無表情辺境伯は弟に恋してる

愛太郎

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エトワーテル辺境伯領

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私を少し見上げてくるキリッとした輝く金色の目からは感情を読み取れない。

微かな月明かりはまつ毛の影を頬に落としている。

黒い髪、白い肌に薄いくちびる。

この状況を無視出来るわけない。

仕方ない、素直に聞こう。

私は夜景に視線を固定して問いかける。

「どうした?」

「は、い?」

「ずっと私を見ているだろう。」

「あっ、いえ。失礼しました。」

そういうとキルシュは前を向き、夜景を見始めた。

とりあえず見つめられることはなくなったが、何故見つめていたのかは分からないままだ。

しかしこれだけはわかる。

私は横目でキルシュを見る。

何故かキルシュが嬉しそうに目元を緩めているのだ。

今までキルシュを(隠れて)見てきたが、こんなキルシュ見たことない。

瞬間記録機を持ってくればよかった。

いや、持ってきていたとして急に記録し始めたらキルシュに不信感を抱かせてしまうな。

仕方ない、今だけこのかわいいキルシュを楽しもう。

「あの、兄上こそ僕を見てどうなされたのです...か。」

私の方を見たキルシュは何故か少し目を見開いた。

そんな見ていたか。というかなんだ?

「どうした?」

「いえ...。というか質問したのは僕なのですが。」

キルシュは直ぐに無表情に戻る。

ああ、嬉しそうな表情も戻ってしまった。

「すまない。何故そんなにも嬉しそうなのかと疑問に思ったのだ。」

もう無表情だけど。
だがここは誤魔化す必要も無いだろう。

「嬉しそう。」

そう言ったキルシュは私の方を見て何か言葉を飲み込んだ。

よく分からないが、口をきゅっと閉じたキルシュはとてもかわいい。

そして視線を少し落として考えたあと、また話し出した。

「なんといえばいいのでしょう。あまり詳しくは言えませんが、嬉しいのは事実です。
自分の立てた仮説が合っていた、とでも言えばいいのでしょうか。」

今答え合わせ?

何に関する仮説だろうか。

受験まで時間が無いことを考えると勉強のことだと思ったのだが、そうじゃないのだろうか。

なんとなくキルシュを見れば、また嬉しそうに柔らかな表情をしている。

まあいいか。

私はキルシュの頭を撫でたくなる衝動に駆られるが我慢する。

ああ、だめだ。
充分休憩できたしもう仕事に戻ろう。

私は寄りかかっていた手すりから体を起こす。

するとキルシュはバッと顔を上げた。

え?

「あっ兄上。戻られるのですか?」

「ああ。キルシュも身体が冷える前に戻...」
「あ!...の。」

私の声はキルシュの声にかき消される。

キルシュは焦って口を開いていたが、言いずらいのだろうか。少しの間、静寂が訪れた。

「あっ、あた、まを。」

その途切れ途切れに紡がれた言葉に、私の心臓はまたうるさく動き始める。

「その、頭を...いえ、なんでもありません。兄上も無理なさら...!」

私はキルシュが言い終わらないうちに頭を撫でていた。

頭を撫でると暖かい熱を感じる。
サラサラな髪を少しでも長く触っていたくて、前髪を整えるように触れる。

これ以上は駄目だ。違和感を持たれてしまう。

あくまで兄として。

「おやすみ、キルシュ。」

「...はい。おやすみなさい、兄上。」

そう言ったキルシュは恥ずかしそうにはにかんでいて。

私は今度は抱きしめないようにするのに必死だった。



ーー★ーー



僕は見張り台の手すりに腕を乗せ、そこに頭を乗せる。

腕で顔の半分を隠し、兄上が厨房へ戻っていくのを見る。

頭の上には暖かくて、大きくて、少し硬い手の感触が残っている。

自分が柄にもなく微笑んでいるのがわかる。
そして思い出す兄上の言葉。

『何故そんなにも嬉しそうなのかと疑問に思って。』

嬉しそう、それは兄上の事じゃないですか。
ここに来てからはあんな柔らかな表情をして。

僕は姿勢を戻して夜景を見る。

兄上の言葉を支えにここまでやってきたのに。

勉強で疲れていたとはいえ兄上に頭を撫でさせてしまったのに。

『おやすみ、キルシュ。』

「今更出て行きたくないなんて。」

そんなことを言いつつも僕の心は優しく穏やかだ。

しかし思い出すのはばあやの言葉。

『領を出て、学園へ行き、いいご令嬢と結婚して領主様を安心させてあげるのです。
19にもなって婚約さえしない領主様への見本となってくださいませ。』

僕は目を閉じ、一呼吸する。

そしてゆっくり目を開けるともう夜景を見ずに階段をおりた。

だってここにこんな感情は似合わない。
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