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9 というわけとは?
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「お店の支払いをしてきていないのですが、大丈夫でしょうか?」
「それを言ったら俺もだろ? 大丈夫だよ。俺の付き人が君の分も支払いは済ませてる」
「色々とありがとうございます」
レモンズ侯爵家に向かう馬車の中で、向かい合って話を続ける。
「私のお母様はセナ殿下とはどのようなご関係なのでしょう?」
「君は父親から何も聞いていないのか?」
「……お母様は平民の男性と駆け落ちしたとしか聞いていません」
「それは嘘だ」
セナ殿下が外套を脱いだので、上半身は長袖の白シャツ姿になった。
胸の膨らみはないわね……。
セナ殿下からの冷たい視線を感じたので、目を合わせないようにして、彼のシャツの襟を見ると、顔に似合わない低い声で言う。
「今、何を考えたか当ててやろうか」
「素敵なシャツだな、と思っただけですが」
「嘘つけ」
目の前にいる人は王子様なんだから、下手なことをしたら首が飛ぶわ。
今のところ、セナ殿下は私を殺すつもりはなさそうだから、素直に謝っておく。
「申し訳ございませんでした。あの、それでセナ殿下、私の母は今、どうしているのでしょう? キレーナ公爵家にお世話になっているということでしょうか?」
「割愛して話すが、君の母であるレイティと現在のキレーナ公爵は幼馴染で、キレーナ公爵がずっとレイティに恋をしていた。だが、レイティは政略結婚で隣国に出された」
「政略結婚で隣国に? 母は元々は貴族でも位が高かったんでしょうか」
「公爵令嬢だったんだ。そして、俺の父上の初恋の人でもあった」
「……私の母ってすごくモテていたんですね」
「今でも綺麗な顔立ちをしているからな。もちろん、国に逃げ帰ってきた時は見るのも辛くなるくらいにやつれていたそうだがな」
セナ殿下は表情を曇らせる。
国に逃げ帰ってきた、と聞いて、なぜか頭痛がし始めた。
そういえば、幼い頃の会話でお母様が言っていたような気がする。
「お母様は、私を連れて逃げようとした際に、とても大事な約束があると言っていたんです」
「ああ、そうだ。その約束というのは、君と俺の兄上である現在の王太子が結婚するという約束だった」
「はい!? ちょ、ちょっと待ってください! どうしてそんなことになるんです!?」
「それについては、俺の母上と君の母上に聞いてくれ。何にしても、その約束は破られたわけだ」
「どういうことでしょう? 私を隣国に連れて帰らなかったからですか?」
私の質問に対し、セナ殿下は大きく息を吐いてから答えてくれる。
「レイティは君が死んだと思っていた」
「……はい?」
「レイティと一緒に屋敷を出ようとして父親に暴力をふるわれたことは覚えているだろ?」
「……暴力を、ふるわれた?」
聞き返すと、セナ殿下は眉を寄せる。
「ちょっと待ってくれ。もしかして、記憶がないのか?」
彼は身を乗り出して、私に顔を近付けてくる。
美少女、ではなく、美少年に顔を近付けられて、さすがの私も胸の鼓動が早くなった。
「は、はい。記憶がないといいますか、私は眠ってしまって、母に置いていかれたという記憶しか……」
「……そうか。無理に思い出させないほうがいいな。とにかく、レイティは君が死んだと思ったから一人で国に帰ってきた。だから、君を置いて逃げたんじゃない」
「……そうだったんですね」
「そうだ」
セナ殿下は座り直し、足を組んで背もたれにもたれた。
きっと、そうだろうと思っていた。
だけど、事情を知っている人からそうだと言われると、確信が持てて目頭が熱くなった。
「レイティは自分のせいで君が死んだんだと何年も嘆いていた。それを支えていたのがキレーナ公爵だ。それが数年前、ある話題が隣国から聞こえてきた」
「ある話題?」
「そうだ。とある伯爵夫妻が社交場でレモンズ侯爵家には表に出ていない長女がいるのだと話し始めた」
「……家庭教師の先生達です!」
「そうらしいな。その噂を聞いたキレーナ公爵はレイティにはその話を伝えずに、君の味方になってくれそうな使用人達を他の貴族経由でレモンズ家に送り込み、そこで、君を見つけたんだ」
使用人に協力的な人が多いのは、そのせいでもあったのね。
「では、お母様からのお願いでセナ殿下が?」
「いや。俺は婚約者を迎えに来ただけだ」
「婚約者? この国にいらっしゃるんですか?」
「俺の兄上は残念ながら君の生存を知った時には結婚していた。というわけで、悪いが君の相手は俺になる」
「……はい?」
どうしてそうなるのか訳が分からず、私は大きな声で聞き返した。
「それを言ったら俺もだろ? 大丈夫だよ。俺の付き人が君の分も支払いは済ませてる」
「色々とありがとうございます」
レモンズ侯爵家に向かう馬車の中で、向かい合って話を続ける。
「私のお母様はセナ殿下とはどのようなご関係なのでしょう?」
「君は父親から何も聞いていないのか?」
「……お母様は平民の男性と駆け落ちしたとしか聞いていません」
「それは嘘だ」
セナ殿下が外套を脱いだので、上半身は長袖の白シャツ姿になった。
胸の膨らみはないわね……。
セナ殿下からの冷たい視線を感じたので、目を合わせないようにして、彼のシャツの襟を見ると、顔に似合わない低い声で言う。
「今、何を考えたか当ててやろうか」
「素敵なシャツだな、と思っただけですが」
「嘘つけ」
目の前にいる人は王子様なんだから、下手なことをしたら首が飛ぶわ。
今のところ、セナ殿下は私を殺すつもりはなさそうだから、素直に謝っておく。
「申し訳ございませんでした。あの、それでセナ殿下、私の母は今、どうしているのでしょう? キレーナ公爵家にお世話になっているということでしょうか?」
「割愛して話すが、君の母であるレイティと現在のキレーナ公爵は幼馴染で、キレーナ公爵がずっとレイティに恋をしていた。だが、レイティは政略結婚で隣国に出された」
「政略結婚で隣国に? 母は元々は貴族でも位が高かったんでしょうか」
「公爵令嬢だったんだ。そして、俺の父上の初恋の人でもあった」
「……私の母ってすごくモテていたんですね」
「今でも綺麗な顔立ちをしているからな。もちろん、国に逃げ帰ってきた時は見るのも辛くなるくらいにやつれていたそうだがな」
セナ殿下は表情を曇らせる。
国に逃げ帰ってきた、と聞いて、なぜか頭痛がし始めた。
そういえば、幼い頃の会話でお母様が言っていたような気がする。
「お母様は、私を連れて逃げようとした際に、とても大事な約束があると言っていたんです」
「ああ、そうだ。その約束というのは、君と俺の兄上である現在の王太子が結婚するという約束だった」
「はい!? ちょ、ちょっと待ってください! どうしてそんなことになるんです!?」
「それについては、俺の母上と君の母上に聞いてくれ。何にしても、その約束は破られたわけだ」
「どういうことでしょう? 私を隣国に連れて帰らなかったからですか?」
私の質問に対し、セナ殿下は大きく息を吐いてから答えてくれる。
「レイティは君が死んだと思っていた」
「……はい?」
「レイティと一緒に屋敷を出ようとして父親に暴力をふるわれたことは覚えているだろ?」
「……暴力を、ふるわれた?」
聞き返すと、セナ殿下は眉を寄せる。
「ちょっと待ってくれ。もしかして、記憶がないのか?」
彼は身を乗り出して、私に顔を近付けてくる。
美少女、ではなく、美少年に顔を近付けられて、さすがの私も胸の鼓動が早くなった。
「は、はい。記憶がないといいますか、私は眠ってしまって、母に置いていかれたという記憶しか……」
「……そうか。無理に思い出させないほうがいいな。とにかく、レイティは君が死んだと思ったから一人で国に帰ってきた。だから、君を置いて逃げたんじゃない」
「……そうだったんですね」
「そうだ」
セナ殿下は座り直し、足を組んで背もたれにもたれた。
きっと、そうだろうと思っていた。
だけど、事情を知っている人からそうだと言われると、確信が持てて目頭が熱くなった。
「レイティは自分のせいで君が死んだんだと何年も嘆いていた。それを支えていたのがキレーナ公爵だ。それが数年前、ある話題が隣国から聞こえてきた」
「ある話題?」
「そうだ。とある伯爵夫妻が社交場でレモンズ侯爵家には表に出ていない長女がいるのだと話し始めた」
「……家庭教師の先生達です!」
「そうらしいな。その噂を聞いたキレーナ公爵はレイティにはその話を伝えずに、君の味方になってくれそうな使用人達を他の貴族経由でレモンズ家に送り込み、そこで、君を見つけたんだ」
使用人に協力的な人が多いのは、そのせいでもあったのね。
「では、お母様からのお願いでセナ殿下が?」
「いや。俺は婚約者を迎えに来ただけだ」
「婚約者? この国にいらっしゃるんですか?」
「俺の兄上は残念ながら君の生存を知った時には結婚していた。というわけで、悪いが君の相手は俺になる」
「……はい?」
どうしてそうなるのか訳が分からず、私は大きな声で聞き返した。
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