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1 白い結婚 ①
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私、フェリ・ネイズの父であるロウリン公爵は今から十年前に隣国のクーデターに巻き込まれて亡くなった。
私の住んでいるジップル王国は女性が爵位を継ぐことは認められていない。跡継ぎになる男児もいなかったため、私とお母様は新しくやって来た公爵に家を追い出されることとなった。
当時八歳だった私は、母と一緒に祖父母の家で世話になることになり、二年ほどは穏やかな生活を送っていた。
ジップル王国は暖かい日が多く、寒い日はかなり少ない。育てられる作物は他国よりも限られてはいたけれど、国民の幸せ度も高く、国王陛下から呼び出されることがなければ、私は引き続き、穏やかな日々を送れていたと思う。
風向きが変わったのは、私が十二歳の時だ。
お父様の兄であるジップル王国の国王陛下の命で、私は王家の養女となり、王女として育てられることになった。お母様は私を手放すことを泣いて嫌がったけれど、王命には逆らえなかった。
外面は良いけれど、損得勘定でしか動かない王太子と王太子のスペア扱いで育てられていた第二王子は、特に私に不満を言うでもなく、元々私が彼らにとって従姉だったということもあり、すんなりと受け入れてくれた。
良く思わなかったのは、王妃陛下で何かあれば私を叱責しようと機会をうかがっていたのがわかった。
私が十四歳になる頃に、国王陛下の旧友であるエアズ侯爵が亡くなった。そのショックもあったのか侯爵夫人も後を追うように三十日後に亡くなった。
その時に国王陛下から、エアズ侯爵家の嫡男であるロファー様と婚約するように命じられた。
『亡くなったエアズ侯爵には以前、命を救われたことがある。褒美を与えようとしたら、自分に何かあった時に息子をよろしくお願いしますと言われたのだ』
『私と婚約しても何かが変わるわけではないと思いますが……』
『エアズ侯爵令息はお前よりも二つ年上なのに婚約者がいない。ということは、何か問題があるのだろう。彼が立派な侯爵になれるように、お前には彼を支えてやってほしいのだ。断るというのなら、お前には悪いが二人の婚約は王命ということにさせてもらう』
『では、王命ということですわね。できる限りのことはさせていただきます』
国王陛下への恩義は感じているけれど、お母様と引き離されたという恨みはある。
しかも、ロファー様と婚約させるために私を養女にしたとわかったので、さすがに怒りを隠せなかった。
だから、感情のない声で答えると、陛下は悲しげに笑った。
その時の陛下が弱弱しく感じた。そのこともあり、お人よしである私は、ロファー様と仲良くなれるように努力をすることにした。
ロファー様は漆黒の髪にピンク色の瞳を持つ、長身痩躯のクールな美男子といった外見で、社交界の若い女性に人気があった。お相手の私は黒色のストレートの長い髪をシニヨンにし、血のような赤色の瞳と吊り上がり気味の目のせいで老若男女問わずに近寄りがたい雰囲気を醸し出しているため、ロファー様のお気に召さなかったらしい。
ロファー様は私に会うたびに「王名に逆らうわけにはいかないから君と会っている」「婚約者がいなければおかしい年齢でもあるから君と婚約することは仕方がない」「君に魅力は感じない」と同じ言葉を繰り返した。
それはこちらも同じセリフです。王命がなければ、うだうだと同じことを言い続けるあなたなんてお断りです。
と言い返したいところを『王命だから』と思って何とか気持ちを抑えていた。
そうこうしているうちに一年が過ぎ、国王陛下が亡くなった。私には知らされていなかったが、長い間、病気を患っていたらしい。
さすがの私も陛下がやせ細ってきたことに気が付き、病気ではないかと医者に訴えた時に、やっと教えてもらえた。そして、その時には私が陛下と過ごす時間は、ほとんど残されていなかった。
陛下は亡くなる前に私を枕元に呼び『フェリ、お前には幸せになってほしい。だが、すまない。恩人との約束を破ることもできない。……ロファーを頼む』と言った。
国王陛下の葬儀が終わり、王太子が王位を引き継いでから数日が経った頃、結婚しなくてもロファー様を支えることはできるのではないかと思い始めた。
だが、そんな時にロファー様から結婚の申し込みがあった。
理由を尋ねると「愛はなくても婚約者同士なので婚適齢期なのに結婚しないのはおかしいからだ。あと、結婚式も挙げるが誓いの言葉も口づけもない」と答えた。
ロファー様は何かに追われているかのように結婚の準備を進め、あれよあれよと日が過ぎて結婚式当日になり、そして、現在は式を終えて寝室にいる。
寝室で待っていろと言われたので、初夜を迎えるのも夫婦の義務として必要だと言うのかと思ったら違った。
バスローブ姿のロファー様は寝室にやって来たかと思うと、メイドを中に招き入れた。
どういうこと?
尋ねる前に、ロファー様が口を開く。
「フェリ、彼女はミミナだ。この屋敷の元メイド長の娘で私の幼馴染でもあり、この屋敷で働いて二年になる」
「はじめまして、ミミナですっ! 16歳ですっ!」
メイド姿の少女は、水色のツインテールの髪を大きく揺らして頭を下げた。ロファー様は、そんな彼女の肩を抱いて私に言う。
「君との結婚は王命であり、亡き陛下の遺言で義務だからだ。僕にはミミナという恋人がいる。屋敷内での君は僕にとっては、その場に存在しないものだ。目の前にいてもいないものだとして扱うから、君も同じようにしてくれ」
この人、何を言っているのかしら。
それなら、今すぐ離婚してほしいんだけど。
私の住んでいるジップル王国は女性が爵位を継ぐことは認められていない。跡継ぎになる男児もいなかったため、私とお母様は新しくやって来た公爵に家を追い出されることとなった。
当時八歳だった私は、母と一緒に祖父母の家で世話になることになり、二年ほどは穏やかな生活を送っていた。
ジップル王国は暖かい日が多く、寒い日はかなり少ない。育てられる作物は他国よりも限られてはいたけれど、国民の幸せ度も高く、国王陛下から呼び出されることがなければ、私は引き続き、穏やかな日々を送れていたと思う。
風向きが変わったのは、私が十二歳の時だ。
お父様の兄であるジップル王国の国王陛下の命で、私は王家の養女となり、王女として育てられることになった。お母様は私を手放すことを泣いて嫌がったけれど、王命には逆らえなかった。
外面は良いけれど、損得勘定でしか動かない王太子と王太子のスペア扱いで育てられていた第二王子は、特に私に不満を言うでもなく、元々私が彼らにとって従姉だったということもあり、すんなりと受け入れてくれた。
良く思わなかったのは、王妃陛下で何かあれば私を叱責しようと機会をうかがっていたのがわかった。
私が十四歳になる頃に、国王陛下の旧友であるエアズ侯爵が亡くなった。そのショックもあったのか侯爵夫人も後を追うように三十日後に亡くなった。
その時に国王陛下から、エアズ侯爵家の嫡男であるロファー様と婚約するように命じられた。
『亡くなったエアズ侯爵には以前、命を救われたことがある。褒美を与えようとしたら、自分に何かあった時に息子をよろしくお願いしますと言われたのだ』
『私と婚約しても何かが変わるわけではないと思いますが……』
『エアズ侯爵令息はお前よりも二つ年上なのに婚約者がいない。ということは、何か問題があるのだろう。彼が立派な侯爵になれるように、お前には彼を支えてやってほしいのだ。断るというのなら、お前には悪いが二人の婚約は王命ということにさせてもらう』
『では、王命ということですわね。できる限りのことはさせていただきます』
国王陛下への恩義は感じているけれど、お母様と引き離されたという恨みはある。
しかも、ロファー様と婚約させるために私を養女にしたとわかったので、さすがに怒りを隠せなかった。
だから、感情のない声で答えると、陛下は悲しげに笑った。
その時の陛下が弱弱しく感じた。そのこともあり、お人よしである私は、ロファー様と仲良くなれるように努力をすることにした。
ロファー様は漆黒の髪にピンク色の瞳を持つ、長身痩躯のクールな美男子といった外見で、社交界の若い女性に人気があった。お相手の私は黒色のストレートの長い髪をシニヨンにし、血のような赤色の瞳と吊り上がり気味の目のせいで老若男女問わずに近寄りがたい雰囲気を醸し出しているため、ロファー様のお気に召さなかったらしい。
ロファー様は私に会うたびに「王名に逆らうわけにはいかないから君と会っている」「婚約者がいなければおかしい年齢でもあるから君と婚約することは仕方がない」「君に魅力は感じない」と同じ言葉を繰り返した。
それはこちらも同じセリフです。王命がなければ、うだうだと同じことを言い続けるあなたなんてお断りです。
と言い返したいところを『王命だから』と思って何とか気持ちを抑えていた。
そうこうしているうちに一年が過ぎ、国王陛下が亡くなった。私には知らされていなかったが、長い間、病気を患っていたらしい。
さすがの私も陛下がやせ細ってきたことに気が付き、病気ではないかと医者に訴えた時に、やっと教えてもらえた。そして、その時には私が陛下と過ごす時間は、ほとんど残されていなかった。
陛下は亡くなる前に私を枕元に呼び『フェリ、お前には幸せになってほしい。だが、すまない。恩人との約束を破ることもできない。……ロファーを頼む』と言った。
国王陛下の葬儀が終わり、王太子が王位を引き継いでから数日が経った頃、結婚しなくてもロファー様を支えることはできるのではないかと思い始めた。
だが、そんな時にロファー様から結婚の申し込みがあった。
理由を尋ねると「愛はなくても婚約者同士なので婚適齢期なのに結婚しないのはおかしいからだ。あと、結婚式も挙げるが誓いの言葉も口づけもない」と答えた。
ロファー様は何かに追われているかのように結婚の準備を進め、あれよあれよと日が過ぎて結婚式当日になり、そして、現在は式を終えて寝室にいる。
寝室で待っていろと言われたので、初夜を迎えるのも夫婦の義務として必要だと言うのかと思ったら違った。
バスローブ姿のロファー様は寝室にやって来たかと思うと、メイドを中に招き入れた。
どういうこと?
尋ねる前に、ロファー様が口を開く。
「フェリ、彼女はミミナだ。この屋敷の元メイド長の娘で私の幼馴染でもあり、この屋敷で働いて二年になる」
「はじめまして、ミミナですっ! 16歳ですっ!」
メイド姿の少女は、水色のツインテールの髪を大きく揺らして頭を下げた。ロファー様は、そんな彼女の肩を抱いて私に言う。
「君との結婚は王命であり、亡き陛下の遺言で義務だからだ。僕にはミミナという恋人がいる。屋敷内での君は僕にとっては、その場に存在しないものだ。目の前にいてもいないものだとして扱うから、君も同じようにしてくれ」
この人、何を言っているのかしら。
それなら、今すぐ離婚してほしいんだけど。
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