人の顔色ばかり気にしていた私はもういません

風見ゆうみ

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18 同じ立場だと訴える者②

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 教室の中に戻られたシンス候爵の後を追って、私とエディ様も教室の中に戻る。

 すると、デイリ様がシンス候爵に駆け寄ってくるのが見えた。

「父上! リネの言葉に惑わされないでください!」
「……デイリ、今は何も言うな。大勢の前で責められるのはいじめになると言うんだろう?」
「そ、そうです。僕はリネにいじめられているんです! こんなことになるなんて本当に辛いです! リネは真面目すぎるんですよ。冗談が通じないんです! それなのに僕だけが悪いだなんておかしいですよ!」
「もういい! 言い訳は家で聞くだけ聞いてやろう。ただし嘘はつくな。それから、今からすぐに私物を全て持って帰る準備をしなさい」
「……父上?」

 私物を持って帰るという意味に気が付いたのか、デイリ様は悲しそうな顔をする。

「僕のことを信用してくださっていないのですね?」
「残念ながらその通りだ」
「父上! 酷いです! 実の息子よりもリネを信じると言うんですか!」
「信じざるを得ない状況だろう? 担任の先生はお前たちのいじめを容認していたと自白しているし、ニーソン卿から聞いた話で名前が上がった令嬢も令息も何も言えないでいる」
「……」

 デイリ様は言い訳を考えているのか、それとも今はとりあえず諦めることにしたのか、言葉を返そうとはしなかった。

 渋々といった感じで机の中に入れていた予備の筆記用具などをカバンに詰めていく。

 私も含め、教室内にいる人たちは黙ってデイリ様が荷物をまとめるのを見守っていた。

「また、連絡させてもらうよ」
「お願いいたします」

 話しかけてきたシンス候爵に頭を下げると、荷物を詰め終えて項垂れているデイリ様と、何も言わずに立ち尽くしていた先生を連れて教室から出て行った。

「……帰ろうか」
「はい」

 エディ様に促されて私やエレインが動き出すと、クラスメイトも一斉に帰り支度を始めた。
 皆、一様に暗い表情だった。

 どこかで先生のように人の不幸を楽しんでいた部分があったのかもしれない。
 自分たちは無関係なのだと言えないせいで、表情が暗いのだと思った。

 ふと気になって、フールー伯爵令嬢とチープ男爵令息のほうを見る。
 
 二人は自分たちのこれからの未来が見えたような気がしたのか、虚空を見つめて呆然としていた。

 二人からは謝罪の言葉は聞いていない。
 もちろん、謝られても許すつもりもない。
 自分たちが悪いと思っていないから、彼らは自分が困らない限りは謝らないんでしょうね。

 謝ってくれてもデイリ様のように形だけのものでしょう。

 エディ様たちと一緒に教室を出ていこうとすると、我に返ったのか、チープ男爵令息が近付いてくる。

「リネ、ま、待ってくれ! 僕はデイリ様に命令されていただけで、本当はあんなことはやりたくなかったんだよ! 他のクラスメイトと同じで、本当は駄目なことだとわかっていたんだ! でも、デイリ様が怖くて……、だって、僕は男爵家の人間だよ!? 逆らえるわけがないじゃないか!」

 私が足を止めると、チープ男爵令息は都合の良いことを言ってきた。

「無理やりやらされていたようには思えないわ」
「そんなことない! きっと、君が僕の立場だったら同じようなことをしていたはずだよ! 今回は声を上げてくれて本当にありがとう! 前々から、デイリ様のワガママには困っていたんだ!」

 チープ男爵令息は、あくまでも自分はやらされていただけだと訴えてくる。

 最初はそうだったかもしれない。
 でも、途中からはそうではないはずだわ。
 私が傷付いた顔をすると楽しそうに笑っていたのを覚えている。

「あなたの言うことなんて信用できません。ご両親にはどのように伝えているのかわからないけれど、私のほうから連絡を入れさせていただくわ」
「ま、待ってくれよ! そんなことをされたら困る!」
「困るなら最初からやらなければ良いことだわ。あなたは自分の未来へのリスクよりも目の前の楽しみを選んだんじゃないの」
「違うよ! 本当に怖かったんだ! 僕も実はデイリ様にいじめられていたんだよ!」

 チープ男爵令息は必死の形相で訴えてくる。

「君なら僕の気持ちがわかるだろ!? 自分がターゲットにされたくないから加担しなければならなかった気持ちを! いじめられるのが怖かったからだよ! いじめを強要されることだっていじめの一種だ! 君をいじめなければ僕がいじめられてたんだよ!」
「そうですね、と言うとでも思っているの?」
「いじめられて、人の心の痛みがわかるというのなら、僕の気持ちもわかってくれるはずだろ!」
「リネ、行こう。話をするだけ無駄だよ」
「はい」
 
 エディ様に促され、私も同意見だったので歩き出す。

「待ってくれ!」
 
 チープ男爵令息が追いすがってきたけれど、エレインが間に入って止めてくれた。

「リネ様はあなたと同じ状況に陥っても、いじめなんかしないと思うわ」
「それはわからない! その時の精神状況にも寄るはずだ!」

 チープ男爵令息が食い下がる声が聞こえてくる。
 相手をすべきか迷ったけれど、エレインが「私にお任せください」と言ってくれたので、今日のところは申し訳ないけれど任せることにした。

 帰りの馬車の中で、エディ様は近い内にチープ男爵令息も学校に通えなくなるだろうと話をしてくれた。

「今日のことを話せば、父上は本格的に動いて潰しにかかるだろうから、学園に通うどころじゃなくなるよ。ご両親がどんな人かはわからないけど、良い人だったら気の毒だね」
「私もチープ男爵夫妻のことは詳しくありません」

 首を横に振ってから、エディ様に尋ねる。

「許してあげるべきなのでしょうか?」
「どうして?」
「痛みを知っているからこそ、人を不幸にするようなことをしてしまって良いのかと思ってしまうんです」
「……そうだね。その考えは間違ってないと思う。だけど、相手の痛みの感じ方はリネと同じかどうかはわからないよね」

 隣に座るエディ様は私の肩を抱き寄せて話を続ける。
 
「いじめを庇えば、その人がターゲットになるという話はよくあるよね。だから、見て見ぬふりをする人が多くなる。悲しいけれど、一般の人ならそれが普通だと思う。でもそれが普通なら、いじめに加担するのは違う。彼にも自分がいじめられるかもしれないという恐怖があったみたいなことを言っていたけれど、彼は最初からいじめに参加していたんだろう?」
「……はい。嫌がっているような素振りはありませんでした」
「なら、リネは許さなくてもいいと僕は思うよ」
「……はい」
「もちろん、今のは僕の意見だから強要じゃないよ?」

 その人にとってはなんてことのない言葉でも、受け取る側の精神状況や、触れられたくないことを言われた場合など、精神的なダメージが思った以上に大きくなる時がある。

 デイリ様のように自分のことしか考えていない場合は、相手がこんなことをされたら悲しむかな、こんなことをされたら嫌かななんて、人の気持ちを考えることなく自分の意見だけ述べて押し付ける。

 いちいち、それを相手に伝えたり、思ったことを行動する必要はないのに――

 お葬式も彼にとっては遊びで、自分があんなことをされても気にしないから出来たんだわ。 

「リネはリネのしたいようにすればいいよ」

 私が黙り込んでしまったからか、エディ様は優しく頭を撫でてくれた。

「ありがとうございます」

 今はまだ、人に何を言われても私は私のしたいことをするんだと言うことはできない。
 
 でも、いつかは言えるようになる。

 そう、心に決めたその日の夜、加害者である残りの一人、フールー伯爵令嬢から私宛の手紙がニーソン邸に届けられたのだった。

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