのことを気にしてくれることは、とても有難い。

 でも、レイズ以外の人を夫にする気にはなれなかった。
 新しい跡継ぎが決まるまでは、ここにいさせてほしいとお願いすると、義母は泣いて喜んでくれた。

 今日もディール様がいらしたので、何度もお願いはしているけれど、聞いてもらえないお願いを再度することにした。

「今までありがとうございました。このご恩は忘れません。わたしはもう大丈夫です。あなたはあなたの人生を優先してください」

 義父母に気を遣わせたくないというのが、一番の理由だけど、ディール様を見ると、レイズに愛人がいたという話を思い出して、辛くなるという理由もある。

 それに、いつまでも彼を縛り付けるわけにはいかない。

 でも、彼は離れるという選択肢を選ばなかった。

「僕と結婚してくれないかな。そうすれば、いつだって君を守ることができる」

 気持ちはとても有り難いと思った。

 でも、わたしの心の中ではディール様への感謝の気持ちと疑念の気持ちが入り混じり、すぐに答えを出すことはできなかった。


 
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