『神宮寺綾羽の調整記録 ―ナースへ堕とす禁断オペ―』

風間玲央

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第十七話 定着の準備

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綾羽は、尚人の正面に立ったまま、静かにトレーを引き寄せた。
金属がわずかに触れ合う、乾いた音。
アルコール綿の包みを裂く、控えめな紙の擦過音。

それだけで、尚人の背筋がわずかに強張る。

股間の布地が緊張で微かに擦れ、甘い疼きが一瞬だけ走った。
その反応が自分の意思より半拍だけ早いことに、尚人自身はまだ気づいていない。

「……今日はね」

綾羽は振り返らずに言った。

「注射を一本、打ちましょう」

尚人は瞬きをする。

「……注射……?」

「ええ」

白衣の袖口を整えながら、淡々と。

「心のほうは、だいぶ静かになってきてる。だから今度は――身体側」

“身体”という言い方が、やけに穏やかだった。
まるで、すでに結論が出ている検査結果を読み上げるみたいに。

その響きだけで、尚人の下腹部がきゅっと締まる。
下半身を包む布が、逃げ場のない熱を内側に囲い込んでいた。
脈打つ熱をそっと閉じ込めている感覚が、はっきり伝わってくる。

尚人は喉を鳴らす。

「……どこに……?」

綾羽は一瞬だけ考える素振りをしてから、首を傾げた。

「そうね」

小さく笑う。

「今回は……お尻かな」

言葉は軽い。
けれど、決定事項の響き。

「筋肉が大きいから、吸収も安定するの」

専門用語を使いながらも、声はやさしい。
やさしいのに、訂正の余地だけが最初から存在していない。

尚人は無意識に椅子の端を掴んでいた。
膝が内側へ寄り、股間を隠すような仕草になる。

レースの縁が太ももの内側をかすめ、
その摩擦が甘い電流のように背筋を駆け上がった。
逃がそうとした力ほど、布の内側で静かに絡め取られていく。

「……え……」

綾羽は気づいているのに、何も言わない。
代わりに、ふっと視線を落とす。――腰のあたり。

そして、ほんの一瞬だけ口元を緩めた。

「……ふふ」

尚人が息を詰める。

「……ちゃんと履いているのね」

「パンティー」

尚人の頬が一気に熱を持つ。
耳まで赤く染まり、視線が泳ぐ。

布の下で身体が反応し、内側から押し上げる。
薄い生地越しに形が微かに浮かび、先端が湿り気を帯びているのが自分でもわかった。
隠したはずの輪郭が、呼吸に合わせてわずかに主張してしまう。

「……はい……」

綾羽は頷いた。

「えらいわ」

即答だった。
一切の迷いも評価の揺れもない、完成品を確認する声音。

「言ったでしょう。“自分の状態を整えるもの”だって」

尚人は視線を彷徨わせる。
“尚人くん”と呼ばれるたび、胸の奥で何かが一瞬だけ噛み合わなくなるのに、理由が掴めない。

「……はい……」

その返事は、抵抗よりも受容に近い。

綾羽はしゃがみ、視線の高さを合わせる。

「ねえ。どう?」

首を傾げる。

「履いてるとき。実習の前。朝、着替えたとき」

尚人は唇を開いて――閉じた。
考えている。
考えようとして、言葉になる前に身体感覚のほうが先に浮かび上がる。

「……落ち着きます……」

自分の口から漏れた言葉が、熱を帯びて部屋に溶ける。

「布地が肌に吸いついて……歩くたびに擦れて……熱くなって……。恥ずかしくて死にそうなんです。なのに……その重みがないと、もう、自分がちゃんと“ここ”にいる感じがしなくなるんです……」

綾羽は、ゆっくり頷いた。
その反応は、予測どおりのデータを確認した医師の静かな満足に近い。

「それでいい。とても理想的な反応ね」

彼女は尚人の至近距離に跪いたまま、太ももの付け根あたり、
実習着が不自然に引き攣れている箇所を、検温するかのような手つきで一瞬だけなぞった。

「……心拍も少し速いわね。でも、その緊張感すら、今はあなたの身体を柔らかくしているわ」

その指先が触れた瞬間、尚人の内側で、桜色のレースが悲鳴を上げるように肌を噛んだ。
逃げようとした反射が、逆に布の内側で甘く拡散していく。

実習着の上からでも、そこが熱く脈打ち、不名誉な形を象り始めていることを、
検診のように淡々と指摘される。

尚人の思考は白く弾け、もはや拒絶の言葉を紡ぐ機能さえ失われていた。

「優しくなる準備ができてきてる」

綾羽のその言葉は、もはや慰めではなく、完成図へと向かうための「設計図」だった。

尚人は深く、重い息を吐く。
“尚人”と内側で自分の名前をなぞろうとして、ほんの一瞬だけ空白が挟まる。

なぜか、否定が浮かばなかった。
恥辱を燃料にして、自分の身体が綾羽の望む「形」へと、音もなく沈み込んでいくのを感じていた。

――その時。

カチリ、と。

トレーの上に、注射器が置かれる無機質な金属音が響いた。

その硬い響きが、甘いトランス状態に浸っていた尚人の背筋を、一気に冷たい現実へと引き戻す。
引き戻されたはずなのに、呼吸の深さだけはもう元に戻らない。

「さて。じゃあ、準備をしましょうか」

綾羽が、立ち上がる。

その白衣の裾が、尚人の膝をかすめた。
触れたのは布だけのはずなのに、境界の感覚が一瞬だけ曖昧に揺れる。

「ズボンと……それから、そのパンティーも。少しだけ、下ろしてくれる?」

命令ではない。
けれど、選択肢の存在しない声音だった。
――尚人の指先は、もう、その指示に逆らう形を思い出せなくなりかけていた。
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