ミステール・エコール

たtsuや!!

文字の大きさ
上 下
6 / 16
第2章 kinds

森谷堂の訪ね人

しおりを挟む
 午後の始業式も終わり、下校時間になった。
 帰りのバスまで時間があるので、文房具屋へシャー芯を買いに行こう。今朝行ったコンビニでも良いのだが、どうせなら学校の周囲のことを知っておきたい。10分程歩いたところに商店街がある。きっと文房具屋もあるだろう。


 商店街に着き、文房具屋を見つけた。店の名前は『森谷堂』。昔からあるような年季の入った店だ。
商店街の方は、学校を終えた学生がたむろしている。デパートや映画館、本屋などがあり結構充実している。学生の声や通りでやってる音楽のイベントなどで活気が溢れている。


「あら、いらっしゃい」
店の奥からお婆さんの声が聞こえる。店の廃れ具合とは裏腹に元気な声だ。

「こんにちは」
「あら、新しい顔ねぇ…。その制服は…緑明高校かしら?」
「はい、今日入学式で」
「やっぱり。それじゃ、さっきの子も同じ高校ね」
さっきの子?自分が学校を終えて一番に来たと思っていたが、どうやら先客がいたらしい。ここを探すのに戸惑っていたときに行き違いになったのだろう。
「あの子、前から来てるんだけど、どこの高校か全然教えてくれなくてね…」
「そうなんですか」

 お婆さんの話からしてその子は俺と同じ高一だろう。そして、前から来ていたということは、中学はこの近くの緑明中学だったのか。
 だとしたら、入学式で見たかもしれない。

「その子はどんな人ですか」
「そうね…、あまり話したことは無いけど、とても友達思いの優しい子よ」
できれば外見的な特徴を聞き出したかったのだが、自分の聞き方が悪かったと思い聞きなおす。
「見た目はどんな感じですか。例えば、アクセサリーでも付けてるとか…」
「黄色の髪飾りをつけていたわね」
入学式で黄色いシュシュを付けてる女の子がいたな。ちらと見ただけなので確信は持てない。また別の人のことかもしれない。



 これ以上問答しても埒があかないので、そろそろ会計を済ませて店を出よう。バスの時間もあるし。
「これください」
 お婆さんのいるレジにシャー芯ケースを持って行く。値札が貼られていないので値段が分からない。
「はい、100円ね」
お、安いな。他の店ならば150円はしたはずだ。
財布を取り出して100円玉を探す。だが、朝のうちに使ってしまっていたらしい。500円玉を見つけたので。それを渡す。
「まいどー、400円ね」
お釣りを貰い財布に入れる。買ったシャー芯は学校指定のカバンのサイドポケットに入れた。

一礼して店を出る。
なかなか良い店だった。物価も安いし、店主の人柄もよかった。

またここに来るとしよう。


バス停で待っているとすぐにバスが来た。バスに乗り、空いている椅子に座る。ここから、家まで約30分。登校のときは1時間以上かかったのにバスに乗れると楽になる。明日からは遅れないようにしよう。


______________________________



家に着き、ドアを開ける。
ただいま、と言ってみるが声を返してくれる人はいない。リビングのドアを開けると、瑞希がソファで横になってスマホをいじっていた。居たのに返事してくれなかったってことか…。ショック…。
「あ、お兄、ご飯食べる?」
「食べるよ、もちろん」
夕食は平日は瑞希が作ってくれている。親は仕事が忙しく平日の帰りは相当遅くなる。俺が寝る時に丁度帰ってくるくらいだ。
「そ、じゃ、温めるね」
相変わらずやる気のない声だが、優しさは伝わってくる。



どうやら、瑞希自身もまだ夕食を食べていなかったらしい。鍋に火をかけて、2人分の茶碗にご飯をよそう。匂いと、鍋の具材からして、今日のメインは肉じゃがだ。母の料理には適わないが、作ってくれるという愛があるので、全てが美味しく感じられる。
肉じゃがとご飯が食卓に並べられる。やはり美味しそうだ。
「それじゃ、いただきます」


夕食を食べ終え、食器や鍋を洗う。このくらいはしないと妹に悪い。
「お兄、今日学校どうだったの?」
妹がスマホをいじりながら尋ねてくる。
「どうって、別に何も…、あ、朝からバスに乗り遅れた」
「やっぱり?ウケる」
「ウケねぇよ…。大変だったんだぞ」
「お兄の高校遠いしね。入学式間に合った?」
「間に合ったよ、親切な人が送ってくれて…」
「…誰?」
怖い。瑞希が『彼氏の浮気相手を見つけたとき』のような口調で聞いてくる。彼女がいた事がないから、分からないが、多分こんな感じなのだろう。
「言っても分からないだろうけど…音無って人だよ」
「…ああ、音無ね。知ってるよ。ってかお兄のほうこそ知らないの?音無家」
音無家?ああ、そういえば家から30分ほど歩いたところにあった屋敷に『音無』と表札があった気がする。最近は出かける機会も少ないのだが、昔はその付近でよく遊んだ記憶がある。
「ほう…あそこのお嬢様なのか。なんでお前の方こそ知ってるんだ?」
昔、俺は外でよく遊んだものだったが、一方で瑞希はずっと家で過ごしていた。今でも友達付き合い以外ではあまり家を出ないので近所のことをあまり知らないと思うのだが。
「なんでって、同じクラスだから?」
弟妹ていまいがいるのか」
「うん、2人姉妹らしいよ、あたしも仲良くしてもらってるし…」
なんと、音無と意外なところに繋がりがあったのか。
それにしても、小学生のころは「こんな大きなお家に住んでる人はどんな学校行ってるんだろう」とか思っていたのだが、割と普通な生活をしているんだな。
「やっぱり、上品だったりするのか?」
「……いやむしろ逆かな。結構サバサバしてる」
「そうなのか。お嬢様の印象ってどんな感じなんだ?」
「お兄も今日あったんでしょ。そんな感じだよ」
お嬢様であっても学校には馴染めているらしい。他の人と差別化されたり、特別視されたりするものかなと思っていたのだが心配はないらしい。姉の方の音無もこれから上手くやっていけるだろう。
「じゃあ、俺部屋戻るわ」



瑞希はスマホを操作しながら呟いた。


しおりを挟む

処理中です...