『神宮寺綾羽の調整記録 ―ナースへ堕とす禁断オペ―』

風間玲央

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第十四話 青が、合わなくなった朝

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翌日、更衣室の扉を開けた瞬間、尚人は、ほんのわずかに足を止めた。
男女共用の更衣室には、個別のロッカーと簡易的な着替えブースが並んでいる。
見慣れたはずの空間だった。

ロッカーの列。
同じ消毒液の匂い。
同じ白い照明。
同じ朝。

それなのに――
腰の内側に、昨夜の感触だけが薄く残っている気がする。
視界の奥で、配色だけが噛み合っていない気がした。

自分のロッカーを開ける。
畳まれた、青いパンツタイプの実習服。

(……こんな、硬い色だったっけ)

昨日まで、疑問すら浮かばなかった青が、今日は少し冷たく、触れる前から重さを持っている。
生地をつまむ。
厚みも、感触も、変わらない。

――その下で、別の布が肌に沿っていることを、身体だけが妙に意識していた。
なのに、指先が、ほんの一拍だけ躊躇った。

隣で、ロッカーが開く音。
着替えブースの向こうから、淡いピンクの布が揺れる。
女子学生が、ワンピース型の実習服を取り出す。
光をやわらかく返す色。
角のない輪郭。

その瞬間、胸の奥がすっと静まった。

(……あ)

思考より先に、身体が反応する。
羨ましい、でもない。
欲しい、でもない。

ただ、腹の深いところに貼りついている柔らかさと、その色とが、妙に同じ方向を向いている気がした。
それを選ばなかった理由だけが、思い出せなかった。

尚人は視線を落とす。
自分の手元にある青を、もう一度見る。

(違う。別に、変じゃない)

そう言い聞かせるように、腕を通す。
袖に腕を入れる、その一瞬。

昨日と同じ動作のはずなのに、
身体の内側で、小さな抵抗が起きた。

きつくもない。
合っていないわけでもない。

ただ、腰のあたりだけが、微妙にずれている気がする。
内側から撫でられているみたいな感覚が、布越しに主張してくる。

着替え終え、鏡の前に立つ。

青。
パンツスタイル。
見慣れたはずの自分。

なのに、鏡の中の姿が、どこか遠い。

重心が、ほんのわずか内側に寄っている。
脚の間隔が、昨夜のままになっていることに、気づかないふりをした。
肌の色と、服の色が噛み合っていない。
線が強すぎる。
直線が多い。

「……?」

違和感の理由を探そうとして、やめる。
探した瞬間、昨日の感覚が剥がれ落ちる気がした。

更衣室を出ると、廊下をピンクの実習服が行き交っていた。
その流れの中に、青が混じる。
数は、多くない。

(昨日より……青、少ない?)

一瞬、そう思って――
すぐに、微かな違和感が残った。

減っているんじゃない。
……視界の基準が、ほんの少しだけ、ずれている。

この列の中で、浮いているのは――
青のほうだ。

気のせいだと分かっているのに、
視線は自然と、淡い色のほうへ引き寄せられてしまう。

まるで最初から、
そちら側の並びのほうが、自分の立ち位置に近いみたいに。

そして――

青のほうだけが、
どこか外側のもののように、静かに距離を持って見えていた。

歩き出した瞬間、
足運びが、ほんのわずかだけ内側で揃った。

本人は気づかないまま、
身体だけが、昨日とは違う均衡を選び取っている。

実習室に入る。
結衣がいた。
他の班の女子たちもいる。

「おはよ、尚人」

「おはよう」

結衣の声に、尚人はわずかに肩を跳ねさせた。
動いた拍子に、実習着の硬い腰帯が、内側の薄布をぐいと押し潰す。

声を出した瞬間、腹の奥がかすかに締まった。
自分の声が、思っていたよりも丸く響く。

低くしようとしたつもりはない。
けれど、角が立たず、相手に触れる前に溶けるような音だった。

喉の奥で、その響きが気持ち悪いほど自然に収まる。
その違和感に、
頭の奥で、何かが一瞬だけ引っかかった。

――違う。

そう判断するより早く、理由を探す前に、感覚のほうが先に沈んだ。

結衣は、無意識に半歩だけ近づき、
次の瞬間、その距離を測り直す。

「……どうかした?」

「ううん。なんでもない」

嘘をつく声に合わせて、尚人の唇が、自分でも驚くほど柔らかく、湿り気を帯びて動く。
笑いながらそう言って、けれど結衣の視線だけが、もう一度だけ尚人の腰のあたりを掠める。

尚人自身も、無意識に腹筋に力を入れていた。
下着の縁が肌に沿う感触を、外に漏らさないようにするみたいに。

誰かが器具を置く音がして、教員の指示が飛び、教室が動き出す。
実習が始まった。

台の上を整え、距離を取らず、同じリズムで動く。
金属の冷たさが、今日はやけに長く指に残った。

代わりに、
触れる手だけが、やけに余計な情報を拾う。

問題は、何もない。
手順も、速度も、評価も。

ただ――
身体の芯が、ずっとこちらを向いている気がした。
立ち方の重心だけが、妙に違っている。

淡い色の列の中で、青だけがやけに角張って見えた。

(……なんで)

答えは出ない。
出してしまったら、戻れない気がした。

ただ、胸の奥で、
小さな確信だけが芽を出していた。

昨日までの「基準」が、もう基準じゃない。
それだけだった。

尚人は、それを「変化」だとは思わなかった。
ただ、まだ合っていないだけ。
そのうち、自然になる。

そう思いながら、
腹の奥に張りつく柔らかさを、見なかったことにして、
もう一度だけ、隣のピンクの袖を見る。

その色が、昨日よりも、
確実に近く感じられたことに――

尚人の身体だけが、
もう元の位置には戻らないことを、
静かに知り始めていた。
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