俺は至って正常なのだが、世間が狂っている

クレハ@WME

文字の大きさ
2 / 10

二話

しおりを挟む
【俺は至って正常なのだが世間が狂っている】

二話

 櫻井と別れて二限目が始まる前に自分の席に戻ると、教室がなにやら騒がしい。
 恐る恐る引き戸を引くと、こちらに視線が送られてきた。
「な、なんだ?」
 そして、ちょっとした静寂の後、驚くほどの歓声が上がる。まるで野球でサヨナラホームランを打った時並の歓声だ。
「おめでとう! 子作りしたか!?」
 陸斗は嬉々とした表情でこちらに寄ってきた。
「は、はぁ!? アホかよ! お前らの頭の中にはそれしかねえのか!」
「えー? でも、そうじゃないの? 授業を休んでまでする大事なことでしょ? 子作りくらいしかないじゃん」
 イケメンの横で、綺麗な黒髪を片手で靡かせて高圧的な声を発してきた彼女は、陸斗の彼女の五代美咲だ。まだそこまでお腹が出てきてないからかブレザーの俺らと同じ制服を着ている。
「なんでお前らの頭の中にはそれしかないんだ? 猿なのか?」
「猿と人間なんてほとんど変わりはしないでしょ? 結局のところ人間だって子孫繁栄のために生きてるんだし、子供作らない意味なくない?」
「……じゃ、お前らは産まれてくる子供を面倒み切れるのか? 大人になるまで」
「そりゃ俺らなら問題ないさ。二人でこの長い人生という道を手を取り合って生きていくんだ。だよな。美咲」
「当たり前じゃん。陸斗」
 そう言って笑うと、二人は手を取り合い視線を交わしている。やはり二人は。いや、子供を作っている奴らは何一つわかってないんだ。
「……人生甘く見すぎなんじゃねえのか? 脳内スイーツ畑共が!」
 頭の中でどうにか制御していたリミッターがブチッと切れ、気がついたら溜め込んでいたものが爆発していた。
「……本当にふざけんなよ? お前らみたいなの見てると、甘すぎて吐き気がするわ」
「な、なんだよ? どうした?子供を作ることはいい事じゃないか? それに、皆やってるぞ?」
 諭すように言うやつに睨みをきかせてやると、彼は黙った。
「……お前らは間違ってるんだよ。皆がやってる? そんなの知ったこっちゃない。ガキ作るってことは人一人の人生が掛かってんだよ! そのへん分かってんのか?」
「そんなのわかってるよ!」
「わかってねえよ! お前らなんざに分かってたまるか……!」
 拳に自然と拳に力が入る。
「お前らに何がわかるよ! 犬や猫みたいに家にずっと置き去りっぱなしにされて冷蔵庫をみたって食料なんか入っちゃいない。何も食べずに雪の降る日に冷たい床で眠る日々。三歳だった俺はずっと開くわけもない玄関ドアの前で雛鳥みたく泣いていた。だけど、何日待っても帰ってくることも無いし、助けが来ることも無い。お前らにこの絶望がわかるか? あんなの親じゃねえ。ガキだ。ただのガキ。見てくれだけがご立派なクソガキだ」
「……た、大変だったんだな」
「……お前らがしようとしている末路を話してやってんだよ。実際そうなる。育児なんかより恋愛の方が数億倍楽しいんだ。そりゃそうだろう。夜中に泣きわめくしオムツだって変えないといけない。何もかも一人でできない赤ん坊に時間を割くより、最愛の人と遊びに行った方が数億倍楽しいだろうよ!」
 ひとしきり言い終わり、教室は張り詰めた空気が漂っていた。だが、そんなことはどうでもいい。
 もう、俺みたいな子供が出来ることが俺には我慢ならないんだ。
「……知ったような口聞いてんじゃないわよ! 私だって陸斗だって覚悟はしてる。どうなるかは分からないけど、両親にだって話は通したしサポートも受ける!」
 五代がこの空気で反論してくることに少々驚きはしたが、変わらない。やはり甘いことには変わりないのだ。
「……結局頼りたいだけじゃねえか。自分らは楽して親に頼ろうなんて間違ってんだよ。それに、覚悟が出来たって言うだけなら簡単だしな」
「うるさい! 子供を作ることすらしてないあんたにとやかく言われるつもりは無い!」
「責任も取れねえのに作るわけねえだろうが! お前らと一緒にするんじゃねえよ!」
 言い合いが本格的になってきた所で、引き戸が開かれ、拍手をしながら長い黒髪を腰まで伸ばした白衣の女性がヒールをカツンカツンと、鳴らして入ってきた。
「宮岸先生……」
「そうだな。お前が過去に両親。いや、クソガキだったか? そいつらにされてきたことは親としていや、人間としてあるまじき行為だ。でも、その矛先を間違えちゃいけないな」
 そう言うと先生は大人びた風格からは想像もしないような可愛らしい笑顔を俺に向けて、俺の頭にポンっと手を置いた。
「だが、彼の言うことは正しい。今日の授業はいつもの現代文ではない。少し内容を変えよう。皆、席に座り給え」
 先生がそういうと、陸斗の彼女である五代美咲は俺に睨みつけてきたが、大人しく席に帰った。それを皮切りに皆が席に戻っていく。
「よし、皆席に着いたな。今日は人生とは何なのか話し合ってみようか」
 先生が唐突に黒板に大きく人生と書き、そんなことを言った。
 クラスメイト達はそれぞれ顔を見合わせ、首を傾げる。
 普通に難しい。と思う。人生とは何なのか。なんてことを高校生のうちに考えた人なんて居ないだろうし、まだ人生経験ですら豊富とはいえない学生が思えるのは期待や願望や希望だ。
 例を挙げるなら子供が出来て、会社に入って、頑張って稼いで新たな家族と幸せに。過ごせればいい。と、こんな風な誰もが想像をするような話ばかりだった。
 誰だって理想通り生きたいに決まってる。こういう所ではそう思うのだ。基本的に誰だって目指すものは幸福だ。幸福が嫌いな人間なんかいない。
  でも、そんなもんにはいくら足掻いたって手が届かない。あんなのは理想でしかない。あるのは理想を全て打ち砕いてくる現実だけ。
 もう、うんざりだ。
「ありがとう」
 先生がそう言うと意見が止んだ。黒板に並んだ意見はどれも想像を出ないくだらないものだった。それに最初の一文に子供が出来て。という文章がほとんど入っている。
「はぁ……」
 思わずため息が漏れる。
「……理想ばかりの人生だな。うん。それでいい。今の時期はそれでいいんだ」
 先生は色々と上がった意見を、意見をばっさりと斬り捨ててくれた。
「でもな、子供を作るってことはそう簡単なことじゃない。一人の人間の人生の片棒を担ぐことになるんだ。わかってるとは思うが、犬猫の比にならないくらい子供は重い。絶対どこかで逃げ出したくなる。でも、一度決めたなら決して投げ出すな。辛いのは知ってる。誰だってそうだ。だが、お前が支えてる一本の長い棒は辛いを幸せに変えるための、重くとも頑丈な一本の棒だ。幸せが欲しいならその信念だけは曲げるな。わかったな?」
「……」
 それに誰一人として声をあげなかった。俺は正しいことを言ってると思う。でも、他の奴らはどこかそれを貶して見下してみているような気がする。
「……まあいい。そろそろいい時間だな。少し早めだが、終わりにするか。日直」
 先生のそのセリフで日直が号令をかけて、授業が終わった。クラスメイト達はまたいつもの現実へと帰るかのように会話を始めた。
「先生!」
「ん? どうした?」
「その……ありがとうございます」
「なに。まだ君らは子供だ。だからこそ私ら教師がいる。間違えそうになったら私らが全力でその間違いを正す。授業なんかよりも大切なことはあるからね……まあ、分かってもらえなかったかもしれないが」
 生まれて初めてこの人は出来た人だと心から思った。
「……先生はどう思ってますか?子供が子供を作ることを」
「……ふ。君らしいね。私は子供を大人にする。いや、それは傲慢かな。大人に近づけるようにサポートすることを職にしてる。だから、答えは出してあげられないけれど、大人になりたいと心から願ってる彼らのことを全力で応援するよ」
 ニコッと笑う先生を見ていると、そういう力がありそうだ。と、柄にはなく期待が持てた。
「そうですか。ありがとうございます」
「君はどうなのかね?」
「……やはり子供が子供を作るのは間違っていると思います」
「……そうか。答えはそう早く出す必要は無いさ。しっかり悩み給え。あ、それと下世話な話になってしまうが、君はどうなのかね? 彼女は」
 不思議と陸斗に訊かれた時のような苛立ちはなく「居ません」と、素直に答えていた。
「恋愛はしておいた方がいい。君がそうなった理由はよく知ってるつもりだ。だからこそ勧めさせてくれ。恋愛が君の心に大きな傷を与えてしまったのは知ってる。でも、恋愛を嫌わないでやってくれないか?」
 先生は頭を下げて言った。
「か、顔を上げてください。両親なんか元々居ませんし、恋愛を恨んでなんかいません……それに、矛先が違うんですもんね?」
「そう……だったな。おっと、いけない。そろそろ私は失礼するよ。次の授業もあるのでね」
「はい! 長い間引き止めてしまってすいませんでした」
 俺は先生が見えなくなるまでその大きな背中を見送った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

月弥総合病院

御月様(旧名 僕君☽☽‪︎)
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

処理中です...